008

「だいたい分かったか?蓮」

 天はにやけながら、首を傾げた。


「……まぁ、それなりに」

 それなりに、分かったような、気がする。

 自分の知らなかった世界の話すぎて、ついていけていないかもしれないけど。

 魑魅魍魎、悪鬼羅刹。

 その中の、鬼という化物の殺意という感情に、僕は、殺された。

 それは分かった。


「まぁ、最初はそんなもんさ。軽々と受け入れられちまうと、それはそれで怖いしな。ま、次はこの後どうするかってとこの話でもしますかね」

 この後の、これからの話。

 僕の、救い方。


「まぁ、まずは死んでない、というとこの話だな。結論から言うと、お前さんは幸運な事に、相手が鬼火だったおかげで、魂だけの存在として、今こうやって生きている」

「それは喜ぶべきこと?」

 魂だけで生きているって言葉にすごい違和感があるんだけれど。


「いや、不幸中の幸いだったと安堵しながら咽び泣くとこ」

「僕は情緒不安定か!」

「泣き虫だし」

「い、今は関係ないだろう!?」

「ゴミ虫だし」

「貶された!?お前は僕の何をゴミ扱いしているんだ!」

 たわいもないやり取りだった。

 だが、とても楽しかった。


「ま、それはいいとして」と言い、天は床に寝転がった。

「普通、人間の魂というものは、どんな形であったとしても、死んでしまえばこの世に残ることは有り得ないのさ。他殺であろうと自殺であろうと、事故であろうと何であろうと、ね」

「そう、なのか……知らなかった……あ、でも、幽霊とかはどうなるんだ?」

「君達が幽霊と言ってるあれらは、死んだ人間の残留思念であり、鬼火と同様、感情が意思を持った思念体なのさ。死んだ時の、だけどね。つまり別に死んだ人の魂そのものじゃないんだ」

「ふぅん」

「ま、いいよ。関係ないことだし」

 肘をついてこちらに向き直る探偵。

 探偵……なんだよな?

 信じてるからな?


「んで、とどのつまり、僕のこの状態は何が原因なのさ」

「おそらく蓮の場合は、肉体が、その鬼火に持ってかれたからだろうね。肉体を焼き殺すよりも先に、肉体と魂のリンク、精神だとか呼ばれてるを焼き切って、鬼火が無理やりお前の肉体と魂の間に容喙して、不安定だった蓮の魂が弾き出された……ま、よくあることさ」

「ふぅん?じゃあ今僕の体は鬼火のもの、ってことなのか……でもなんで?」

「んー、鬼火とかの生者が産んだ強い感情の思念体。まぁ、生霊って分類になるんだが。そいつらは、肉体に入りたがるんだよ。ま、生んでしまった親が生者だからなのかな……憧れ、とか、嫉妬とか……色々かね。いやいや、感情が意思を持っただけだというのに、皮肉なことだ」


 ……にしても、他人の事殺して、その魂を追い出して、体奪って帰るって……。

 怖すぎるだろ。

 今何してんだ鬼火の奴。


「でも、焼け焦げた体なんて、要るのかな」

「ま、肉体に変わりはないし、別に、それなりに治癒もできるんだよ。感情エネルギーの運用でな。まぁ、蓮が一度起きた時に焼死体が寝転がってたと言ってた通り、再生にはかなりの時間がいるはずだ。動けるようになったとしても、ほとんどの部分は未だ絶賛炭化中だと思うぜ」


 つまり、僕の体は、突然燃やされ、殺され、炭のまま、別の主の為に動かされているらしい。

 いや、可哀想だな僕の体!

 全て事が終わったとしたら、当分は労わってやりたい気分だ。


「でも、相手は感情って言っても、鬼の一部なんだろ?その……退治とか、出来るのか?」

「大丈夫大丈夫。それなりに、荒事には慣れてるから、安心してくれよ」

「……うーん、そう?大丈夫かなぁ……心配だ」

「はっはー、ま、小舟に乗ったつもりで任せ給え」

「安心感ないなぁ!?」

「二人なら丁度いいかもよ?」

「余裕が無いだろ。もう少しゆとりが欲しい!」

 ふふ、と笑いながら天は飛び起きて、笑顔のまま言った。

「よし、なら早いとこ見つけないとなぁ……時間もないし」

 ──時間?

「なんの時間?」

 天は一瞬、きょとんとした顔をしたが、理解したように胸の前で手を叩いて「そう言えば言ってなかったな」と呟いた。



「お前さん、あと、三時間足らずで消滅するぞ?」

「──はい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る