第9話 堕ちる絆
とっさに玖ユリを押し倒し、覆いかぶさったが、果たしてこれが正解だったかは、夜シルには分からなかった。
だが、狙われていたのは夜シルの様で、あのまま動かなければ夜シルの体に弾丸が直撃していたかもしれない。
とにかく、着弾はそれた。
「あははははははは!」
部ノの笑いが響く。
「ほら、対抗手段があるんでしょ? 見せてみなさいよ!」
再度、轟音。
再び逸れる弾丸。
夜シルは震えながら目を閉じ、必死に自分たちの無事を祈るしかなかった。
「……なんだ。やっぱり、ハッタリじゃん。何、その恰好? 潰されたカエル?」
あまりの物の言い方に、夜シルは玖ユリを抱いたまま振り返る。
だが、何も言えなかった。
銃口が、真っ直ぐに夜シルの体を狙っている。
「なぁ、赤井君。良いこと思いついたんだけど、聞いてくれるかい?」
「な、なんだよ」
『良いこと』と言う単語に、胸騒ぎがした。
どうせ、ろくでもないことに違いない。
「なぁに、よく考えたらこのゲーム、フェアじゃないなーって思ってさ。君たちが助かる条件でも一つ、付け加えてやろうかなって」
「条件?」
喜ぶわけにはいかない。
体の下で、玖ユリが呻き、夜シルの下から這い出た。
「た、助けてください!」
玖ユリは必死に叫ぶ。
部ノの前まで歩み出ると、土下座して、必死に懇願していた。
「お願いします! もう、許してください! ロックなんて、もう、聴きません! 何でもしますから、だから、お願いします! 家に、帰らせてください!」
夜シルの顔から、サッと血の気が引いた。
ロックを聴かない?
玖ユリの口から、そんな言葉は聞きたくなかった。
「へー? 何でもやるって? じゃあ、さ。木村さん、私の言う事、今から聞いてくれる?」
「は、はい!」
玖ユリに対して、部ノは言った。
簡潔に、あっさりとした口調だった。
「そこの赤井君と、ヤれ」
「……え?」
何を? と考える暇もなく、部ノは笑いながら言った。
「授業の続きだよ。聞いたでしょ? したことありますかーって。木村さんが処女かどうか確かめてやるって言ってるの。処女だったら、助けてやる。それが条件だよ」
「……何を、やるんですか?」
「カマトトぶってんじゃねーよ! セックスだよ! まぐわい! 体液交換! 交尾! ここまで言えば分かんだろ?」
玖ユリが、はた目でも分かるほど、ショックを受けている。
「わ、わたし、好きな人いて、だから、好きでもない人と、出来ません」
「ああ? おいおい、木村さん。さっき、自分でなんでもやるって言ったよねぇ? それともさ、やっぱり、ここで死んじゃうか?」
「……で、でも、私」
夜シルはもう、限界だった。
「ふ、ふざけんじゃねぇ! そんなことして、何の目的があるんだ!」
「目的? 授業だって言ってんでしょ。赤井君は、さっき言った理由じゃ不満なのかな?」
「き、教師なんて、見せかけだろ! だったら、授業だの何だのなんて、嘘じゃないか! やる必要も、何も……」
「アッハハハハハハハ!」
部ノは笑った。
爆笑だった。
「そうだよ! あたりまえじゃん! だったら何でそんなことしろって言うのか教えてやるよ。私が見たいからだよ!」
「な……!」
「意味なんてあるもんか! お前たちのもがき苦しむ様が見たいんだよ! 死んだ顔もなぁ! だけど、条件付きで助けてやるって言ってるんだ! 優しいだろ? オラ、さっさとヤれよ、赤井君よぉ! お前の仕事だぞ? 私には付いてないんだからさぁ!」
「そんなの、俺に出来るかよ! 木村は、俺の大切な仲間なんだ!」
夜シルは激しい怒りに身を震わせた。
玖ユリは仲間だ。
かけがえのない仲間だ。
なのに、そんなこと出来るわけがない。
玖ユリも援護に回る。
「夜シルも……赤井君もそんなこと、出来ないって言ってます。だから、お願いします。それだけは許してください。私、はじめては、好きな人に」
部ノはゲラゲラと笑った。
「赤井君が出来ないって? 出来るだろ、赤井君? だって、君、木村さんの裸を想像して、一人でしてたこと、あるじゃないか? 気持ちよかっただろ? あの時に想ったことを、そのまましてやるだけで良いんだぜ?」
「な……」
「赤井君さ。木村さんと、ほとんど毎日、河原でお楽しみしてたよねぇ。スカートの中からチップを取り出すとき、木村さんの太ももとか見て、興奮してたでしょ? たまに下着とかもチラチラ見えてたよね? それを気づかないふりしてしっかり覗いて、欲情してたんだよねぇ? 私、知ってるんだよ? 赤井君のことなら、なんでもさぁ!」
そこまで部ノが言った後、玖ユリが酷い汚物を見るような顔で夜シルに振り返った。
「な、なんで? 夜シル」
「ち、違う! 木村、俺は」
「何でよ! 夜シル、好きな人いるって言ってたじゃん! 誰でも良いの? そんな」
「アッハハハハハ! 正解だよ、木村さん! 男なんてそんなもんさ。あんたはずっと、『仲間』のふりをしたこの『男』に、いやらしい目で見られてたんだよ! 隙あればヤリてーとか思われて、日常的にオカズにされてさ。それに気づかないでロックだのなんだのって夢語っちゃうんだから、笑っちゃうよね!」
「違う! 俺は……! これは……!」
まともな反論が出てこない。
正直、そういう目で見てしまったことがあるのは、否定できなかった。
裸を想像したことがないとも、言えない。
でも、夜シルは本当に違うのだと否定したかった。
自分には好きな人がいた。
それに、玖ユリは大切な仲間なのだ。
魔が差したのは一度だけ。本当に一度だけだ。
裸を想像して、そうして玖ユリの痴態を想った後の、罪悪感たら無かった。
最低だと、自分で自分を恥じた。
もう二度と、あんなことしないと誓いもした。
――だから、違うんだ。
そんな目で俺を見ないでくれ、木村……!
夜シルはそう思ったが、玖ユリの方はもう、夜シルを軽蔑以外の目で見ていない。
無表情でうつむき、そして、服のボタンを外すと、その場に横になった。
「……私、もう、何でもいい。家に帰れるなら。でも、赤井君。生き残って帰れても、もう、私に話しかけないで」
「木村……そんな」
必死に弁解したかったが、言葉が喉から出てこない。
ふと、告白に失敗した時の記憶が、夜シルによみがえってきた。
『貴方なんかに好かれても、迷惑です。二度と話しかけてこないでください』
同級生の高嶺の花。
名前は金田・
彼女のことは、本気で好きだった。
奇麗で、長い黒髪が、ほんとに素敵で。
成績優秀で、運動も出来て、表彰も何回もされていて、家が大企業の重役の家系で、金持ちで……
数えれば数えるほど、ロックに夢中になっている人間の隣にいるのが似つかわしくない人に見えたけれど、それでも好きだった。
しかし、結果は完全なる拒絶だった。
これ以上の言葉は無力と言う、絶望感。
今、同じ状況が、目の前にある。
玖ユリに何を言っても、自分を信じてくれるイメージがわかないのだ。
「ほら、赤井君! 木村さんは準備オッケーだってよ! さっさとヤれよ。でも、いきなり突っ込むなよ?」
銃を構えた部ノの言葉に、夜シルは絶望し、その場に膝をついた。
目の前には、手で顔を隠し、それでも泣いているのが分かるような心の気配を漂わせた玖ユリがいる。
「木村、俺……お前も、好きな人、だから」
「……もう、どうでも良いの。早く、済ませて」
やはり、言葉は無力だった。
まともな意味を持つものすら出て来ない。
絶望した夜シルは玖ユリに覆いかぶさる。
――ああ、もう、どうでも良いや。
絶望が心を支配していく。
夜シルは、手をスカートの中に入れて、まさぐる。
柔らかな太ももに指が触れて、玖ユリがビクッと体を硬直させた。
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