第3話 ロックスターは不幸と踊る

 訃報の十日ほど前、無事に二年生に進級できた三人は、引き続いて同じクラスになったことを喜び、ロックバンド結成への決意を改めて確かめ合っていた。


 2098年、4月。


 あれから新しいメンバーは見つからなかったが、とりあえず三人いれば形にはなるだろう。

 だが、いよいよバンドとしての一歩を踏み出そうと言うところで問題が持ち上がった。


 全員がギター志望だったと言う事である。


 当然、ギターのポジションは取り合いになった。

 そして、ここでヒトがバカな賭けを言い出したのだ。


シル。お前、好きな子いるだろ?」

「なんだよ、いきなり。そりゃ、いるけど」

「俺もだ。だから、賭けしようぜ。木村も好きな奴いるだろ?」

「……まぁ、一応」

「だったら勝負しよう。好きな子に告白して、OKをもらえた奴がギターだ! 良いだろ?」


 ユリはそれを聞くなり、深くため息をついた。


「私、良いよ。ギター諦める。ベースやるから」

「なんで?」

「だって、私の好きな人、好きな子いるんだもん。それにギター弾く男の子って、かっこいいと思うよ。うん。二人とも身長170越えてるし、絵になるんじゃない?」


 フンと鼻を鳴らして、左右の二つに結んだ髪型が揺れる。

 夜シルには、それが納得しているようにはどうしても見えなかった。


「なんだよ、木村。お前、ほんとはやりたいんだろ?」

「良いって。私、お父さんのベース借りれるから、都合良いし」

「都合とかそう言う事じゃなくて、お前がギターをやりたいかってことなんだぜ? おい、遊ヒト。この賭けは止めだ。フェアじゃない」


 遊ヒトは鼻で笑う。


「木村はベースで良いって言ってんだろ? じゃあ、勝負は俺とお前の二人でだ。勝った方がギター。負けた方がドラムだ。逃げないよな? ロックやろうって奴が、まさかなぁ」


 勝算でもあるのか、その顔は自信に溢れている。

 そして、ロックを引き合いに出された夜シルも引き下がるわけにはいかず、結局、その賭けに乗らざるを得なかった。


 夜シルが好きだったのは、同級生の高嶺の花。

 遊ヒトが好きだったのは、一つ上の先輩。


 そして、実に残念なことに、夜シルも遊ヒトも、この勝負は大失敗だった。


 大玉砕である。


『貴方なんかに好かれても、迷惑です。二度と話しかけないでください』


 こうまで言われた夜シルは部屋に引きこもり、丸々一週間、たっぷり落ち込んで学校も休んでしまった。

 そして、このままではカッコ悪いと夜シルが立ち直り、一週間ぶりに学校に登校して、違和感。


 ……遊ヒトの席が空席になっている?


 悪い予感がしたが、気のせいだと夜シルは思いたかった。

 まだ落ち込んでやがるのかと、思い込もうとした。


 だが、それから数日たっても遊ヒトは現れず、これは様子を見に行った方が良いと玖ユリと話し合っていたころ、教師が訃報を携えてやってきたのだ。


 それは朝のホームルームで、夜シル含む教室の全員に、重々しく告げられた。


「昨日、白村君が亡くなりました」


 何かの冗談かと思えた。

 聞けば、夜シルが引き籠っている間に昏睡状態に陥り、病院へ運ばれたが、そのまま目覚めることなく、昨日、息を引き取ったと言う。


 なんとも腑に落ちない。

 自殺ではないか、なんて噂が駆けて、夜シルは思った。


 ――あいつが、自殺なんかするもんか。

 そもそも死んだなんて、嘘じゃないか? ああ、きっとそうだ!

 ほら、今にもおどけながら「ドッキリでしたー! 驚いた?」なんて言いながら、教室に入って来るぞ!

 トリッキーな奴だからな。

 まったく、イタズラがすぎるぜ!


 ……


 ……なぁ、何やってんだよ、遊ヒト。

 早く、入って来いよ。


 しかし、いくら待ち望んでも親友は教室に姿を現さず、放課後に行った通夜の式場でその死に顔を確認した夜シルは、現実を認めないわけにはいかなかった。


 疑問だけが夜シルの頭の中をぐるぐると回る。


 ――なんでだよ。

 無敵の赤白コンビだろ?

 木村も加えて、三人でバンド組むんじゃなかったのかよ。

 なんだよ、遊ヒト。なんでなんだよ。


 ――――――――――


「夜シル、大丈夫? もう、みんな帰ったよ?」


 通夜が終わり、夜。

 玖ユリが、夜シルを見つけた。

 式場の駐車場で何をすることも無く、呆然と立っていたらしい。


「あ、ああ、木村。俺、何でこんな所に」

「大丈夫なのって、聞いてるんだけどんだけど?」

「だ、大丈夫だよ。でもさ、俺、どうしたら良いのか。何を言ったらいいのか」

「……うん」

「俺、あいつが死ぬなんて、思ってもみなくて。小学校の時から、ずっと一緒で」

「うん」


 そこからはまるで泣きごとだったが、玖ユリは黙って聞いてくれていた。

 それは夜シルの感傷をより深いものにしたが、とてもありがたいことだった。


「こんなことなら、あいつに、ギターやらせてやればよかった」


 ……いつ買ったのか。

 遊ヒトの、あまり使いこまれていない新品のエレキギターは、式場の入り口に飾られている。


 思えば、夜シルばかりがギターを持って駆け回るのを、羨ましそうに見ていた。


 夜シルは思う。


 ――遊ヒト。

 今まで、ずっと後ろにいて、走ってる俺のフォローばかりをしてくれてたけど、だからこそ、やりたいことを譲れなかったんだよな。

 ギター、本気でやりたかったんだなって、今ならわかるよ。

 お前も、俺みたいにギターを持ったロックスターになりたかったんだな。


 うん。当然だ。

 あいつとは、昔から気が合うんだ。

 だから、遊ヒトには悪いことをした。

 たまには、あいつにも前を走らせてやればよかったんだ。


 ――


「……ねぇ、夜シル。夢見ゆめみマシンってあるじゃない? 夜シルも持ってるでしょ?」

「あ、ああ、持ってるけど」


 

 急に何を言い出したのかと、夜シルは戸惑った。

『好きな夢を見れる家電商品』の、あれか?


「あれ、さ。こういう時、便利だよね。悲しい時にさ」

「……夢を見ることがか?」

「うん。ね、ちょっと夜シルのウォッチ見せて」


 3Dホログラムで浮き上がる、情報の羅列。

 玖ユリは画面を操作し、夢見マシンの設定を呼び出すと、自分のウォッチと同期させた。


「はい、終わり」


 玖ユリは寂しげに笑う。


「私もね、ちょっと前に遊ヒトに教えてもらったの。って言うか、勝手にインストールされて、イタズラみたいなものだったけど。その、なんだ。夜シルのにも走らせといたから」

「制限解除って?」

「……それは、その、夢見マシンで、いろいろできる奴だよ。例えば、、とか」


 二つ結びの髪の毛がうつむいた。

 顔は、真っ赤だ。


「まったく、遊ヒトの奴、大したセクハラ野郎だよね。私も、知らないで使ってびっくりしたんだから。あのバカ」

「……木村?」

「うん。そんな話、どうでも良いよね。あのね、夜シル。何の慰めにもならないかもしれないけど、それ使って、元気出してよ」


 どんな慰めだよと夜シルは思い、同時に、違う意味のが頭をよぎって、僅かに顔を赤くした。


『えっちな奴とか』


 思った。

 今は、そんなことをする元気も無いと言うのに、何だよ、木村。


「で、さ。ちょっとで良いから、私のことも、夢に出して」

「……何で?」

「私も、夜シルのこと出すから。お願い。私だって辛いんだもん。寂しいんだもん」

「……分かった」


 夜シルはまだ混乱している。


 言葉の真意に気づかず、ひたすら悲しみの気持ちを抱えながら自宅に帰り、部屋でしばらく泣いた後、押し入れの奥で埃をかぶっていた『夢見マシン』を引っ張り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る