第5話 部ノ先生の特別授業

 玖ユリが倒れると同時に、キンッっと何かが音を立てる。


 それは発射された弾丸を内包していた『薬莢』と呼ばれる部分で、筒の形状をしていたそれは転がって教室の壁にぶつかると、また小さな音を立てた。


「おっと、急所、外れちゃったかな? 木村さん、まだ生きてるぅ?」


 玖ユリは、自分の肩に出来た恐ろしい傷に触れてギョッとした後、それから初めて痛みに気づいたかのような悲鳴を上げる。


「い、い、ぃあああああああああ!」


 パニックになったらしい。

 玖ユリは肩を抑えて、その場で泣き出した。

 夜シルはとっさにに席を立つと、玖ユリの元へ駆け出す。


「木村!」


 直後。

 また轟音が響き、夜シルの頬を僅かに焼いた弾丸が、彼の後方の壁に穴をあけた。


「赤井君、席に座れって言ってるでしょ? 今度は外さないよ?」


 部ノの手元がカチャリと音を立てる。

 突き刺さるような殺意の視線に、夜シルは動けなくなった。


 全くの混乱状態だ。

 部ノが何をしたのかが、まるで分からない。

 とっさに自分の頬に触れたが、確かな痛みを感じて夜シルは驚愕して、思った。


 ……痛い?


 

 いくら夢見マシンでも、痛みまで再現できるなんて、聞いたことが無い。

 

 まさか、これは現実なのか?


 そんなはずがない。

 だったら、死んだはずの、この遊ヒトは何だ?

 今も血を流して苦しんでる、玖ユリは?

 設定もしてないのに出てきた、この部ノとか言う狂った女は、何者なんだ?


 夜シルは混乱していく頭を落ち着かせようと努力した。

 だが、それは簡単なことではないらしい。


「早く席に座ってね、と……何ですか、その目は? 赤井君」


 夜シルは怒っていた。

 夢であれ、何であれ、仲間を傷つける奴は許せない。

 それに、玖ユリを助けに行かなければならないと強く思う。

 席に座るなんて、まっぴらごめんだ。


「ははぁ、これは問題児だわ。じゃあ、さよならですね、赤井君」

「夜シル! 席に戻れ!」


 遊ヒトが慌てたようにして、言った。

 顔は真剣そのもので、顔に汗の玉が浮かんでいる。


「あれはじゅうだ。大昔の映像データで見たことある」

「……銃?」

「ものすごいスピードで金属の玉を発射する武器だ。人なんて、簡単に殺せる」

「だから何だよ、俺は……!」

「つべこべ言うな! 座らなきゃ撃たれるって言ってるんだよ! 俺はお前が死ぬのなんて見たくない!」


 夜シルは遊ヒトの剣幕に押され、席に座った。

 そこでようやく、部ノの銃口は夜シルから離れる。


 だが、恐怖は遅れてやって来た。

 その時になって、初めて、自分が恐ろしい目に逢ったのだと自覚したのだ。


 ――自分も撃たれて、死ぬところだった。


 だが、こうも思う。


 ――これは夢だ。

 夢なんだ。

 だから、こんなの、覚めてしまえば、何でもない。

 どれだけ血が流れても、起きたらいつも通りなんだ。

 きっと、そうだ。

 だったら、あのまま木村を助けに行っても良かったんじゃないか?


 見れば、玖ユリはまだ起き上がれていない。


 夜シルは再び席を立とうかと思ったが、ざわざわと嫌な悪寒が体中を痺れさせている。

 おかしい。

 これは夢なんだろ? だったら、なんで俺はこんなにも、動けないんだ?


 そして、それを見越したかのように、部ノが笑う。


「赤井君、どうしたの? 悪い夢でも見てるような顔して? でも、その感覚、正解ですよ。これがだと思ってると後悔するからね?」

「え……」


 部ノがパチパチと手を叩く。


「みんなにも言っておきますねー! 状況をはっきりさせておきます! ここは、赤井君が見てる夢の中でーす! ですが皆さん、これがただの夢だなんて思ってると、後悔しますよー! 例えばこの夢の中で私に銃で撃たれて死ぬと、! この意味、実際に銃で撃たれた木村さんと赤井君は分るよね? 痛いでしょ? 痛みを感じるってことは、致命傷を受けると死も実感しますから、連動して体の方も死にまーす!」


 ――なんだと?

 夜シルは再び戦慄した。


「アハハハハハ! 赤井君、すごい顔してるねぇ! そうです! 赤井君の夢、! んで、これも教えちゃいますが、なんと、そこの白村君と、木村さんは本人でーす! 特別に二人のをここに連れて来てまーす! すごいでしょ? 先生、すごいこと出来るでしょ? フフ! 生きてる人はここで死んだら現実で死ぬのも本当ですし、仮にすでに死んでる人がここに来ていたとしても、死んだら死ぬ苦しみを味わうことになりまーす! そんなわけで皆さん、死にたくなかったら、先生の言う事をちゃんと聞いてくださいねぇ!」


 再びカチャリと言う音がして、夜シルは固まる。

 見れば、部ノは手に持った箱の穴を夜シルに向けていた。

 銃口である。


「赤井君。さっきの罰、まだだったよね? やっぱり、もう一発くらい、撃っちゃおうか?」

「先生!」


 すぐさま遊ヒトが手を挙げ、部ノの殺意を制した。


「……何かな、白村君?」

「木村さんを介抱したいんですけど、良いですか? 全員席に座らないと、先生も補修、始められないですよね? 赤井君もそれ心配してたと思うんすけど」

「ふーむ、それもそっか。木村さん? 白村君が心配してるよ? 人に心配かけちゃいけないって、教わらなかったの? それくらいかすり傷みたいなものだよね? 早く席に着きなよ。ほら」


 玖ユリは声を受けて、必死に立とうとしていた。


 傷は酷い。

 制服がちぎれて、肉がえぐれているのが見える。

 出血は制服を黒く変色させているばかりか、滴って床に血だまりを作っていた。


 とても動けるような傷には見えない。

 だが、それでも唇を噛みながら、立ち上がり、玖ユリは席に座る。

 血は、止まらない。


「……ちんたらしてー! もうー! でも、とりあえず、みんな席に着いたみたいだから気を取り直してして、部ノ先生の補習授業、始めるよー!」


 部ノは元気に笑うと、銃を掲げて言った。


「はい! ではまず、私が持っているこれです! 白村君が言っていた通り、これは銃と言うものです! 百年くらい前は、この国でも知ってる人が多かったものですが、この道具は子供が存在を知ると健全な精神に悪影響を及ぼすので、子供が目にするような情報媒体からは抹消されてます! 娯楽作品から教科書に至るまで、全てです! いわゆる規制って奴ですね!」


 遊ヒトが歯を噛みしめている。

 部ノは続けた。


「もっとかみ砕いて分かりやすく教えちゃいますと、君たちの大好きなロックの歌詞にも、登場したりします! 英語の成績悪くても聞き取れるよね? 『ガン』だとか『ショット』だとか、そういう単語! それがこれです! この銃は正式には『グロック17』と言う品物になりまーす! 大昔に外国で作られた銃です!」


 夜シルは思った。

 なるほど。

 思い出せなかったし、どういう物かも知らなかったが、ああ言う形をしていたのか。

 ……だから何だ、クソッたれ!


「先生、質問、良いですか?」

「はい、なんですか、白村君?」

「それが本物の銃だと言う事は分りました。でも、補修って何やるんですか? って言うか、なんで撃ったりするんですか?」

「それは良い質問ですね!」


 部ノはまたいやらしく笑う。


「ロックが好きな問題児たちに、ロックが流行していたころの、恐ろしい世界を体験させてやろうってことです! そのための特別授業でーす! 今からその内容を説明しまーす!」


 そして、部ノが言い出した授業の内容は、とんでもない物であった。

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