024
「でも、ほんと……あっつ……ッ」
僕は、自ら炎を出した(正確に言えば、当然吹き出たのだが)左の手を、意味もなく制服の裾に擦りつけていた。
『大丈夫、集中して、強く、イメージして!』
脳内──というよりも、心の中から、声が響く。鬼火の──美那の声だった。
「い、イメージ……!?なんだそれ……!」
『鬼火と一緒!明確な意識が、感情の強さが、そのままキミの力になる!大丈夫、使いこなせる!』
「──よく分からんないけど、やってみる!」
炎に押し返された炎鬼は、ゆらり、と立ち上がる。そして、唸り声のような音を立てながら此方へと迫る!
怖い、怖い……けど、やるしかない……!
僕が、やるんだ……!
……強い、意志。
……明確な、イメージ。
アイツを、もう一度押し返す──いや、それ以上!
「
僕は、咄嗟に、両手を前に構えた。
「両手から、炎を出す……イメージしろ、イメージ……ッ!」
──炎が、僕の思い描いたように、両の手から吹き出るように放射される!
「出た……ッ!熱くない……!」
溢れ出る炎は、炎鬼を徐々に、押している。
「く……、でも、足りない……ッ!」
意志が、感情が、足りないのか……?
「どう、すれば……!」
「蓮、そのまま耐えろッ!」
天が──蒼い狐火をその手に宿した妖狐が、飛び出し、宙で身構える。
「くらいやがれ──これが狐の炎、だッ!」
放たれた狐火と、鬼火の炎──二つの炎が合わさった事により激化した炎の勢いによって、グラウンドへと押し込まれた炎鬼を目で追ってから、天は口を開いた。
「とりあえず、良くやった!大したもんだぜ、ほんと!──遥真と空は捌けさせた。二人とも、もうヘトヘトだからな。だから、お前一人で、あいつを撹乱し、隙をついて、葵ちゃんを引っ張りだす──出来るか?」
「──やるしか、無いんだろ。天はどうするんだ?」
「アイツにトドメを刺す。その為に準備がいる……だから、加勢は出来ない」
「……厳しいなぁ……」
「どうにか出来るさ──頼むぜ、
ヒーローって。
……さっきまで死んでたんだけどなぁ……!
僕は、一度、深呼吸した。
ヒーロー、か。皮肉混じりとは言え、そんなふうに呼ばれる日が来るなんてなぁ。
自然、頬が緩んだ。
「よし……ヒィ、アシスト頼むよ!」
『うん、任された!」
……速く、速く、速く……!
映画の中のヒーローのように、手と足から炎を放出し、速く──飛ぶ!
「ッ──うおぉ、こ、怖ッ!でも、出来るもんだ!」
イメージした通り、両手両足から、炎を出し、加速し、飛行することが出来た。フラフラと、危なげな初飛行だが、なんとか、一気に炎鬼へと距離を詰める。
中々に、風が心地よかった。
──そう言えば、肉体、戻ったんだな……急なことすぎて、実感が薄いけど。
「天達は……葵が真ん中にいる言ってたけど……ダメだ、全く見えない……」
『しかも、他の皆と違って、蓮くんは、あの炎に触れると燃えちゃうから……引っ張り出すのも一苦労だと思う……』
「くっそ……かなりな難問叩きつけたなぁ、あの狐!」
『──危ない!』
炎鬼から、黒炎が幾つもの細い鞭となって僕を絡めとろうと放たれる。間一髪避けることが出来たが、ヒィの合図が無ければ完全に捕まってた……!
「あ、ありが──ッ!」
感謝の言葉を述べる間もなく、続け様に火球が僕へと迫る。なんとか炎を壁のように展開し、防ぐことが出来たが、代わりに手足の炎は消えてしまった。
双方を維持することは、不可能らしい。
「痛ッ、くゥ……!」
変な体勢で、地に落ち、不安定ながら着地するが、少し、脚を痛めてしまった。しかし、距離を取らないわけには行かない。
「はぁ、はぁ……ッ、!これ……、無理じゃない……ッ!?」
『……隙さえ何とか作って、神宮寺さんを助けられれば……でも、どうすれば……』
隙、隙……隙。
「……私が作るよ」
「──城崎!」
体育館で俯いていた城崎は、何処から持ってきたのかも分からないヤツデの葉のようなものを持って、僕達の側に立った。
「この天狗の羽団扇の風と、貴方の炎を合わせれば.少しは時間を稼げる──と、思う」
「……あの時の、鞭のような痛みの原因は……それか?」
「あれは、軽く振っただけ、本気で振ればあんなものじゃ済まないよ」
軽く、か……。
……わりと痛かったんだけどなぁ……。
「……でも、何で……?」
「──責任を、取らなきゃいけないから。私は、皆に迷惑をかけて、貴方を焼き殺した。なにより、今回の原因は、全部、私の心が、いや、私が、不安定だったが故の事だから。私なんて──いや、私こそ、死──」
「城崎ッ!」
突然に、炎鬼の腕が僕らに振り下ろされ、僕は再び炎を放出し、城崎を抱き抱え、なんとか飛んで逃げる。
「あゎ……っ」
「城崎、言いたいことがある!」
「な、なに……?」
あの記憶を、見ていて、思った。
この鬼は、僕と、少し似ている。
自らが、鬼に生まれたことを、悔いている。
僕も、昔、生まれたことに、悔いていた。
「──鬼に生まれたことを、悔いるな!城崎──城崎美那!お前には、お前を支えてくれる奴がいるだろ!お前の好きな、お前を好きな、鬼が──遥真がいるんだろ!」
──生まれたことを悔いてはいけない。
そう、僕も、何度も言われた。
だから──生きていいんだと。
生きなきゃいけないんだと。
「だから、悔やむな。鬼として生まれたから、遥真と会えた、それでいいだろ?だから、生きて欲しい。──私こそ、死ねばよかった──そんなこと、言わないでくれ。遥真の為にも、だよ?」
そう言って、城崎を、降ろした。
というより、勢いで抱き抱えてしまったあの体勢に耐えられなくなった、のだが。
「……ッ、蓮くん!」
唐突に、名前で呼ばれて、少し、目を丸くしてしまう。
「……ごめんなさい、本当に……謝っても、どうしようもないけれど……ごめんなさい!……それと、ありがとう……っ」
……ありがとう、か。
間接的に、殺されたような相手に、そんな言葉を、言われるとは思ってなかったな。
「──合図してから五秒後に、アイツに全力を叩き込む!合わせてもらっていいか!?」
「ん──うんっ!」
「よし──くっ、執拗いな、このッ!」
炎鬼は、僕に当てようと、何度もを腕を振り回す。その腕を掻い潜り、辛うじて、避け切る。
『……蓮くん』
「なに、ヒィ!?」
『私からも、ありがとう──美那に、必要な言葉を言ってくれて』
「──あぁ!」
僕は、自らの炎を、先程炎鬼がそうしていたように、鞭みたくしならせ、相手の身体を締め付ける。深くイメージもせず、不意にやった為に、その炎による拘束は持って数秒、と言ったところだろう。
しかし、それで十分だ。
「よし……いくよっ!」
城崎は頷く。
五──強く、イメージする。
四──自分の、持てる、全身全霊。
三──感情も、意志も、この一撃に、叩き込む
。
二──拘束が解け、炎鬼は、僕に手を伸ばそうとする。
一──僕の体を覆うように、鬼の指が、炎が、僕の頬を焦がす。
零──僕の
「いけええええええええ!!!!」
身を割くような烈風と、鬼火が入り交じり生じた炎の渦。身を防ぐ手段もない炎鬼は、その衝撃を全身に受け、一度だけ、僕に手を伸ばしたか、ぐったりと項垂れた。
──しかし、炎は未だ燃えている。まだ、動けるのだ。
「葵!!」
僕はすぐに駆け寄るが、やはり、何処にもいない。
「……まぁ、この中……だよな……」
熱い……側に居るだけで、頭がどうにかなりそうだ……。
この中に、手を入れる。
否が応でも、もう一度、僕は、こいつに、焼かれる。
そうしなければ──助けられない。
『大丈夫。私が火の手を抑えるから。死ぬ事は無い。でも、両腕は──』
「……大丈夫……一度は体を失ったんだ……今更、腕ぐらい……どうってことない……ッ!」
徐ろに、腕を入れた。
その熱と、痛みは、想像を絶するものだった。
焼けていく。灼けていく。
僕の腕が、どんどんと、燃えていく。
皮膚は剥げ、肉は焼け、血液は蒸発していく。
痛い、痛い、痛い、痛い、腕を抜くか?いや、駄目だ。耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ。骨だけになっても、絶対に掴め、絶対に、絶対に、諦めるな、諦める、諦めるな、諦めるな──
「──掴んだッ!」
やっとの思いで、手を、掴んだ。しかし、抜けない。ピクリとも動かない。
「く、そ……なん、でだ……!」
時間が、かかり過ぎる。結界が、耐えられないかもしれない。炎鬼が、僕を殺すかもしれない。
嫌だ、嫌だ、絶対に……!
「腕ぐらいくれてやるから……その人を、返せよ……ッ!」
──炎鬼の腕が、僕の背後に迫るのを、熱気として感じる。
こんな状態での、あの豪腕は、ヒィの炎だけではどうにも出来るはずもない……!
クソ……ダメ、なのか……!
「なっさけねェなァ蓮。昨日の威勢はどこいったんだよ……ッ!」
「──は、るまッ」
遥真が、炎鬼の手を両手で抑え、僕を守るように立ち塞がった。
「こっちとら、もう立ってるのがやっとだっつゥの……そんな奴を酷使すんな、馬鹿野郎……ッ!」
腕を弾き返すと、遥真はその場に崩れるように座り込む。
「助けんだろ……、守るんだろ……ッ!オレ達で、葵を!」
ふらつきながらも、遥真も炎鬼に手を入れ、鬼の力が加わったことによって、徐々に引きずり出せていく。
しかし、徐々に炎鬼の動きが活発になってきたのか、ヒィの炎だけでは対処出来なくなってきた。
「邪魔する、なっ!」
城崎が、腕を掴むと、炎鬼は動きを止めた。
「もういい、もういいよ!貴方まで、もう、苦しまないで……もう……もう、止めて……ッ」
炎鬼は、その後も、少し動きを止めたが、すぐに城崎を振りほどいた。
──だが、その時間は──大きく明暗を分けた。
「ぐ、ぅ、うう──ッ!!」
僕の焼け焦げた腕が炎鬼の体内から出ると同時に、制服が少し焦げただけの、まだ、生きている葵を、救い出せたのだから。
「お疲れ、ヒーロー」
天に言われていたのか、絶妙なタイミングで現れた空は、僕にそう言い、僕達四人を軽々と運び、炎鬼から離れるように、走り出した。
──その後、その少女の背後で、大きな衝撃音がしたのが聞こえたのと同時に、僕は、何度目の気絶を迎えた。
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