第35話 夢魔と言う名のマルウェア

 夜シルが会議室の席に座ると、中央に3Dディスプレイが置かれているのが見えた。

 灰谷・真ロウが、全員が席に着いたのを確認すると、口を開く。


「さて、始めるぞ。各職員に協力していただき、ありがたく思う」

「良いから始めろよ。時間がもったいないぜ」


 栗山・芽イエがやたらと苛立って、そう言った。


「私はな、時間をもっと有意義に使うことが出来るんだぜ? それに、こんなことに参加する分の給料はもらってないんだぞ?」

「昼ご飯をご馳走するよ。どうしても、君の視点からの説明が必要だ」

「なら、良いけど。食後のデザート……パフェもつけてよね。イチゴの、でっかい奴」


 真ロウはため息をつきながら頷くと、言葉を続けた。


「とりあえずは、夜シル君。我々の組織のことを説明しよう。我々の組織は秘密裏に『悪魔』と戦っている組織の末端で、新種の夢魔専門の特別チームだ」

「悪魔?」


 夜シルは、聞き返した。


「ずっと聞きたかった。沢田さんも言ってたけど、悪魔って何の事なんですか?」

「一言で言うのは難しいね。宗教だとかそう言う視点からも、様々な解釈がある。ただ、我々が定義している悪魔は、『人の近くに在って、人に害をなす、超常現象的な能力を持つ生物群』のことを指している」


 市川が補足する。


「簡単に言うと怪物だよ。話すより、見た方が早くないか?」

「そう思って、映像データを用意してある」


 真ロウが、ウォッチを操作して、ホログラムを起動した。


 人を捕らえて、生贄の儀式をしている魚のような人間達。

 満月の下で、狼のように姿を変える少年。

 歩いている腐乱死体。


「随分、クラシックな奴らだな」

「こういう、見た目で分かりやすいタイプの方が説明しやすいと思ってね」


 真ロウは映像を指して、言う。


「これが悪魔だ。種類は多種多様で、それぞれ違う特色を持っている。人を襲って食い物にするタイプが多い」

「まぁ、俺たち夢魔を殺すのが『夢魔殺し』なら、そっちの悪魔を殺すのは『悪魔滅ぼし』って奴だな。沢田のとっつぁんも、俺も、元々そっちに所属していたんだ。夢魔ってのは他の悪魔以上に、戦うための『素質』が必要だからな。素質があると、こっちに回される。沢田のとっつぁんみたいに積極的に志願した奴もいるけど、俺は楽しめれば別にどっちでも良かったからな」


 言われて気づく。


「そう言えば、沢田さんは?」

「ちょっとした休養だよ。何でも、お前との仕事で、だいぶ消耗したとかで。まぁ、とっつあぁんには良い骨休みになるだろうよ」


 真ロウが咳払いをした。


「続きを話していいかな?」

「どうぞどうぞ」

「ありがとう、市川君。さて、夜シル君に今見てもらっている悪魔だが、もともと滅多に現れる物じゃないし、一般人の目撃例はほとんど無いと言って良い。かつての悪魔滅ぼしが徹底的に戦ったと言うこともあるだろうけれど、時代が進み、科学文明が発達するにつれて、悪魔は消えていった。そう、思われていた」


 真ロウは言葉を一度切って、それから言った。


「夢魔も、その中の一つだと思われていたんだ。大昔から文献があるが、形がないからね、存在は不確かなものだったらしい。何しろ、当時の被害は『悪い夢を見る』程度の物で、人が死ぬなんてことはほとんどなかったらしいからね。憑りついた人間に悪夢を見せて、寄生したような状態で数日過ごした後、他の人間を求めて移動する。そう言う存在がいたと伝わっている」

「あの、移動するって? 皆さんの話を聞いてたら、その、夢見マシンとか、ネット回線とかで移動するイメージがありましたけど……大昔っていつなんですか?」


 夜シルの疑問に、真ロウはあっさりと答える。


「もちろん、1000年よりもずっと前さ。文献によると、生き物に憑りついて渡り歩いていると考えられていた。接触して、人から人へ、人から小動物へ、小動物から人へ。そういう風に移動していたらしい。物に憑りついて、誰かが触った瞬間に憑りついたりもしていたそうだが。……まるでウイルス性の病気だと思わないかい? 感染と言う言葉で言い表しても良いくらいだ」


 最も、医学となるとそこまで詳しくは無いので明言は避けるけどね、と、真ロウは言って、さらに言葉を続ける。


「……さて、話を戻そう。世の中から悪魔の数が減っていたように見えたが、奴らは絶滅したわけじゃなかった。より見つけにくいように進化して、新種が次々と生まれてたんだ。かつて、機械が作られたことで『機械に憑りついて誤作動を起こす』と言う悪魔が生まれたと言う、前例を忘れていたんだな。一昔前じゃ、この国でも『人に擬態して、人と共生関係を築く』なんて新種も発見されたらしいが、ともかく、ここ十数年で、新しいタイプの悪魔が活発化した。夢魔も、その一つだ。科学技術に適応した新しい夢魔が出現して暴れまわっている。この新種の厄介なところは、ネット回線がつながっていればどこであろうと、瞬時に移動できると言う事なんだ。しかも、人が死ぬまで悪夢を見せる。一度憑りつかれたら、外部からはどうやっても排除できない。だから、夢魔殺しが夢の中に入って、夢魔と戦う必要があるんだ」


 フンッと言う、鼻で笑う声が聞こえた。

 栗山・芽イエだ。


「オカルトに興味はないね。今も昔も、そんな物、どこにいたって言うんだ?」

「栗山君はそうだろう。君の理論は素晴らしい物だけど、君はどちらかと言うと科学技術だけを信じるタイプだ」

「当然さ。夢魔の存在だって、私は信じてないよ。私はアイデアと、机上の理論を出しただけで、大したことはしてないさね。あんなの、新種のマルウェアじゃないか。殺人マルウェア。全くバカげているけどね、そっちの方がまだ信じられる」


 マルウェア? と夜シルは聞く。


「コンピューター関連にはあまり詳しくないかい?」

「すいません。ある程度は触れるんですが。そっちの方は、俺の友達の方が詳しかったです」


 遊ヒトが生きていれば、と思う。

 もちろん、芽イエ程ではないが、かなりの知識と技術を持っていたはずだ。


「ワームやコンピューターウイルス、トロイの木馬なんて言葉に聞き覚えは?」

「それなら、なんとなく。コンピューターに悪さをするプログラムですよね?」


 聞き覚えはあるが、聞き覚えしかない。


「そう。マルウェアと言うのは、有害なプログラムの総称なんだ。コンピューターに感染し、寄生し、潜伏して、情報を奪い、罠を張って、発病する。夢魔は、新種のマルウェアの特性を持って進化したんだ。まるで、プログラム自体が意志を持った攻撃者だ。張り巡らされたセキュリティを自由自在に突破し、人に感染する。一度憑りつけば、あとはタイミングを見て発病だ。悪夢を見せて、人間を殺す。夢魔はマルウェアでもあり、眠り病は人間を死に至らせる病なんだ。眠り病と言うのは悪魔の存在を信じない人間が付けた名前だが、実に的を射ている」


 夜シルには、その恐ろしさがピンと来ていなかった。

 だが、思い出すのは、希ルエの夢の中に現れた、自分を殺すと言った夢魔のことだった。


 招かれざるイレギュラー。

 そう言えば、夢から覚めた時に、真ロウも言っていた。


『セキュリティはしっかり張ってあったんだ。でも、新手の夢魔がそれを突破して来た。信じられなかったよ。憑りつかれたら、駆除することも出来ないからね。見ていることしか出来なかった』


 勉強しなくてはならないことが多すぎる。

 分からないことが多すぎる。

 次に戦いに出た時、自分は戦いの役に立つことが出来るのだろうか。


 分からない。

 あの、光を背にした夢魔の、冷たい言葉が胸の中でグルグルと回る。


『必ずお前を殺す。お前が新しく出会ったもの、奪われても、なおも残っていたもの。大切にしているものを、全てを消し去って、絶望の淵に落としてやる。誰の手でもない、私のこの手で。楽しみに待っていろ』


 身震いした。

 いつか、自分を殺しに来る。

 それは、例え夢魔殺しの仕事していなくてもやって来ると言う事だろう。


 自分の名前を知っていたあれは、いったい何者なのだろうか。

 いや、夢魔に知り合いなんているはずもない。


「大丈夫? 夜シル君?」


 リナ・ブロンが、夜シルの顔を覗き込んだ。


「何でも無いです。大丈夫です」


 夜シルはそう言うと、まだ見えぬ明日と、いずれやって来る不安を想って、静かに息を吸った。


 力を付けなくてはならない。

 奪うと言われていた大切な物、それがなんであろうと、もう、二度と奪われるわけにはいかない。


「俺、もっと強くなりたいです。もっと、いろんなことを教えてください」

「そうだな。何よりも実戦を積んで、他の先輩たちに戦い方を教えてもらうと良い」

「はい」

「よし、今日の講習は以上だ! ミノリ君、悪いんだけど、全員分の飲み物を買って来てくれないか?」

「いえ、俺が行きます」


 夜シルはそう言うと、立ち上がった。

 これからも戦い続けなければいけない。


 遊ヒトや玖ユリのような犠牲者を出さないためにも。

 まだ何も知らずに生きている、町の人たちを守るためにも。


 ――やってやるさ。いつだって、ロックにやってやる!


 夜シルは思うと、ゆっくりと歩きだした。


――――――――――


(ナイトメアバスターズ2へ続く)

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ナイトメアバスターズ!~近代未来の夢魔殺し~ 秋田川緑 @Midoriakitagawa

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