015

「……ついた、けど……」

「ふむ、学校とは、こんな静かなものだったかね」

 時間は十二時四十分。いつも通りであれば、昼休みだ。

 だと言うのに。

「グラウンドにも、そこらにも……誰もいない」

「あぁ、だが……気配はする。人間の気配……それに、妖怪のも」

 妖怪。鬼の、気配だろうか。

「まァな。この学校は、オレと美那以外にも、妖怪がゴロゴロいやがる。先公の中にも紛れ込んでる始末だ」

「え?」

「……そうだな……蓮にも教えといてやるよ」

 遥真は、校舎へと向かう間に、僕の知ってる名前、知らない名前を滔々と言ってみせた。

 この学校の生徒、教師は合わせて約千人足らず。

 だが、名前をあげたのは、軽く五十人は超えていたと思う。

 ……一クラス約四十人とすると、その中で二人は、人じゃない奴がいる。そういうことになる。

「……おっかないなぁ……」

「でも、知らなければ、気にもならなかっただろ?会ったばかりの時にも言ったけれど、彼らは其処にも、何処にでもいる。そういう、存在なんだよ。だからこそ、知らなければ、関わらなければ、どうとも思われない。それが普通。彼らだって、身バレは嫌なのさ」

 だが、一歩踏み入れれば、互いに、惹かれ合う。

 そういうものだと、天は言った。


 校舎の中に入ったところで、廊下を走る男子も、教室から聞こえる女子の笑い声も、何一つ、なかった。

 天はいつも通り、にやけ面を浮かべながら、気づけば狐の耳と尾を出していた。気配を探ってる、らしい。

 フードから突き出たその狐耳は、十九歳が着るにしては、その整った顔立ちも相まってうけるところにはうけそうなものである。

 ──僕も、よく女の子に間違えるので、余り深くは掘り下げないでおく、が。



「……ま、こうなってるよなァ」

 二階へと上がると、遥真は、何食わぬ顔で三年の教室のドアを開けた。

 その開かれたドアの先、目に飛び込んできたのは、机に突っ伏して寝ている三年生と、教師であった。

「これ、は……?」

「まぁ、ザントマンの砂だな」

「ザント……?」

 なんだそのヒーローみたいな名前。

 弱そうだな。

「──なんで分かった?」

「当たり前だろ。専門家を舐めるなよ?まぁ、いいとこ、闇市場ブラックマーケットででも仕入れたんだろうね。それはどうでもいいんだけど、何よりこりゃ。こりゃ明日の朝まで眠っちまうぞ。早くどうにか──いや、待った。これはこれで、好都合だな」

「な、なぁ天?ザントマンってなんだよ」

「──え?あぁ、悪い悪い。ザントマンってのはドイツの民話とかに出てくる妖精、まぁ、睡魔だな。サンドマン、砂男、とも言われてる。その名の通り眠気を誘う砂の入った袋を持っていて、その砂が目に入ってしまうと、たちまち眠っちまうのさ」

 ドイツ、か……随分と遠い所の妖精だな。

「まぁ、ザントマンは夜にしか出ない。他にも眠気を誘うのはいるけれど……ま、簡単に、こうも学校内全体にとなると、ザントマンの砂だな。お得意の鬼火にでも撒かせたんだろ」

「いや、え?ドイツの妖精なんだよね?そんなの──」

「蓮。何回も言わせるなよ」

 僕の言葉が言い終えるより先に、天はため息混じりに言った。


「怪奇、怪異の類は何であれ──何処にでも、いるんだぜ」




 続いて、三階──二年の教室の階へと向かおうとした時、踊り場にスマートフォンが落ちていた。天はそれを見て「あったあった」と言いながら拾い上げた。

「……それは狐の妹の携帯、か。上は二年の教室……ってェことはもう二人共、校舎にはいなさそうだな」

「あ、やっぱり?いやぁ、こうも気配がごちゃごちゃしてるとひとつの種族を見つけるのもたいへんだねぇ」

 天は、スマートフォンに、傷が付いていないことを確認してポケットにしまいかけた。──それとほぼ同時に、天の面持ちが変わった。

「蓮!伏せろっ!」

「え?なん──ッ!?」

 突然の事になんとか反応した。

 そして、すぐに、僕にも感じるものがあった。

 体の中心が、引っ張られるような感覚。

 何かを引っ張ろうとでも、しているかのような、感覚。

 そして、伏せたその体に感じる──熱。

 突然の熱。

 熱い、熱い、熱い、熱い、熱い!


 だが、この熱を、僕は、知っている。

 僕の体が、知っている。

 魂にまで、焼き付いている程に。



「見つけたよ。日向蓮」


 焼け落ちた壁の向こうに、僕ではない僕が、立っていた。

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