020

「話って何かね?鬼火ちゃん」

 天は、変わらぬの調子で問いた。

「……私は、アイツと一緒に生まれた鬼火なの」

「一緒に……?でも私一つしか……それに!あの子もあんなのじゃなくて、もっと普通の、鬼火だったし……気配消して、不意に現れるなんて凄いこと、できるような子じゃなかったよ?」

 城崎が、鬼火に食いかかる。

 自分に自分の心に聞いてるようなものではないのだろうか。

「気づかなくても仕方ないよ。私、あの子に比べるとかなり弱かったし、今でも、力は弱い」

 ──随分とぬるい炎だな──遥真は、そう言っていた。

 それは、本当に、そのままの、意味だったのだろう。

 ぬるい炎。

 力の弱い、弱く、不明瞭な感情から生まれた、鬼火の、炎。

「それにアイツは、生まれた後、誰かに何かを混ぜられている、と思う。天くんが言ってたみたいに」

「──おいおい、聞いたか空?久々に『くん

 』なんて呼ばれちゃったよ俺?いやぁ、照れちゃうなぁ。城崎ちゃんもそう呼んでくれていいんだぜ?」

「……続けていいよ」

「痛い痛いっ!尻尾を捻るな!捩れてるから、千切れちゃうからッ!」

 妹に尻尾を片手で捻られ、悶絶する兄がいた。

 こんな時なのに仲良しで何よりだ。

 もちろん皮肉である。


「う、うん……それで、なんだけど……私が、アイツからなんとか奪ったこの体に、私と一緒に入ってくれないかな?蓮」

「……え?」

 今なんて言った?聞き間違えてなかったら、凄いこと言わなかった?

「──ほう、ほうほう!それは面白い!なるほど、霊纏術か!その手は考えなかったなぁ」

 唸るようにして頷く天。あれは、わざとだな。

「だって──そんなことしたらお前も、蓮も、蓮の体も、八割九分、ズタボロになるからね」

「ず、ズタボロ?」

「ズッタズタのボッロボロで、ズタボロだよ!」

「ごめん空ちゃん。それは分かる」

「何ぃ!?」

 ……いや、そこに驚かれてもなぁ。


「考えてみろ。一つの器に、二つの魂。そんなの耐えられるわけがないだろう?しかも、相手は鬼火だ。魂よりも不安定な存在だ。加えて、お前の肉体は、今、脆過ぎる。可能性は低いなんてもんじゃない。ごく稀に、波長が合う存在がいるとかいないとか言うが、仮にそうであったとしても、その後の身体、魂への負荷は、見当もつかないぞ?」

「でも、蓮くんが戦えるようになって、貴方達が何も気にせずに戦うとなったら、それくらいしか……」

「ダメだ、絶対に。依頼人を危険に晒せるわけにいかないからね」


 ……僕は、どうすべきなのだろうか。

 ここで炎鬼を倒すと、生徒や教員の人が──。

 何もしなければ、葵が──。

 そして、僕がそのまま囮にでもなろうなら──。


 …………。

「──でも、戦えるようになるんだよね?」


 天は、珍しく、不意を疲れたような顔をしていた。

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔を、していた。

「──蓮。お前自分が何言ってるのか──」

「分かってるよ、そんなの」

 僕は──自分に、正直になることにした。

 情けない自分では、いたくない。

「分かったから、言ってるんだよ。皆を死なせたくないし、葵だって救いたい。そして──僕も死にたくなんかない。何もしてこないで、何も変わらないで──このままでいるのは──もう、嫌なんだ」


 今まで、何もしてこなかった。

 機会がなかった。時間がなかった。才能がなかった。

 ──そうじゃない。

 自分から、求めようとしなかった。

 努力しようと、しなかった。

 いや、努力はしたのかもしれない。

 自分なりの、拙いものだったかもしれない。

 それでも、やりたいことから、目を背けた。

 自分は、何が好きだったのだろう。

 あの頃、何を夢見ていたのだろう。

 そんな思い出も全部、捨てた。

 自分に自分で、これが、妥当なのだと、これが、日向蓮の限界なのだと、レッテルを貼った。


 チャンスも──捨てた。


 チャレンジすることも──やめた。



 ……でも。

「──伸ばされた手は掴まなきゃ損、なんだろ?」

 今からでも、間に合うのなら。

 大切な人を、救えるのなら。

 一回ぐらい。

 そうしたいと、思ったことに。

 正直になりたい。


 僕は、鬼火に向かい合う。

 僕の身体に、向かい合う。

 不思議と、痛みは、消えていた。

「僕は君を信じるよ。──あー、色々と話したいけど、今は時間が無いね。取り敢えず、早く、始めよう」

 気が変わってしまいそうだから、とつい口に出てしまいそうになったが、堪えた。

「蓮」

 天に、呼ばれた。

 なんて言われるのだろうか。

 まぁ、依頼主と探偵の関係なんだし、大したことを言ったりはしないだろう。何せ、狐だし。

「──はぁ、ほんと、馬鹿だなぁ。まぁ、お前が決めた事なら、俺はもう何も言わないよ」

 でもね、と言った後に、何かを続けようとしたようだったが、言いやめ、変わりにいつも見たく、ニヤリと笑った。そして。

「期待してる」

 そう言うと同時に、壁が壊れ、炎鬼が現れた──が、天はその鬼の顔面に蹴りをいれ、鬼を易々と吹き飛ばした。

「俺の依頼主がカッコつけてんだからさぁ……空気読んだらどうだい?そういうのも無理なのか?君は」

 そう言うと、僕に向かってあかんべぇをしてから、外へと出ていった。

 そしてその後を追う白い少女は、一度僕に振り返って、元気な声で言った。

「なかなかかっこいいじゃーん!見直したよー!待ってるからねー!」

 そう言うと、跳ねるように外へと消えた。


「……そんな目で見ても、私は何も言うことないわよ」

「分かってるよ。言わなくていいし……それと、別に恨んでないから、そんな警戒しなくていいんだけど?」

「……どうして?」

「だって、何も知らないで、踏み込んだのは僕らでしょ?なら、憎まれたって、怨まれたって、仕方ないことだよ」

「……ふん……」

 そうして、俯いたまま、黙ってしまった。

「本当は、そんなこと思ったわけじゃないのに……」

 そう、聞こえたが、気のせいだったと思う。


「──よし!始めよう」

 僕は、肉体に、帰る。

 僕は──生き返る。

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