夜シルの講習と、顔合わせ
第34話 暴君、栗山・芽イエと事務員のミノリちゃん
魚住・希ルエを助けてから数日後。
夜シルはナイトメアバスターズの事務所に向かっていた。
本格的な顔合わせと、ちょっとした講義があるらしい。
夜シルは、いつかの夜にリナから入れてもらったミルクコーヒーを思い出しながら、ゆっくりとその事務所のドアを開けた。
「おはようございます。赤井・夜シル君ですね?」
受付にいた女性が夜シルを出迎える。
「はじめまして。事務をやっています、ミノリです。どうぞよろしく」
ミノリ、と言うのは名前だろうか。
眼鏡をかけていて、雰囲気は優しげだった。
薄い化粧のせいか、夜シルは自分と歳が変わらないかのように錯覚する。
「……あの、私の顔に何か?」
分からない。しかし、惹かれるものが確かにある。
思わず見つめてしまっていた夜シルは、不思議な感覚を覚えつつも目をそらした。
「す、すいません。その、赤井・夜シルです。よろしくお願いします」
声は自然と小さくなった。
女性を前にして緊張するのは珍しくないが、今回はそれとは違う。
ミノリと名乗った女性の声と顔の表情、そして何気ない仕草だけで夜シルの心は安心感を覚え、全くの無防備さを警戒心をさらけ出してしまっていたのだ。
顔を合わせただけの他人に、こんなにも親近感を抱くことなどあり得るのかと言う、一種の危機感を覚えていたのかもしれない。
その時、受付の奥から声が聞こえてきた。
「気を付けな、新入り。ミノリの前職はサイコ・セラピストだ。理論も倫理も独特かつ規格外だったせいで異端扱いを受けてた凄腕だぜ? うっかり秘密を喋りたくなければ、あんまり見つめたり話しかけない方が良いぞ?」
夜シルは物陰から現れた声の主を見る。
が、一瞬、どこにいるのか分からなかった。
「……え?」
「……? な、なんだよ」
身長、140センチほどだろうか。
受付のテーブルよりも身長は高いが……ともかくランドセルが似合いそうな女の子がそこにいて、夜シルの視線に気づくと顔を赤らめながら言うのだ。
「お、おい、何で固まってんだよ。ミノリの次は私も見つめてんの?」
続けてニヤニヤとした気持ちの悪い笑み。
少女はフンフンと鼻を鳴らしながら言う。
「い、いやいや、まいったね! まぁ、私くらいになれば高校生の一人くらい魅了するも容易いが……お前が思春期なのは理解してるけど、エロスもほどほどにしろ? ……いや、ちょとくらいなら、見ても良いよ? でも、触るのは勘弁な」
夜シルには少女が何を言っているのか分からなかった。
二つに編んだおさげの髪型が玖ユリに少しだけ似ているなと思い、少しだけ悲しくもなったが、それよりも少女の言動が意味不明過ぎる。
ふと見れば、彼女は微妙に羞恥心があるかのような顔で体にしなを作り、夜シルに向けて誘惑のポーズをとっているのだ。
「傷心だって聞いてるからこんなことしてるけど、勘違いするなよ? こ、こんなサービス、滅多にしないんだからね。歳の差もあるし、惚れちゃダメだからな?」
夜シルは思わず吹き出すと、言った。
「惚れないよ。って言うか、子供がこんなところで何してるんだよ。学校はどうしたんだ?」
「……あ?」
「だって、小学生だろ? 君」
「赤井君、だめだよ」
ミノリが慌てて夜シルを止めるが、全ては遅かった。
「誰が小学生かッ!」
腹部に強い衝撃が走り、夜シルは体を折りたたむと全く動けなくなった。
どうやら腹を殴られたらしいと思ったのは、喉の奥から流れてきた胃液の酸を口の中に感じてからである。
痛みは、遅れてやって来た。
「ぐっ……は……!」
呼吸が出来ず、胸が苦しい。
いつ、至近距離まで近づいたのか。顔を上げると、拳を固めて睨みつけて来る小学生がいる。
夜シルは必死に息を吸うと、なんとか言った。
「い、いきなり、何をするんだ」
「こっちのセリフだ。殺されてぇのか、てめぇ……」
やはり、意味が分からなかった。
固められた握りこぶしを前に、夜シルは後ずさる。
鋭い眼光。恐ろしい、敵意。
どんな悪夢よりも、圧倒的な殺意が、そこにあった。
と、そこへ市川が顔を出して、ゲラゲラと笑う。
「お? 何だ? 少年はさっそく
その後ろにはリナ・ブロンと真ロウが続いていた。
「夜シル君?」
リナが夜シルに駆け寄る。
「どうしたの? 大丈夫?」
「いえ、あの子が」
夜シルが見ると、先ほどの少女は市川を殴り飛ばそうとものすごい速さで追いかけ回していた。
「市川! てめぇ! ロリって言うなって言ってんだろがッ!」
「おおー! 怖い怖い!」
「そこまでそこまで」
手をパンパンと叩く真ロウに、場は鎮まる。
「栗山君、少し、落ち着いて欲しい。とりあえず、夜シル君に謝りたまえ」
「ああ? 随分と偉い口を効けるようだな、灰谷。何で私が謝らなきゃいけないんだよ?」
「お、大人のレディなら、そうするべきだと言っているんだ」
圧倒される真ロウを見て、この少女はただものでは無いと、夜シルは感じた。
……栗山? どこか聞いた名前だ。
少女は、チッと舌打ちして言った。
「おい、新入り。初対面で大人のレディを小学生扱いした奴を殴って悪かったとは全く思わんし、仲良くしたいとも思わんが、自己紹介してやる」
腕を組み、胸を張って、ふんぞり返った。
大人のレディと言ってはいるのがどうにも滑稽だったが、笑うわけにはいかない。
「私の名は芽イエ。栗山・
栗山。
希ルエの病院へ行く時に、沢田と真ロウが話していたことを、夜シルは思い出す。
『黒金エンターテイメントって会社知ってるか? 黒金って企業グループの一部門で、日本で夢見マシンの開発と販売を行っている会社の一つだ。俺たちの使っているコンピューターやら夢見マシンやらを特注で作ってくれている会社だな。まぁ、スポンサーの一つなんだが、そこから出向で来ている技術者だよ。本当なら悪魔退治をしてる俺たちとは相成れない存在なんだが、それでも彼女の理論で新しい夢魔と戦える状況が整ったと言っても過言では無い』
会うのが楽しみだとは思っていた。
だが、沢田はこうも言っていたのだ。
『……いや。気をつけろよ。難しい人だ。なんと言うか、いろいろ酷い』
酷い?
こんなの、酷過ぎるだろ、と夜シルは思った。
いや、見た目で判断した自分も悪かったけれど、でも、それにしたっていきなり暴力をふるうなんて。
実際、チビッ子に見えるから、余計に複雑な気分になる。
その時、市川がにやけながら夜シルに忍び寄り、その耳元でささやいた。
「おい、新入り。可愛い見た目してるだろ? でもな、こう見えてもあいつ、お前の倍くらいは生きてるからな」
「えっ?」
夜シルの驚き用はすさまじい物だった。
夜シルが17歳なので、その倍となると……
「市川、今、新入りに何を言いやがった? そいつ、すげー変な顔して私のこと見てるぞ?」
「芽イエさんがすごい人間だってことの補足情報だよ。気にすんな」
「……へー、たまには気の利いたことするじゃない」
たちまち上機嫌になる栗山だったが、夜シルはどうにも納得できなかった。
間違ったことは言って無い。だが、市川はヒューッと口笛を吹くと足早にその場を去ってしまう。
「さて、夜シル君、講義を始めるぞ。みんなもそっちの会議室に来てくれ」
夜シルは痛む腹をさすりながら、真ロウの言葉に従った。
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