018

「──それで?主犯をとっ捕まえた訳だが」

 身動きの取れない城崎に、その場にいた三人の視線が向けられる。

「……なに?」

「いやぁ、お前さん、本当に力弱いんだな。ただの鉄に絡め取られた体なんて、普通の子鬼も暴れれば抜け出せるだろう?」

「…………」

 天に、小馬鹿にされたような言の葉を投げかけられた城崎は、ただ黙って、俯いていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「お嬢はな、村の中でも、一番弱い鬼なんだよ」


 遥真は学校への道すがら、自らのバイクに乗せた天に、城崎美那という鬼について、話してくれた。

 ちなみに、遥真は、二人乗りをしても問題ないとされるまで、あと数ヶ月足りないのだが、「妖怪に人間の法律は適用されねェ!」と言われたので、僕はなんと言われても知らん顔することにした。

 まぁ、お巡りさんに僕は見えないんだろうけど。

 ちなみに僕は、天に肩車する感じになっており、膝や脚は、遥真にめり込んでいた。

 ……これ、かなりアホみたいな絵面だな。

 まぁ、それはいいとして。

「お嬢は、村長の一人娘……なのに、力が弱い。さらに言うと。あいつが角を出してるのを、見たことがねェ」

「角が出せないほど弱いか、そも、角がないのか……だな……どっちにしても、極希もいいところだけど」

 角なしの鬼?

 それは鬼と言えるのだろうか?

 にしても、と呟き、天は続けた。

「村長の娘だから、お嬢、か。いやぁ、はは、なんかヤクザみたいだな」

 ヘルメット越しにもにやけ面が浮かぶようだぞ、天。

 だいぶこの男が分かってきてしまっている僕は何なのだろうか。

 ……にしても……。

「でも、なんで二人は今まで別々の学校に行ってたんだろう……」

 僕の言葉に、天による代弁が続く。それを聞いた遥真は言った。

「いや、あいつは高校から、学校に通ってンだ」

 高校から?なんで今更……。

「そりゃぁ蓮。妖怪って、案外人間に憧れてるんだよ。なんと言っても、栄えてるのは人間達の世界だ。妖怪だって人間みたいに暮らしてみたいのさ」

 そう、なのだろうか。

 いつかのアニメで聞いた、お化けには学校も試験も何にもない、というのは、本当なのだろう。

 僕としてはそのフレーズに憧れたものだが。

 彼らは、ないからこそ、憧れるのだろうか。

 ないものねだり……か。


「──ちなみになんだけどさぁ遥真くん?もしかすると美那ちゃんって、恋人ってより──」

「……許嫁で、間違ってねェよ」

 …………。

 この感情も、ないものねだり、なのだろうか。

 とりあえず、後頭部を一発殴ることにした。

 勿論、分かってはいたが、その拳は綺麗にすり抜けた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 そして、現在。

「私、知らない」

 顔を背け、知らない、の一点張りの城崎に手を焼いていた。

「いやいやいや、今更しらを切るのかよ。日向蓮を殺して、肉体を奪ったのは、お前でないにしろ、お前の感情──鬼火だろ?さっさと体を返してやれって」

「だって、私の言うこと聞かないんだもん……いくらそんなの捨ててって言っても離れようとしないし」

 そんなのってなんだ!?

 どれだけ嫌われてんだよ僕!

 あぁ、もう生きていけないかも。

 ──あ、死んでたんだった。

「んー?強い意志から産まれた鬼火なら、普通、命令聞く筈だったような……あっ、お前さんが弱いからか」

「……っ……」

 あの、少しずつ涙目になってるんですけど?

 プルプル震えてますけど?

 この状況に、城崎さん、耐えられてないんですけど?

「まぁ、弱いんなら仕方ないか。なんせ、角なしの鬼、だもんな?」

「そこまでにしとけ狐ェ!?」

「……うん、サイッテー」

「いやぁ、二人してそんな褒めんなよ〜。こそばゆいだろ」

「何処をどう捉えたらそんな反応になんだよ!」


 まぁ、これで何もかも解決、なのだろう。

 鬼火は遥真が、城崎は僕達が対処してる。後は僕が肉体に戻れば全部──。



 僕は、聞いた。

 一応、念のため。

「空ちゃん……葵は?」

「え?あぁ、青髪のお姉ちゃん?そういえば、あの鬼火が急に飛び出してどこか行ったから、そこの鬼のお姉ちゃんと戦ってる内にいなくなって──」


 空は、突然に口をつぐんだ。

 いや、誰もが、言葉も出なかった。

 そいつを産んだ筈の、城崎でさえも。

 そいつは、僕らの背後に、ふいに、現れた。


 ──それは、僕には、この世のものではない、そう思った。

 まさに、地獄の炎──否、違う。

 あれは、あれこそ、殺意の炎。

 黯く、暗澹とした、漆黒の焔。

 鬼火などと、到底言えなかった。

 言うなれば──鬼。

 二メートルは優に超える、鬼の姿をした、黒い炎。

 猛々しく燃え続ける、言うなれば、炎鬼えんき

 ──そいつは、僕を見て、ゆらゆらと燃ゆるその顔のような物を、ニタリと歪ました。

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