021

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「遅せぇよ狐!もう少しで死ぬところだったぞ、クソがッ!」

 俺が外に出ると、遥真が、あの鬼火の成れの果ての体を、どうにかして、抑えていた。

「いやぁ、ははっ、悪いね。アイツが、なかなかにいい顔してくれるもんだからさ……」


 ──日向蓮。初めて俺が見たそいつの顔は、本当に死んだようだった。

 ──いや、死んでいたのは確かだ。

 しかし、その魂さえ、死んだような顔をしていた。

 死んだように、生きていたのだろう。


 だが、アイツが、自分の意思を話していた時──皮肉かもしれないが──アイツの顔は、死んでいたのに、活き活きとしていた。

 とても、いい顔をしていた。

 羨ましい程に、清々しい程に。


「あ……?何のことか知らねェけど……何かあるから出てきたんだろ!どうすりゃいい!」

「──グラウンドの中で、こいつを抑え込む!絶対に暴れさせるな!」

 今必要なのは、蓮が戻ってくるまでの時間稼ぎ。

 そして何より、校舎に、人間に、被害が出ないように、である。

「無理でしょそんなの!?」

 まぁ、そうだろう。俺も自身はない。

 だが──。

「蓮が無理で無謀で無茶なことに挑んでんだぜ?俺達だってそれぐらい、出来んだろ?」

「──ハッ!上等、やってやろうじゃねェか!」

「はぁ……やるだけやるけど……どうなっても知らないからね!」

 二人とも、直ぐに身構え、鬼火に向かい合う。

「はっはー、君たち、最高だよ」

 ──蓮、信じてるからな。

 お前が、あの子を、助けるんだ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「──これで、いいの?」

 僕は、自分の体に、手を合わした。

 まるで鏡でも見てる感じ。

「うん……にしても、よく信じてくれたね」

「いや……君の事は、信じられてはないのかもしれない……でもそうしたいって思った自分を、信じることにしてみたんだ」

「……そっか。ありがとう」

 僕の体は、にっこりと笑う。

 そして、目を閉じたので、僕も目を瞑る。

「じゃあ、始めるね……意識を、集中して……君は、元の体へと、帰るだけ……」

 体へと……帰る……。

「もっと集中しなきゃダメ。強く、イメージして」

 城崎が、不意に口を開いた。

 ……もっと、強くって……言われても……うむむ、こう、かな?

「……ん、ありがとう、美那。少し良くなってきた」

「……ふん、貴方がコイツの所為で消えちゃったら嫌なだけよ」

 この子との溝は……埋まらなさそうだなぁ……

「ふふ、嘘ばっかり……もっと自分に正直にならなきゃダメだよ?私、知ってるんだから」

「う、うるさいなぁ!」

 ……正直に、か……。

 お前も……大変……なんだな……。

 ……なんか、くらくらと、してきた……。

「……いい感じ。後は、そのまま──」


 ──すっ、と、僕の意識はそこで途切れた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 あれから、十分程、経っただろうか。


 遥真と、空が鬼火を押さえ込んでいたが、それも時間の問題であった。

 殺意の炎は、その殺意が向けられた存在以外からすれば、ただの熱気ぐらいにしか感じない。

 とはいえ、あの巨体を二人がかりで抑え続けるには、こちらの妖力がもたない。空に至っては空腹で力が本領ではなく、。遥真も、昨日の襲撃の疲労が抜け切れていないのと、今の今まで押さえ込んでた負担が大きいと見える。

 神宮寺の結界は、まだ維持できてはいるが──あと数分、と言ったところだろう。

 俺といえば、結界を貼り、グラウンド唯一の出口の前に門番のように立ち塞がり、何度もこちらへやって来る鬼火を札で防いだり、蹴飛ばしたり──いや、ほんとに、執拗くて困る。

 どれ程なんだ?その殺意。

 ──いや、混ぜられた何かによって、無理矢理増された、のか?

 というより──誰の仕業だ?

 こんな、都合よく、まるで、全部を知っていたみたいに──

「きゃっ!」

「ぐはッ!」

「──ッ、しまった!?」

 俺が少し考え込んでしまったその隙を見逃さず、鬼火は二人を振り払い、俺を掴み取って運びながら、凄まじい勢いで地を這い、その殺意の矛先へと向かう。

「くっそ、どうす──」

 このままでは、蓮が危ない。

 しかし、そんな心配は、無用であった。


 突然の、熱。いや──炎。

 紅蓮の焔だった。


 眼前から押し寄せたその焔は、鬼火を、意図も簡単に押し返し、俺は、その手から滑り落ちるようにして、解放された。


 その炎の先には、学生服と、炎に身を包んだ、俺の依頼主がいた。


「アッツ!?何これ!?すっごいアツいんだけど!?」

「はは……やりやがったよ……」

 人でありながら、魂を、心霊を操る者──死霊使いネクロマンサー。その死霊魔術ネクロマンシーの内の、霊纏術れいてんじゅつ

 それを、ものの十分で、習得しやがった。

「でも──戦える!」

 蓮は、拳を強く握り、炎を手に宿す。

「いくよ……『ヒィ』!」

 何かの名を呼び、そして、にっこりと笑ってみせた。

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