第13話 ヒーローのいない世界
「詳しいことは後日、私の方から説明します。眠り病対策特別班、ナイトメアバスターズのリナ・ブロンです。夜シル君、本当に生還おめでとう」
金髪碧眼の女性が前に出て、微笑む。
夢の中で出会った時とは違い、今日は厚着をしていた。
見慣れないひらひらとした上着に、ロングスカート。
あの時は気づかなかったが、つぶらな瞳と可愛らしい小さな鼻をしていて、とんでもない美人だと夜シルは思った。
言葉にはどこかの令嬢のような品の良さが感じられる。
不良のレッテルを張られている自分とは別世界の人間なのだと思わせるような人だと夜シルは感じて、酷く緊張してしまった。
「あ、ああ。ありがとう」
ドギマギとしながら礼を言ったが、頭の中は先ほど聞いた男の声でいっぱいだった。
『君をスカウトに来た』
「それでは、夜シル君。また後日、退院した後にこちらから伺います。今は、ゆっくり休んでください」
「あ、はい」
その言葉を最後に人々は去り、夜シルは一人になると、静かに目を閉じる。
ドッと、疲れが湧いて来た。
自分が10日以上も眠っていたこと。
悪夢の中で、殺されかかったこと。
ナイトメアバスターズと名乗った人たちのこと。
それから、遊ヒトが死んだことと、仲たがいしたままの玖ユリとのこと。
最後に自分の母の事を思い、夜シルは辛くなった。
昔から仕事しか頭にない女だ。
きっと、息子がどうなろうと知ったことではないのだろう。
家族の愛情には、とことん恵まれていないと、夜シルは思う。
だが、それでも、自分には遊ヒトがいたのだ。
孤独ではなかった。
近所に住んでいた、自分の親友。
昔から斜に構えてて、やたらと皮肉を言う奴だったが、根はまっすぐな人間だった。
だから、彼がそばにいてくれたからこそ、どんなに問題児のレッテルを張られても不貞腐れず、不良にならずに生きて来れた。
『なぁ、夜シル。この国には大昔、ヒーローってのがいたらしいぜ?』
『ヒーロー?』
『悪い奴をやっつけて、みんなを助けるんだ。俺のおじいちゃんがさ、教えてくれたんだ』
あれは、小学校の低学年の時だったか。
その話を聞いて以来、夜シルはヒーローに憧れた。
困っている人を見たら黙ってはいられなくなり、手を差し伸べる。そんな子供に育った。
遊ヒトも夜シルと共に走り、二人はコンビを組んで弱きものを助けるために走る、ヒーローそのものを目指していたのだ。
だが、世間一般の人々には、冷めた目で見られた。
変わった子ども扱いはどこに行ってもされていたし、でも、自分たちが間違っているなんて、少しも思ったりしなかった。
『この国には、もう、ヒーローなんかいないんだ。大人に、殺されちまったんだ』
ヒーローが登場する娯楽作品は規制されている。
『暴力で解決する』のが子供に悪影響だと騒がれたのがいつなのかは知らない。
規制の流れには猛反発もあったらしいが、今の時代にヒーローを伝えるものがほとんど無いのは、つまりはそういうことなのだろう。
悪を倒すために戦った正義のヒーローは、他者が唱えた本当に正しいことなのかもわからない論理感に敗北し、葬られたのだ。
夜シルの目には、ヒーローの存在しない世界は、かえって悪い奴がのさばる世界になってしまっている世界に見えた。
……昔はどうだったのだろう。
今では1クラス、僅か20人足らずの集団でさえイジメは必ず起きているし、大人達はそれをなだめるだけで、しっかりと正そうとしない。
反抗すれば、反抗した者の方が悪者にされて、攻撃はさらに激化し、学校からますます子供がいなくなる。
夜シルも、夜シルと仲の良い友達もターゲットにされた。
夜シルは、黙っていられなかった。
こんなことは絶対に間違っているし、正義は、自分達の中にあると信じた。
クラスで頻発した虐めだのなんだのは目にするのも大っ嫌いだったし、遊ヒトと二人でよく止めに走ったものだった。
だが、世間は二人を異端として扱った。
乱暴で、手の付けられない問題児だと、どこに行っても冷遇されるのだ。
隠れて陰湿な攻撃をする人間を止めようと、二人で必死になればなるほど、奇異の目で見られ、教師には問題児のレッテルを貼られてしまう。
ムカムカした。
力では、何も変えられないし、変わらない。
かと言って、言葉で正義を唱えても、誰も耳を貸そうとしないのだ。
そうして二人は社会に絶望したが、幸運にもロックと出会った。
音楽には、希望がある。
正義はまだ、生きている。
何度だって、挑戦できる。
二人で仲間を集めて世界を変えよう。
そう願い、仲間を集め出したのだ。
……だが、夜シルはそうした遊ヒトとのエピソードを思うと同時に、遊ヒトが死んでしまったことを思い出し、泣いた。
泣き声は一人きりの病室にむなしく響き、夜は深くなっていく。
寂しかった。
そして何故か、たまらなく玖ユリに、会いたかった。
――――――――――
夜シルが退院したのはその二日後の朝で、久しぶりに帰った部屋はがらんとしていた。
一人で暮らすには広すぎる、一軒家。
ろくすっぽ家事もしないその場所はいつも通りの有り様で、自分が最後に食べた食事の跡が、テーブルの上でおぞましい臭気を放っていたこと以外は、別に普通だった。
……だが、普通だからこそ、悲しかった。
誰も帰ってきた形跡がない。
母は、もう、アメリカに帰ってしまったのだろうか。
夜シルはウォッチを展開させ、玖ユリに送るメッセージを考える。
だが、なんと送ろうか。
夢の中の仲違いもあり、どう話しかけたら良いのか分からなかったのだ。
結局、夜シルは、どんな言葉を送れば良いのか分からなかった。
時間は午前11時。
学校では授業もまだ行われているだろう。
「……行くか、学校」
夜シルはつぶやいた。
玖ユリとは顔を合わせて話す必要がある。
『赤井君。生き残って帰れても、もう、私に話しかけないで』
夢の中での、無機質なそれでも軽蔑の感情が込められた声を思い出す。
でも、自分は部ノの命令を無視した。
無視、出来たのだ。
また話したい。
会って、話せれば、あんなの、何の問題もないはずだ。
夜シルは学校の制服に着替えると、玄関を開けた。
――――――――――
夜シルの登場は、酷く驚かれた。
「赤井。良く帰って来てくれた」
授業をしていた担任の教師が歩いてきて、手を取る。
「心配していたぞ。体、大丈夫なのか?」
「はい。ご心配おかけしました」
教室を見ると、誰もが夜シルを見ていた。
その表情は様々で、教師と同じ顔で驚いている者、喜んでいる者。
歓迎の表情ばかりではない。舌打ちをしている者、なにやら憐れみのような視線を向けている者までいる。
教室の空席は三つ。
自分と、遊ヒトと、それから……
木村・玖ユリの席が、空いていた。
「木村、休みですか?」
思わず口にしていたが、小声だったためか教師の耳に入らなかったらしい。
「赤井。今までの授業の内容は、デスクのPCにの記録媒体に入れておいたからな。ウォッチにコピーして、家でも復習しておけよ。それじゃあ、授業を続けるからな」
もちろん、授業の内容なんて、頭には入ってこなかった。
良いさ。
明日、また会えれば、話せることもあるだろう。
――――――――――
「ねぇ、赤井君。大丈夫? 酷い病気だったって聞いたけど」
放課後、夜シルが家に帰ろうとすると、クラスメイトが話しかけてきた。
女子で、何度か会話した記憶はあるが、名前が出てこない。
その表情は暗く、そして、酷く夜シルに同情的だった。
「ああ。大丈夫だよ。何か、用事?」
「う、うん。その、心配だったから」
「もう大丈夫だよ。ちゃんと治ったみたいだし」
「そうじゃ、無くて。……本当に大丈夫なの? 仲良いの知ってたから、心配になって」
何が? と夜シルは思う。
「遊ヒトのことか?」
「う、うん。白村君のこともそうだけど、だけど。ねぇ、もしかして、まだ知らないの?」
「……まだ、知らないって? 何かあったのか? 俺、退院したばっかりだからさ。二日くらい前まで意識不明だったらしいし」
「そ、そうなんだ」
その女子は無言になると、うつむき、必死に何か考え事をしているようだった。
「でも、知らないなら、その。私から言って良いのか分からないけど、
木村さん」
「……木村がどうしたって?」
夜シルは胸騒ぎを感じて、女子生徒に詰め寄った。
――何があった?
なんで、そんな顔をしている?
夜シルの剣幕に押され、女子生徒は重々しく口を開き、聞いた夜シルは脱力してその場に崩れ落ちた。
もはや、何も考えられない。
当然だった。
それだけのショックを与えられる、酷い事実を告げられたのだ。
女子生徒が語った事柄。
それは夜シルの大切な仲間の最後の一人。
木村・玖ユリの死についてだった。
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