第29話 夢魔殺しの能力
夢魔は言った。
酷く、愉快そうな声だった。
「死ぬ時は悪意を思い出して、のたうち回れ、だと?」
クックックと笑う。
「なぁ、夜シル君。君もその悪意を受けただろ? むかつくよな、あいつ」
そして、笑いは怒りの声へと変わった。
「言われっぱなしで逃げられるなんてことはよぉ! 腹いせに、何かを痛めつけてやらないといけないよなぁ!」
攻撃態勢だった。
周囲の触手の先が、一斉に夜シルと希ルエを向く。
「魚住さん! 俺の、後ろに……!」
だが、それに何の意味があるのだろうか。
勢いを取り戻した触手の数はますます増えて、より強力になりつつある。
先ほど聞いた声が脳裏を駆け巡った。
『夜シル、お前でも殺せるぞ』
続いて、病院での灰谷・真ロウの声も思い出した。
『この夢魔、大した事なさそうだよ』
――どこかだよ。こんなの、俺一人で勝てるわけがないじゃないか。
夜シルは思い、銃を持つ手の震えも押さえることも出来ずに、圧倒されていた。
周囲に広がった触手の渦は、ざわざわと蠢きながら、ゆっくりと迫っている。
……だが。
その瞬間、夜シルの後方からパララララララと言う、短い、それでも恐ろしい速さで響く連打音が響いた。
振り返った塀の上に、大きな影。
「赤井! 勢いに飲まれるな! 夢の中で強さを決定づけるのは『心』だ!」
沢田だった。
手には、M9とは違う、一回り大きな銃器が握られている。
それは、かつて『イングラムM10』と呼ばれていたサブマシンガンで、32発もの弾丸を、僅か1.5秒で打ち切ると言う圧倒的な連射性を持っていた。
触手が、弾幕になぎ倒されて道を開ける。
「来たか! 夢魔殺し! しかし……」
夢魔は笑った。
「お前、傷だらけじゃないか! どうしたんだ、その怪我は! 足止めの伏兵は置いたけど、なんでそんなにダメージを負ってるんだ?」
夢魔が笑うのも仕方がないことだった。
沢田は全身から血を流している。
皮膚がズタズタにされている首元。穴の開いた肩口。切り傷のある脚。
夜シルの目から見ても、重症に見えた。
服も破れていたり、焼けていたり、溶けていたり、その痕跡は様々だったが、ここに来るのが酷く困難だった事を説明づけている。
「さ、沢田さん、その怪我、大丈夫なんですか?」
「……大したことないぜ。目の前のあいつを殺せると思うと、普通以上に動ける。俺の体は、そういう風に出来ているんだ」
とてもは見えない。
……夜シルは言ってから思い出したが、とっさとは言え、言い争った気まずさを気にもせずに安否を尋ねてしまったことに気づいた。
しかし、沢田はあっさりと答える。
「遅くなって済まなかったな、赤井」
「い、いえ」
「M9はまだ持ってるな。近くにいると思った触手に、片っ端からぶち込め。当たらなくても良い」
わだかまりも、何もない口調だった。
いや、今はそんなことを気にしている時では無いのかもしれないけれど、でも、それでも、その口調には許しがあった。
夜シルは、それだけで言い争ったことを忘れて、言うことに従った。
近くの触手に向けて銃を撃つと、触手は慄きながら後退する。
同じく、沢田が手近の触手に弾丸をばらまきながら、夜シル達の元へ走り寄った。
「二人とも無事か?」
「は、はい」
夜シルは返事をしてから、言った。
「沢田さん、俺、すいませんでした。自分一人じゃ、何もできないって言うのに、盾突いて」
「気にするな。俺も、お前を利用した。あいつが姿を出しやすいように、自然に仲たがいするように、わざわざ非情なことを言ったんだ。案の定、別れた途端、お前の方に夢魔が現れたろ?」
「お、俺たちは、囮だったんですか?」
「そうだ。だが、囮にしたことを、お前に許してもらうつもりもないぜ?」
「……でも、俺」
夜シルは言った。
「それでも、沢田さんは仲間です。死ぬところだったですし、全部が全部、好きってわけじゃなくなりましたけど、でも、助けに来てくれました。『無事か』って聞いてくれたの、嬉しかった」
沢田は笑って答える。
「……それ以上は言わなくても良いぞ。全く、お前はどこまでも青臭いな。むずがゆくて仕方がねぇ。言っておくが、俺は非情だと言われるのには慣れている。が、俺個人としてはお前みたいな奴は嫌いじゃない。それに、俺のやり方が正しいなんてことは、俺を含めて誰も言っていないし、お前のやり方は一つの正解でもある。だからな、今回は俺とお前、合わせて一つの正義だ。あのクソ野郎をぶっ殺すぞ。俺たち、二人で」
合わせて一つの正義。
この一言が、夜シルと沢田のいがみ合いを消し去り、一つの絆を生んだ。
もはや対立していた過去など遠い物となり、今は背中を合わせて戦う、同じ仲間だと言う実感を夜シルの中に再び芽生えさせていた。
沢田は言いながらも撃ち切ったサブマシンガンの弾倉を代えていて、再び周囲に向けて乱射している。
その圧倒的な連射力に、触手はずたずたに引き裂かれながら後退を始めた。
もはや、夢魔の姿を隠す障害もない。
その姿が露わになると、夢魔は焦りながらも叫んだ。
「く、くそ! そんな銃まで持っていたのか!」
「『持っていた』と言うのは違うぜ」
「何だと?」
沢田は首を動かして、夢魔を見下す。
「どういう事かは今、教えてやる。赤井も良く見ておけ、夢魔殺しが、夢の中でどうやって戦うのかを」
「い、意味の分からないおしゃべりもたいがいにしろ! そんな怪我で強がるんじゃねぇ! お前は死ぬんだよ! 今、僕に殺されて! そんなちんけな弾なんて無意味になるくらいの質量で、一気に潰してやる!」
夢魔が、残った全ての触手を集めて、沢田にむけて突撃させた。
まるで柱の進撃だった。
巨大な固まりが、唸りを上げて沢田に迫る。
「くたばれぇ! 夢魔殺しぃぃぃぃ!」
夜シルは夢魔の叫びに怯んで、それでもとっさに希ルエを守ろうと、その前に立った。
――沢田さんは? と、夜シルは見るが、沢田は動かない。
いや、夜シルの位置の、さらに前で悠然と立ちながら、手を持っていたイングラム、サブマシンガンを地面に放り投げた。
腕を前に突き出して、僅かに身を屈めさせている。
夜シルが、何をするつもりなのかと思う間もなく『それ』は現れた。
一瞬。
沢田の大きな体、その輪郭線が僅かに鈍い光を放つ。
それは、他人の夢の中であって、自分と言う個を大きく主張する、境界線の光だった。
その手に、長い物。筒のような、それでも夜シルが今も手にしている、M9のような引き金をもつ物体が突如として出現する。
まるで、魔法のようだった。
沢田はそれをくるりと回転させて銃口を夢魔に向けると、構えて、引き金を引いた。
今まで聞いた、どの銃の音よりも大きな発射音がその場に響いた。
柱の先が弾けて、そこから根元に向けてズタズタに引き裂かれるようにして傷が走る。
「な、なんだと?」
慄く夢魔にかまわず、沢田は銃器の可動部を素早く動かして大きな薬莢を排出させた。
それは、旧時代に『レミントンM870』と呼ばれていたポンプアクション式のショットガンで、鉛玉を一気に、大量に発射する強力な銃器だった。
二度目の銃撃が続き、触手の固まりは吹き飛んで、粘液をぶちまけながら遠くの壁にぶつかり、地面に落ちた。
「す、すごい」
耳がおかしくなりそうだと思いながらも、夜シルは、夢魔があっという間に無力化されていくのを見ていた。
触手はもう、動く様子がない。
沢田は再び薬莢を排出させると、ショットガンの銃口を夢魔に向けた。
「赤井。これは俺の能力だ。自分の『強み』……愛好するクラシックな銃のコレクションとそれを扱う知識を、他人の夢の中で体現させている。自分の好きな事、得意な事、良く知っている事、それを再現させて戦うのが、夢魔殺しの戦い方だ。お前もそのうち、似たようなことが出来るようになる。余裕があれば試してみろ。『強み』を見つけておけ」
いくつ銃を持ち歩いているのかと思ったけれど、そう言うからくりだったのか。
夜シルは理解したが、自分にも似たようなことが出来ると言われても、まるで実感が湧かない。
戦うための知識など、自分にあるはずがないのだ。
暴力なんて、大嫌いだ。
それが描かれている娯楽作品も、あまり触れたことがない。
やはり、どうれだけ考えても、夢魔に損傷を与えられる知識など、夜シルの中には無いように思える。
夜シルはただ、沢田が懐から取り出した弾丸の筒を手慣れた手つきでショットガンに込めて、再び銃口を夢魔に向けているのを見ていた。
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