第24話 秘密
「よくも……!」
夜シルの怒りは腹の底で煮えたぎるマグマだった。
だが、吐き出し先がどこにもない。
いや、分かってはいても、動くことが出来ないのだ。
夜シルの手は震えていて、先ほど下に置いた銃を取りたくてたまらない。
いや、銃を撃てば希ルエに当たってしまうだろうことは理解している。
だが、例えそう言うどうしようもない状況であろうとも、夜シルの心は怒りでいっぱいだった。
かつての自分の仲間。それもかけがえのない友達の仇が、今、目の前にいる。
「そう怒るなよ。今の僕は機嫌がいい。せっかく会えたって言ったろ? だからさ、希ルエを殺す前に、木村・玖ユリがお前に秘密にしてたことをお前に教えておいてやろうと思ってね」
「秘密、だと?」
「くっくっく、よく見ておけよ? お友達の、生前の願望って奴をさぁ」
夢魔は、まるでウォッチで動画を展開させたがごとく、空中に映像を再生させた。
明かりの消えた部屋。
もう、二度と会えない仲間、木村・玖ユリの、切なげな声がその場に響く。
『……私、あなたが好き。ずっと言えなかったけど、好きなの。だから……良いよ。……来て』
ベッドと、シーツにくるまった体。そこから裸の足が見えた。
数は四本。二人分だ。
何をしているのかがなんとなくわかり、夜シルは戸惑った。
「な、何を見せているんだよ! こんな」
「何って。僕が木村・玖ユリの夢を乗っ取る直前の映像さ。夢見マシンで望んだ夢を見てるんだ。『制限解除プログラム』だよ。そうと聞けば分かるだろ? 見ろよ、お前に関係していることだから見せてやってるんだぜ?」
その通りだった。
夜シルは、心臓が止まりそうなほど驚いた。
『す、好き! 好きなの、夜シル!』
ギシギシと音を立てるベッド。
シーツが僅かにめくれ、玖ユリを抱く自分の顔が映っていた。
――『木村も好きな奴いるだろ?』
――『……まぁ、一応』
突然再生された、いつかどこかで聞いた声。
突然のフラッシュバックに、頭が真っ白になる。
あれは、遊ヒトが死ぬ直前。あの、バカみたいな賭けをした時のことだ。
――『だって、私の好きな人、好きな子いるんだもん』
それが自分だったとは、夢にも思わなかった。
その時の夜シルは、自分の片思いの相手、金田・瑞リのことで頭がいっぱいだったのだ。
ロックが好きで集まった仲間。
これからバンドでやっていこうって時だったから、余計に言えなかったに違いない。
遊ヒトの通夜の日、制限解除プログラムを持ち出してきた時のことも思い出す。
――『ちょっとで良いから、私のことも、夢に出して』
――『……何で?』
――『私も、夜シルのこと出すから。お願い。私だって辛いんだもん。寂しいんだもん』
意味が分かって、夜シルは目まいを感じるほどに動揺していた。
その顔を見て、樹ミは言う。
「へー、そんなにショックだった? 人間って本当に意味が分からないよなぁ。でも、大事なのはここからだぜ? よく見ておけよ。あの女子高生、愛の告白なんかよりもずっと秘密にしていたことをお前に告白しようとしてたんだ。これはその練習らしいからなぁ。聞いてやれよ、なぁ!」
樹ミ少年はゲラゲラと笑いながら次の映像を再生した。
……事後。
汗にまみれて、シーツにくるまっていた玖ユリと、偽物の夜シルがクスクスと笑っている。
やがて、玖ユリが申し訳なさそうに言った。
『ごめんね。夜シルが救急車で運ばれたってわかってるのに、こんな……』
『良いんだよ、玖ユリ。不安なんだろ? 今だけは現実のこと、忘れてさ。きっと、現実の方の俺も大丈夫さ。俺は遊ヒトみたいに死んだりしない』
『……うん、ありがとう』
『でもさ。ちょっと聴きたいんだけど……』
偽物の夜シルが言った。
『血、出なかったけど、初めてじゃなかったの?』
これも夜シルにはショックだった。
そんなこと、例え疑問に思ったとしても、自分が言うはずもない。
ただ、正直、疑いもしていなかった。
玖ユリは、自分と同じで恋愛に疎いと信じてさえいたのだ。
自分たちはまだ子供で、今まで、他人と裸で抱き合っていた事があるなんて、まるで想像もしていなかった。
だが、だからこそ、夜シルにとってとことん衝撃だったのは、玖ユリが発した次の言葉だった。
『……う、うん。小さな頃、親戚のおじさんに、無理やり』
息が苦しくなる。
本人の口から放たれたその秘密は、どうしようもなく、耐えようのないほどの衝撃を夜シルの心に与えていた。
そんな夜シルのことなどお構いなしに、玖ユリは、悲惨な過去を払うように寂しげに笑うと、言った。
『で、でもね。私、何されてるのかも全然分からなかったし、すごく痛くて……その……痛くて叫んだら、すぐ、近くにいた大人の人たちが助けに来てくれたから。だから、私……!』
きっと、この告白は何度も練習しているのだろう。
それでも、玖ユリにとってはとても言いづらいことだったに違いない。
声も、体も震えていて、何もかもが必死に見える。
だが、それを聞いた偽物の夜シルは表情をがらりと変えて、まるで玖ユリを汚ならしいものかのような目で見ると、立ち上がった。
『だから? だからなんだよ』
『えっ……?』
『最後までされたんだろ? 血が出ないってことは、そう言う事をしたって証拠じゃないか』
『え? え?』
『こんなふしだらな女だとは思わなかった。見損なったよ』
起き上がった偽物の夜シルは怒鳴り散らすと、そそくさと服を着だす。
玖ユリは心の底から驚いているらしく、目を丸くしてその背中を見ていた。
『な、何で? 私……だ、だって、いつもだったら、優しくして、くれてるのに。わ、私、こんなこと、夢見マシンに設定してないよ?』
玖ユリがどんなに動揺しているのかは、その声だけでも分かった。
そして、目で見た様子は、それ以上に玖ユリの絶望を伝えて来る。
体はガタガタと震え、顔色が真っ青を通り越して、真っ白になっていた。
『う、嘘よ! 嘘だって言ってよ! だって、いつもだったら、汚れてないよって、優しく、頭撫でてくれて、私……』
『は? そんなこと思う分けないだろ? 年取ったオヤジとヤッたとか、マジ汚ねぇし……近寄るんじゃねーよ、中古女!』
『や、夜シル、お願い、そんなこと言わないで……! いつもみたいに、汚れてないって言ってよ。奇麗なままだよって、言ってよ! 夜シル!』
『うるせぇ! 触んじゃねぇよ! 気持ち悪いな! チッ! 木村さん、明日学校で会っても、もう、話しかけて来るなよな! まったく、騙された。早く帰って、体洗わないと』
部屋を出ていく偽物。
その後ろに、必死に声を投げかけて、玖ユリが泣いている。
『ご、ごめんなさい! 待って! 何でも、何でもするから! 夜シル! 待って、夜シル……! ああああああああ!』
樹ミ少年が映像を遮って、笑った。
「アハハハハハ! 見ろよ! 最高に傑作だと思わないか? 記憶を読んだけどね、おじさんに騙されて、イタズラされて、それで大人に助けてもらったってのは本当だったけど、この玖ユリちゃん。何されてるか分からないまま、おじさんには最後までヤられちゃってたんだよね! で、病院に連れていかれたり、薬飲んだり。大人の男の人が怖いとすら思ってた。でもな、そんな玖ユリちゃんの前に、トラウマを吹き飛ばしてくれるかもって王子様が現れたわけだ。それがお前だったんだよ、夜シル君」
「な、なんで、俺が」
「そこなんだけど不思議だよなぁ。だって、学校じゃ上手く隠してたたみたいだけど、ほとんど男性恐怖症だったんだぜ? でも、理由が無いのが人間の、恋って感情なんだろ?」
僕には分からないことだけどねぇ、と樹ミは続ける。
「とは言え、理由付けらしきものはちゃんと玖ユリちゃんの記憶の中にあったんだぜ? どこか無邪気で、いつも前向きで。それから……えっと、ロックだっけ? 玖ユリちゃんの好きな音楽で本気で世界を変えたいだとか思ってるところが特に、素敵に見えたみたいだよ? 演奏の映像付きダイレクトメールが来て、それが良いきっかけだって、頑張って声かけて、仲間に入れてもらって……河原でわざとらしくスカートをチラチラさせる、なんてことも、すごい勇気が必要だったってさ。それでも性的な目で見て来なかったから、ますます好きになってたって。でもな、それなりに勇気を出して行動してたみたいだけど、好きだってことは言えなかったんだよ。だって、自分は酷く汚れてるって思ってたみたいだからさ」
樹ミ少年はどこか恍惚としながら、さらに続けた。
「それでもいつか告白したいとは思ってたんだなぁ。過去のことも含めて、全部。それでこの練習さ! 制限解除プログラムを手に入れてからは、トラウマも克服しようとしてエッチなことも頑張ってたみたいだね。ただね。僕らの種族にとって、こう言う心の葛藤は隙にしか見えないんだよなぁ。だから、まず最初にさ、その練習に介入して、一番聞きたくない答えって奴を聞かせてやったってわけさ! ……ん? なんだよ夜シル君、その顔は。お友達が処女じゃなかったって、そんなにショックだった?」
「違う! 俺は、そんなこと……!」
「じゃあ、さっきの顔は何だよ。でも、まぁ、良いや。続きを見せてやる。どうやって死んだかも教えてやるよ」
次に現れた映像は、どういった経緯からか、夜シルをこっ酷く振った憧れの少女。金田・瑞リと幸せそうに手を繋いで歩く偽物の夜シルを見て、玖ユリが打ちひしがれている映像だった。
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