第4話 ロックスターは夢で癒す
『夢見マシン』とは、夢に干渉できる機械である。
ありとあらゆる種類の娯楽を、夢の中でリアルに体感できると言うものだ。
通常は頭に付けるもので、形もヘルメットタイプから、ハチマキタイプ。
さらに廉価版の額に貼る吸着タイプなんてものもある。
全てにおいて共通なのは、夢の内容が事前に決められることだ。
事前に、状況とイベント、登場人物から小物まで、こだわればこだわるほどの設定項目があり、この夢見マシンが人気である理由の一つになっている。
かと言えば、初心者にも優しい。
大雑把に内容が決められた『セット』があり、詳しいところまで設定が出来ない人間でも楽しめると言う、まさに万人受けしている画期的な機械なのだ。
最後に使ったのはいつだったか思い出せないが、もしかすると、まるまる何年も使っていないかもしれない。
まぁ、良いさと、夜シルはマシンの電源を入れると、自身の携帯端末、ウォッチと同期させ、設定オプションを開いた。
すぐにアップデートが始まり、夢見マシンはあっという間に新しい機能を備えた物に生まれ変わる。
「制限解除って、言ってたっけ」
夜シルはオプション項目に、多数の追加を確認した。
▽チェックを入れると、項目は自動的に展開されます。
□ +性行為の追加。
□ +犯罪行為の追加。
□ +流血等ゴア表現の追加。
目を逸らし、思った。
――なんてものを入れてくれたんだよ、木村。
こんなの、使う分けないだろ?
だが、それでも一瞬の迷いの末、性行為の項目をチェックしてしまうのは男子の悲しい
ただ、見るだけ。
ただ、見るだけだ。
▽性行為の追加項目を表示します。
□ +道具の追加。
□ +複数人プレイの追加。
□ +無理ヤリの追加。※犯罪行為の追加項目がチェックされます。
酷い数の項目が並んでいたが、ざっと上の三つを見ただけで、夜シルの心は嫌悪感でいっぱいになっていた。
『遊ヒトの奴、たいしたセクハラ野郎だよね』と言った玖ユリの顔が浮かび、そりゃそうだとも思う。
――おい、遊ヒト。
こんなの、言葉だけでも放送禁止用語だらけじゃないか。
レベルで言ったら、ロックの何倍も酷い。
辞書で調べたって『身分証を提示ください』と聞かれる語句ばかりだぞ?
「木村、何のつもりなんだよ、俺のウォッチにこんなのインストールして」
しかし、ああでもされないと、この夢見マシンを引っ張り出さなかっただろうなと夜シルは思った。
多分、ひたすら泣いて、落ち込んで、ずっと引きこもっていたかもしれない。
きっと、心配してくれたのだ。
玖ユリがインストールして来たのは、自分にこの夢見マシンを使って、元気を出して欲しかったに違いない。
「……そっか。そうだよな。ありがとう、木村」
夜シルは、通常時に設定出来るオプションだけを選び、今、一番見たい夢の設定を終えると、装置を頭に付けて、静かに目を閉じた。
――――――――――
……ル
……シル……!
夜シル……!
誰かが名前を呼んでいた。
目を開けるが、真っ暗だ。
「夜シル、いい加減起きろ。どやされるぞ?」
よく聞き知った声だと思った瞬間、視界が真っ白になり、直後、夜シルは自分が学校の教室にいることが分かった。
着ているのも学校の制服だ。
「あれ、俺」
「起きたか」
遊ヒトだった。
そして夜シルは夢見マシンのことを思い出し、ここが夢の中だと言う事も知る。
「お、おいおい、なんだよ夜シルくん。泣きそうな顔してどうしたん? 何か嫌な事でもあったのかい?」
おちょくるようなこの口調。
……感無量だった。
もう、会えないと思った人間がそこにいる。
声が聴ける。
こんなにうれしいことが、あるだろうか。
「はいはい、男同士でイチャイチャしないの」
玖ユリの声が聞こえて振り返ると、どうやら隣の席に座っていたらしい。
と、言うより、夜シルを真ん中に右に遊ヒト、左に玖ユリと、三人しかこの教室にいなかった。
「……あれ?」
夜シルは混乱した。
こんな状況、夢見マシンに設定しただろうか。
遊ヒトが生きている日常をシミュレートするような設定だったのは覚えている。
だが、それでも、教室に三つしか席がない。
「遊ヒト、これって、なんだっけ?」
「何が?」
「いや、状況が」
「補修だろ? ロック聴いてたのがばれて、呼び出されて特別授業」
……補修なんて、自分でそんな設定するか?
混乱は増すばかりだ。
自分は、何をしている? 何を見ている?
と、その時、チャイムが鳴った。
ひび割れた、歪んだメロディで、酷く不快な音だった。
「はい、注目!」
女の声。
教室のドアが開き、見知らぬ大人が入ってきた。
「はーい、どーも! 今回、2年B組の特別補修授業を受け持つことになりました。
ベント……べノ?
癖毛なのか、髪がやたらアグレッシブにもじゃもじゃとしている女だ。
……だが、その服はどうかと夜シルは思う。
やたら丈の短いミニスカートに、バストの頂点しか隠れていない、紐みたいな水着。
頭には、頭蓋骨のマークがついた、不気味な帽子を被っている。
やたらニコニコしてるが、本当に教師なのか?
「へへん! 皆さん、ロックが好きだと言う事なので、先生、ちょっと趣向を凝らしてみました! どう? セクシーでしょ?」
腰をグッと引き立たせたポージングに、遊ヒトが「プッ」と噴き出す。
「おいおい、夜シル。何だよこれ。こんな補修なら、毎日受けたいよ、俺」
鼻の舌が伸びている。
なるほど、部ノとか言う教師は、ボディラインが反則的だ。
胸は両手では抱えきれないほど巨大で、ウエストは細い。
かと言えば、ヒップは大きく、腰つきが信じられないくらい官能的に感じられてしまう。
ついでに言うと、顔も美人だ。
切れ長の目。高めの鼻。
体を動かす
「喜んでくれて先生、嬉しいな!」
「ふ、ふざけてるんですか?」
玖ユリである。
声は静かだったが、震えていた。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、顔には怒りの表情を浮かばせている。
「木村さん、何ですか?」
「ロックを何だと思ってるんですか? ふしだらです!」
「んー? 木村さんは反抗的ですねぇ。ロックを聴いているだけのことはあります。まぁ、とりあえず席についてください。そうしないと、先生、ちょーっとだけ、怒っちゃうぞ?」
部ノが、短いスカートの中に手を入れて、そこから何かを取り出した。
どこにそんな物を入れていたんだよと言いたくなるが、その手には、夜シルが見たことのない物体が握られている。
遊ヒトだけが静かに目を細め、その道具の名前を口にした。
「……先生。それ、
「あら、白村君は物知りですね! 先生、感心しちゃうぞ! じゃあ、今から木村さんに何をするか、白村君には分かるんだ。でもね、これは愛の鞭だから!」
銃?
夜シルの知らない名詞だ。
何に使う道具かと思ったその瞬間、部ノはその取っ手のある四角い、プラスチックなのか金属なのか遠目では判別できないその物体の上半分をスライドさせて動かすと、先端についている穴を玖ユリに向けた。
遊ヒトが叫ぶ。
「き、木村! 席に座れ!」
「……は? なによ、遊ヒト。何だか知らないけど、あんな箱みたいなの」
「良いから!」
「はい、時間切れぇ!」
部ノが残酷な笑みを浮かべた、直後。
その手元から轟音と共に小さな火が燃えて、玖ユリの小さな体が殴られたかのような衝撃を受けて、後ろに転げた。
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