第23話 目の前の邪悪
夜シルは、樹ミ少年の顔を見る。
さっきとは、まるで人が変わったかのような豹変ぶりだった。
希ルエも樹ミ少年の行動に戸惑っている。
「樹ミ君! 何で……!」
「黙ってろよ、希ルエ。ちょっと、うるさいよ」
樹ミ少年はニヤニヤと笑うと、希ルエの首元に触れさせていた爪の先を、僅かに動かした。
血の玉がふつふつとそこから生まれ、希ルエは痛みに怯える。
「や……やめ、て、樹ミ君」
「くっくっく、ほんの少し、数センチ差し込むだけで終わっちゃうねぇ、どうしようかなぁ」
「やめろ!」
夜シルは叫び、構えている銃を握り締める。
だが、やはり撃てなかった。
銃口は樹ミ少年を狙っていはいるが、引き金を引いても、盾にされている希ルエに当たる可能性の方がずっと高い。
夜シルはまるで動けないことを悟り、流れる汗を止めることも出来ない。
樹ミ少年は、夜シルに言った。
「そう心配するな。まだ終わらせないよ。でもさ、もう、僕の勝ちだよ。僕はもう、いつでも希ルエを殺せるのに、君は希ルエを守るためのことが何もできない」
最悪だった。
樹ミ少年はすでに、さっき倒した希ルエの夫のように、異形と化しつつあった。
学生服を突き破って出てきた大量の細長い管が、地面を這いずり回って暴れている。
最初は手足の無い、ミミズのような虫かと思った。が、違った。
それらは切断された断面を持つ、腸。
熱い湯気とおぞましい異臭を放ち、のたうつ、臓物の群れ。
「……ッ!」
湿ったびちゃびちゃと言う音が響き、希ルエが悲鳴を上げそうになりながらも懸命に堪えている。
夜シルも吐き気をこらえるのに必死だった。
「ほら、夜シル君。希ルエを助けたいと思うなら、撃ってみろよ。希ルエに当てない自信があるなら、引き金を引いてみなよ。運が良かったら、希ルエを助けられるかもねぇ」
その肉体の内側に、どうしてそれだけの内容物が収まっていたのだろうか。
明らかに、樹ミ少年の体積以上の臓物が、滝のようにようこぼれて、それらはまるで筋肉でも持っているかの如く、樹ミの体ごと希ルエを持ち上げる。
太い、ひだを持つ腸が希ルエの体を這いずり回り、拘束した。
「い、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「希ルエは静かにしろって言ってるだろ? 殺しちゃうよ?」
夜シルは、どうしたら良いかもわからずに、声を上げた。
「俺たちを、騙していたのか! 敵だったのかよ、樹ミ!」
「……うん? おかしなことを言うね。この少年を作ったのは君じゃないのか? てっきり、君の『能力』だと思ったけど? まぁ、いいや。この原田・樹ミが最初から僕だったかと言うと、それは正確な答えじゃなくなるよ。正しくは『ついさっき、僕がこの原田・樹ミの体を乗っ取った』だよ、夜シル君」
これは夜シルも驚いた。
やはり『原田・樹ミ』は夢魔にとってのイレギュラーだったらしい。
……しかし、彼を出現させたのが『能力』と言われたが、それも夜シルには分からなかった。
なにしろ、夢魔との戦い方なんて、何の知識も無いのだ。
どう聞かれても、夜シルには答えようがない。
「この原田・樹ミは、僕が出す予定のなかったキャラクターだったからね。勝手に出て来た時は本当に驚いたよ。僕の意図しない行動も取ったし……これ、君の能力だとしたら本当に面白いねぇ。まるで僕たちと同じ種族の能力みたいじゃないか。でも、つめが甘いんだなぁ。お前、さっきの肉を撃ち滅ぼして、気が抜けてたろ。なにしろ、この原田・樹ミの中身の部分が空っぽだったから、こうして乗っ取れたんだからね」
樹ミ少年は笑う。
「希ルエの美貌にあてられでもしたか? 若くて、美人だもんなぁ! しかし、夜シル君が未熟で助かったよ。さっきは油断して、のこのこ体を晒してたら銃で撃たれて、もうダメだと思った。近くに空っぽの体が無ければ、こうして話をすることも出来なかったよ。くくく、こっちは、君に伝えたいこともあるってのに、まったく。……なぁ、夜シル君? とりあえず話を聞く体制を取れよ。銃なんて物騒なもの、下に置いてさ」
樹ミ少年は希ルエの首に腕を回した。
希ルエは、それを掴んだが、もちろん、希ルエの細腕でそれを引き剥がすなんてことが出来るはずもない。
グッと力が込められたらしく、首を締められた希ルエは顔を真っ赤にしながらもがき始めた。
「あ、ぐ……」
ぐらりと、希ルエの目が死の気配を漂わせる。
夜シルは慌てて叫んだ。
「や、やめろ! 言う通りにする!」
「素直じゃないか。そういう態度、感心するねぇ。偉いぞ、夜シル君」
地面に銃を置いた夜シルを見て、樹ミは笑った。
希ルエの首の力を緩めて、語り出す。
「とりあえず、何から話そうかなぁ。……そうだ! とりあえず感謝しとこう。今回のことは勉強になったからねぇ」
「勉強、だと?」
「そうさ。この原田・樹ミは、何回か、チラチラ、希ルエの目のつくところに置いてみたキャラクターだったけど、いまいち反応が薄かったから使うつもりが無かったキャラクターなんだよ。だけど、まさか原田・樹ミに希ルエの恋愛遍歴を聞かせてやるのが、こんなに効果的に心を消耗させられるとは思わなかったなぁ」
ニコニコと笑う異形の怪物は、僅かに頭を下げる。
「ありがとう、夜シル君。おかげで僕の勝利も確定した。消耗した希ルエはもう、あと一回でも僕が殺せば確実に死ぬよ。それで希ルエの魂は僕のものさ。名残惜しい夢ではあったけど、もうすぐ終わりだよ」
あっはっはっはと樹ミが高らかに笑った。
夜シルは、なんとかして反撃しなければと思う。
だが、この状況では手段が思い浮かばなかった。
銃も手放したばかりか、希ルエが、常に致命傷を負わせられていしまう状態で人質に取られている。
「でも、まだ終わらせないから安心しろって。何の因果か、こうして会えたんだ。君に伝えておこうかなってことがあるんだよ。聞いてくれるかい?」
「な、なんだよ……!」
「僕が君の名前を知っているのが不思議だろ? それを教えてやろうと思ってねぇ」
樹ミ少年はいやらしい笑みを浮かべると、続けた。
「つい何日か前。希ルエの夢に来る前にさ。女子高生を一人、喰ったんだ。その時に、君のことを知ったんだよ。僕はそれを覚えていた覚えていたってわけだ。くくく、その子に心当たりがないかい? 君の知り合いだぞ?」
夜シルの心に警笛が鳴った。
酷く、辛い現実が目の前にあると言う、心の叫びだった。
それ以上聞くと、心が壊れてしまうとと言う、防衛本能。
だが、夜シルの理性は、敵の言葉を理解してしまう。
理解せざるを得なかった。
つい先日、夢魔に襲われた自分の知り合い。それも女子高生となると……
「ま、まさか、お前……!」
夜シルの脳裏に、二つ結びの頭をした少女の笑顔が浮かぶ。
「どうやら、分かったみたいだねぇ。あの女子高生、名前は木村・玖ユリって言ったかな。なかなか旨い魂だったよ。……楽しかったなぁ!」
樹ミ少年は舌を出し、よだれをこぼしながら笑った。
「アハハハハハ! とりあえず、夜シル君には『ごちそうさま』って言っておこうか! 大人になる寸前の魂をいたぶって殺すのは、僕が何よりも好きなことだからねぇ!」
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