第2話 ロックな少女と秘密の楽しみ
木村・
赤井・
玖ユリの『玖』は、数字の9。
これに意味があるのかなんて、夜シルは知らない。
そもそも、夜シル達が生まれるよりずっと前、海外からの移民やらなんやらで純血の日本人が少数派になり、カタカナ表記の名前が世に溢れたせいで、かつて普通だったネーミングセンスが滅んだと聞く。
夜シルも漢字の『夜』に、カタカナの『シル』だ。
名前の意味なんて知らないし、これは遊ヒトだって同じだろう。
しかし、とりあえずはお楽しみだ。
夜シルはスカートの中に手を入れた玖ユリを見ながら、ごくりとツバを飲み込んだ。
繊細な女子の手が艶めかしくスカートの中をまさぐり……内側の生地に貼り付けてあったマイクロチップを見つけると、外の空気に晒す。
「へへっ、じゃあ、始めるよ」
玖ユリはチップを自分の腕に付けている超小型PC、ウォッチに認識させ、宙に浮かんだ3Dホログラムの画面を操作した。
「パスコードは
「おう!」
夜シルと
この『ウォッチ』とは、今では誰でも持っていると言って良いほど普及している端末機器だ。
旧時代にあった腕に装着する時計のようなそれは、様々な家電や公共施設などと同期させて操作も出来ると言う、一般的なありふれた機械である。
「木村、今日は何だ?」
「ブルース・スプリングスティーン。データ手に入れるの、けっこう苦労したんだから」
玖ユリが言うには、ウォッチにロックの楽曲データをインストールして持ち歩くのは、危険極まりないとのことだ。
確かに、抜き打ちの端末検査なんかあれば、内申書に大きな罰点が付くことになるだろう。
ならばと玖ユリが考えたのは、外付けの記憶媒体である。
検査で調べない場所、大人が意識を向ければ問題になる場所だった。
女子高生のスカートの中に隠せば、安全だと言う事なのである。
「くそっ、最高じゃねーか!」
女子高生のスカートが、ではない。
スプリングスティーンだ。
曲を聞いている遊ヒトの興奮は、絶頂に達した。
夜シルもそうだ。
踊りだしたくなる気持ちを抑えながら、言う。
「良いなぁ、これ。なんて曲?」
「『明日なき暴走』。『ザ・リヴァー』なんかもすごい泣けて良いよ、『涙のサンダーロード』なんかも素敵だし」
うっとりとしている玖ユリに、遊ヒトが愚痴をこぼした。
「子供が聴いちゃダメなんて、やっぱりおかしいよな。何でなんだろ」
「知らないけど、『教育衛生上、悪影響だから』らしいよ? 統計とか何もないみたいだけど。こんな素敵な音楽を規制とか、バカみたいだよね」
そうなのだ。
昔の音楽、主にロックの大多数は規制されていて、子供が聴くことは禁止されているのだ。
規制が始まったのがいつなのかは三人の誰も知らないけれど、やはりバカみたいだと思う。
罰則そのものは無いようなものだったが、それでも、ジャンルが萎縮するのには十分な状況が、彼らが生まれる前からずっと続いている。
「ロックは廃れちまったんだ。大人たちに殺されちまったんだ」
遊ヒトが嘆く。
だが、それに対して異議を申し立てたのは、玖ユリだ。
「ロックは死んでないよ」
意志の強さが感じられた。
夜シルは感心して玖ユリの顔を見る。
「歌っていた人たちはみんな死んじゃったのに、曲とかは今もずっと残ってる。そりゃ、規制のせいで、聴くのはすごい大変だけどさ。でも、聴いた人の心に、今も生き続けてるんだ。それって、すごい素敵な事じゃない? だから、私は音楽が好き。ロックが好き」
少女はちょっと得意げだった。
夜シルは、この玖ユリと仲間になれて本当に光栄だと思う。
と言うのも、玖ユリが二人と合流したのは、
『――ねぇ、赤井君に白村君。メール見たよ? ロック好きなの?』
夜シルも遊ヒトも、まさか同じクラスに、ロックを知っているどころか自分たちよりも詳しい女子がいたとは思わなかった。
親が音楽関係の仕事だからと、楽器についても色々口を効かせてくれたのもうれしい誤算だ。
この河原の廃材の中から見つけたエレキギターも当初は中身もボロボロで、修理と言うよりもほとんどレストアに近い大工事をしたのだけれど、それも玖ユリに業者を教えてもらわなければ、こうして音を出せるところまで復活させられなかっただろう。
「……フフッ」
「なんだよ、木村。急に笑って」
「あのさ、規制なんか無かった100年前は、ここでロックを聞いてた10代の若者とか、絶対いたよね」
夜シルは三人で音楽の話をするのが好きだと思った。
たいていは放課後、夕焼けを見ながらこの河原で行われる。
玖ユリの携帯端末と同期させたコードレスイヤホンを付けながら、今みたいに三人で大昔の曲を聴くのだ。
2098年のこの河原は舗装されているのにゴミだらけで、川は魚なんかどこにいるのかも分からないくらい濁っていたけれど。
それでも、今のこの時間は、かけがえのない青春なのだ。
「ところで、メンバーは他に見つかった?」
「……いや。聞いてくれる人はぽつぽつ出て来たけど、一緒にやりたいって奴は、まだ」
「そっか。まぁ、三人でもバンド出来るけどさ、やっぱりもう一人くらい欲しいよね」
子供が聴くのは規制されているが、子供が演奏するのは違法ではない。
しかし、バンドサウンド自体が今では廃れすぎていて「バンドやろうぜ」なんて文句が、まるで奇怪な誘いに思えるらしい。
それに、内申書に罰点をつけられてまで演奏したいだなんて人間、そうそういるものでも無いのだ。
そんな状況なので仲間はさっぱり集まらなかったが、メンバー集めはもう少し続けようと夜シルは思う。
春までだ。
メンバー集めは、春までやって、そしたら一緒にバンドをやろう。
……と、その時、急に遊ヒトが話題を変えた。
「そう言えば、変な病気があるらしいぜ?」
「病気?」
「そう。なんか、致死率高い奴。徹底的にプロテクトかかってて、あんまり探れなかったんだけど、この町にも何人か、患者出てるって」
何故か、ゾクリとした。
1月の風は冷たいけれど、それとは違う嫌な予感。
悪寒だ。
そして、この時、夜シルは知らなかった。
まさか、自分たちが、その病を巡る戦いに巻き込まれようとは。
そして、それより早く、まさかとんでもない不幸が自分たちに襲い掛かってこようとは思いもしなかった。
それは、僅か数か月後。
夜シルの元に、訃報が走った。
親友であり、赤白コンビの白い方。
白村・遊ヒトが、死んだのだ。
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