第14話 失われた青春

「嘘、つくなよ。なんで、そんなこと言うんだよ」

「赤井君?」


 夜シルは力なく笑いながら、立ち上がる。

 玖ユリが死んだなんて事、あるわけがない。


 それでも、足が震えているのは何故だろう。


「だって、助けたろ? 夢の中で、俺……」

「夢の中?」


 女子生徒の混乱している顔を見て、夜シルは笑う。

 今更、目の前の女子生徒の名前を思い出した。

 中村だ。

 クラス委員をしている女子で、真面目で、嘘をつくなんて想像も出来なくて。

 何よりも、玖ユリと笑いながら話してるのを見たことがある。


「中村、木村は死んでないよ。死ぬはずがないんだ。部ノの野郎は、俺がやっつけたんだ。だから、木村が死ぬなんてそんなこと、あるはずないだろ?」


 頭が上手く回らず、言葉は支離滅裂だったが、中村は夜シルの言葉を同情の顔で聴き、ただ頷く。

 足に力は入らないが、夜シルは歩いた。


「赤井君、待って」


 女子生徒がそっと夜シルの腕を掴む。


「ごめん……! やっぱり、言うべきじゃなかった! ねぇ、落ち着いて。酷い病気だったんでしょ? まだ、無理しないで」

「手を、離してくれよ。木村と、河原でロックを聴くんだよ。だって、俺……」


 夜シルの目から涙がこぼれて落ちる。


「河原に行かないと。木村は待ってるんだ。いつも、何も言わないでもあそこに集まるって決まってるんだ。だから、邪魔すんなよ中村」


 夜シルは女子の手を振り払うと、ふらふらと歩いた。

 玖ユリは、河原で待っているはずだ。

 ピンピンしているはずなんだ。

 今日も素晴らしい楽曲データ持ってきてくれるに違いない。


「赤井君……」


 背中に女子生徒の声がかかったが、夜シルは振り返りはしなかった。


 ――


 河原には誰もいなかった。

 玖ユリも、遊ヒトも誰もいなくて、夜シルだけがいつもの場所にいた。


「そ、そうだよな。学校、休んでるもんな。だったら、家で待ってるのかも。住所、どこだっけ」


 しばらく呆然としていた夜シルがそう呟いて河原を離れようとした時、声をかけて近づく者がいる。


「夜シル君、こんなところにいたんですね。探してしまいました」


 夜シルが顔を向けると、先日病院で言葉を交わした金髪碧眼の女性がいた。


『眠り病対策特別班、ナイトメアバスターズのリナ・ブロンです。夜シル君、本当に生還おめでとう』


「ナイトメアバスターズ……」

「はい。リナ・ブロンです」


  夜シルはあの夢の中に彼女もいたことを思い出して、尋ねた。


「な、なぁ、リナさん。知ってるなら教えてくれ。あの夢の中で、俺と一緒に女の子いただろ? 木村・玖ユリって言うんだ。俺が部ノの野郎をぶっ飛ばして生還したんなら、木村も生きてなきゃおかしいだろ? なのに、みんな、木村が死んだって言うんだよ」

「木村……玖ユリさんですか」

「あ、ああ、そうだよ。俺の、大切な仲間なんだ。一緒に、ロックをやろうって、約束してたんだ。だから」

「申し上げにくいことなのですが。その、木村・玖ユリさんは亡くなっています」


 まるでハンマーで殴られたかのようだった。


「な、なんで! だって、俺、助けただろ! 守って、戦えてたんだ! だから……あんただって、生きてる木村を見たじゃないか!」

「夜シル君。良く聞いてください。あの夢の中にいた玖ユリさんは、偽物なんです」

「何?」


 夜シルは怒った。


「偽物って何だよ。あれは、俺のよく知っている木村だった」

「ええ、そうでしょう。あの夢の中にいた夜シル君の友達は、あなたの知っている情報以外の物を持たない作り物だったんです。夢魔が、あなたの記憶と、ネット上から集めた情報で作り出しました」

「でも、部ノの奴が、魂を連れて来たって」

「それは嘘です。夢魔にそんなこと、出来るはずがないですから」


 言葉につまる。

 胸がいっぱいで、何をどう聞いても玖ユリが死んだのだと、目の前のリナ・ブロンが言っている。


「……作りだしたって言うけど、何のためにそんなことしたんだよ、部ノは」

「夢魔は、憑りついた人間に悪夢を見せます。より深く、長い苦しみを与え続けるために、より効果的な方法で。あの夢の中にいた夜シル君の友達は、そうした悪夢の演出のために、夜シル君が本人だと勘違いしてしまう程の再現率で作り出されたのです。あの夢の中では、夜シル君がされたら嫌な事がたくさん起きたでしょう?」


 されて嫌なことが起きた?

 その通りだった。


 補修。遊ヒトの死。ロックの否定。銃で脅かされる自分の命もそうだ。

 それに、玖ユリの『もう二度と話しかけないで』と言う、あの言葉も、酷く悲しかった。

 どれも、自分がされたら嫌な事ばかりだった。

 だが、だからと言って、なんで玖ユリが死んだんだ?


「それでも納得は出来ない。木村は何で死んだんだ?」

「夢魔です。玖ユリさんも、夢魔に襲われました。夜シル君が倒れてから、2日後の朝に発見され、病院へ運ばれたのです」


 リナ・ブロンはウォッチを呼び出し、何やら情報を引き出す。


「夜シル君が夢魔に襲われた翌日、多分、学校を無断欠席したからでしょうか。玖ユリさんが夜シル君の家を訪れ、意識を失っている夜シル君を発見して病院へ連絡しました。昏睡状態になった木村・玖ユリさんが発見されたのはその次の日の朝です。これは玖ユリさんの父が病院へ連絡したものですが、その4日後の夜、息を引き取りました。夜シル君が目覚める、2日ほど前。4月の26日のことです」


 経緯は説明されたが、やはり納得は出来なかった。


「あ、あんたたちは、助けてくれなかったのか? ナイトメアバスターズって、夢魔から助けてくれるんだろ? 何やってたんだよ!」


 リナ・ブロンが頭を下げる。

 彼女の髪の毛が夕日を浴びて、オレンジ色にキラキラと輝いて、酷く眩しい。

 だが、そんな美しい光も、夜シルの心を照らしてくれはしなかった。


「……謝罪します。私たちが上星東病院へ到着した時には、すでに亡くなっていました。察知するのが、遅れてしまい」

「う、嘘だ! そんなの、絶対、あるわけない!」

「や、夜シル君、落ち着いて」

「木村は死んでなんかいない! だって、俺、約束したんだ! 絶対守るって、また、ここで一緒に、ロック聞きたくて、だから」


 しかし、いない。

 遊ヒトも、玖ユリも、みんないなくなってしまった。

 変わらずにあるのはゴミだけで、あんなに楽しかった時間は、もう、二度と……


「ふざ、けんな! ふざけんじゃねぇ!」


 夜シルは川へ向かって走った。

 胸に、いつか聞いた二人の声が響く。


『行動力全開の夜シルに、知的に作戦立ててサポートする遊ヒト。上星東高校のでこぼこ赤白コンビ。最強じゃない?』


「夜シル君?」

「うわあああああああ!」

「無茶しちゃダメ! 夜シル君!」


『全く、無茶しやがるな。ゲリラライブのつもりか? もう少し考えろ』


 バシャバシャと水をかきわけ、夜シルは川の中へ入って行った。

 水は冷たく、底に溜まっていた泥に足を取られ、夜シルは転ぶ。


『まぁ、あれはあれでロックだとは思うよ? 反抗精神あって、良いんじゃない?』


「うあああああああ! うわああああああああああ!」


 夜シルは立ち上がり、さらに川の中へと進むと、天を仰ぎながら叫んだ。

 日が沈んでいく。

 また、夜が来る。


『お願い。私だって辛いんだもん。寂しいんだもん』


「ちくしょう! ちくしょぉぉぉぉぉぉおおおお!」


 失われてしまった。

 もう、二度と取り返せない。


 空は晴れていて、暖かな5月の空気を運びつつあったが、夜シルの涙は止まることは無かった。

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