010

 僕には二人の幼馴染がいる。


 一人は、おりはる。小さな頃から活発で、よく外で遊び、そして、何かあるとすぐに手が出てしまうような、男の子らしいヤツだった。

 今では、学校の不良達をまとめあげ、半ば番長のような扱いになっており、三年生からも恐れられる存在となっている。それでも、昔から変わらず、とても優しい面があり、僕や他の友人に、手を出すことは無く、また、傷つける奴は許さない。

 そんな、強く、優しい。僕の自慢の幼馴染。

 僕の憧れ、だった。


 もう一人は、じんぐうあおい。遥真とは異なり、内向的な性格で、昔、いや、今でもだがいつも本ばかり読んでいた。そんな彼女は、今では容姿端麗、品行方正、温和怜悧で、成績優秀な、メガネの良く似合う、絵に描いたような学級委員長。僕のような人間だとしても、皆と同じように目をかけてくれる。そんな、人だ。


 そして、僕だ。日向蓮。取り柄のない、何をやっても駄目な、惰性の塊。特記することといえば、父は事故で、母も追うようにして病気で亡くなり、身寄りも無かった為、ついこないだまで母の姉──伯母さんの家で厄介になっていたこと、くらいだろうか。そして、高校進学と共に、僕は今のボロアパートへと引っ越した。

 ただ、それだけだ。


 三人は、それは仲睦まじく幼少時代から一緒に過ごしてきた。


 幼稚園でも、小学校でも、中学校でも、そうだった。

 だが、高校──公立ほしはら高等学校へと進学してから、遥真は、変わってしまった。


 昔とはうってかわり、自分の為に行動することが増え、学校を怠業することも多くなっていった。

 それに──誰にでも、暴力を振るうようになった。

 そして、僕や葵からは、距離を置くようになった。



 そして、昨日。五月十八日、月曜日の昼休みの事だった。



「もう我慢出来ない!」

 昼休み。僕と葵は教室で机を向き合わせるようにして昼食を取っていた。


「……もしかしなくても、遥真のこと?」

 どうどう、と葵を抑えながら僕は訊ねた。

「そう。蓮は何とも思わないの?増え続ける無断欠席!来ても授業はサボる!私からは逃げ続ける!……全く……幼馴染として、委員長として、私がしっかり指導してあげなきゃいけないのに…」


 確かに最近、遥真の無断欠席などが増えてきているのは、他クラスとは言え、風の噂で聞こえて来ていた。


「そりゃ、気になるけどさ……でもアイツ、僕のこと避けてるし……」

「なんで避けられなきゃいけないのかなぁ……それだけ、彼女さんにぞっこんなのかしら」

「彼女!?アイツが!?」

「知らなかったの?私たちのクラスのしろさきさん。一年の頃からだよ?」

 遥真に彼女……だと……?

 しかも……一年の頃からって……。

 そんなところでも負けるのか……。


「なんで蓮がそんな落ち込んでるのよ──あ、え?嘘。蓮ってソッチ系だった?」

「そっちでもどっちでもねぇよ!ノーマルだよ!」

「だって蓮って誰とも付き合ったことないんじゃなかったっけ。案外そうだったりしてー?」

「んなわけあるか!僕は正常!それに──」


 それに、僕は葵が好きだから。


「それに?」

 そう言えたら、楽だろうなぁ。


「……ごめん、なんでも、ない……」

「何よ、気になるなぁ……ん?」

 突然に、葵が教室の向こうへと、目を向けた。

「……城崎を見てるのか……どうかした?」

 葵の目線の先にい城崎は、そそくさと荷物を詰めていた。

「いや、遥真のところに行くのかなーって……」

 ぬへ、と変な声を漏らしながらニヤリと笑う委員長。


「……葵、悪いことは言わない。それは、よくないよ。流石に」

「いやいや、これも立派な活動!行くよ!」

「え、僕もなのかよ」

「乗りかかった船、でしょう?」

「気づいたら乗せられてた、って感じなんだけど」

 まぁ、どう言っても、連れてかれるんだろうなぁ。

「はいはい、いくよー」

 こうして、尾行が始まった。



 と、意気込んだものの、その尾行はすぐに終わり、先程まで僕達のいた教室もある本校舎の屋上への扉へと城崎は入っていってしまった。

「屋上、かぁ……あれ?屋上の扉の鍵って開いてたっけ?」

 確か、普通施錠されてたような……

「……壊されてる。あの、怪力バカ……っ」

「ちょ、お、抑えて……」

 怖い、怖いよ葵……!

「行くわよ」

「えっ」

「乗り込みよ。ガツンと言ってあげなきゃ」

 葵は容赦なく扉を開いた。


 そこには、遥真と城崎だけがいた。ただ二人で話しているだけ、のように見えた。

「──蓮、葵」

 様々な感情が入り交じったような顔をしながら、絞り出すような声で遥真は僕達の名を言った。


 葵は、そんな様子の遥真へと近づきながら話し出した。

「遥真っ、貴方最近何してるの?ずっと学校はサボるし、ずっっと授業にまともに出てないらしいじゃない!そんなので。卒業できると思ってるの!?」

 珍しく、すごい剣幕だった。

 でもやはり、心配なだけ、なんだろうなぁ。

「……お前らには関係ねぇ……」

 遥真は顔を背けて、そう言った。

「関係ないって……私達ずっと一緒だったでしょ?今更気にしないで、なんて無理だよ!」

「関係ねぇんだよ。だから……放っておいてくれ……美那、行くぞ」

「……うん」

 城崎は僕らを一瞥し、遥真と一緒に出ていこうとする。


「ごめん。ここは通せない」

 僕は、そんな彼らを止める係だった。

「蓮、てめぇもだ。お前らには関係ない、だから、どけ」

「悪いけど、委員長命令だから、さ」

 ニヤっと笑って見せた。が、何も反応はなかった。


 葵は口を開いた。

「遥真、貴方は何に悩んでいるの?」

「は?何言ってんだ葵。オレは別に──」

「悩んでるわよ。苦しんでるわ。どれだけの付き合いだと思ってるの?そんなこと、手に取るように分かるんだよ?私も、蓮も」

 顔を見た後なら、僕にも、分かる。

 今の遥真は、苦しんでいる。

 何か大きな、不安を、抱えているような……。


「あ、貴方達、なんなのよ!遥真と、昔からの仲だからって、調子乗らないでよ!」

「ごめんね、城崎さん。でも、これは委員長として、幼馴染として、私が力になりたいの──ねぇ、遥真。お願いだから、私達に話してよ」

「だからっ、何でオレがお前らにそんなこと……幼馴染だろうが関係ねぇって言ってんだろ!」

「関係あるだろ!僕や、葵が、どれだけ気にかけてたと思ってんだ!」

 つい、僕も口を挟んでしまった。


「そんなこと知るかよ!オレの勝手だろうが!もう、ガキみたいに馴れ合ってなんかられねぇんだよ!」

「──、馴れ合えなくなったの?」

「ッ……!」

 もう、馴れ合えなくなった。

 もう、仲良くする事が、出来なくなった。


 葵は、食い下がって問い続けた。

 それが、いけなかった。

「どうして?どうしてなの?ねぇ……教えてよ、遥真」

「……るせぇ……」

 遥真の拳に、力が入る。

「遥真……私を頼ってよ。蓮を、頼ってよ……幼馴染でしょ?」

「……うるせぇ……!」

 腕の筋肉が、痙攣している。

「まずい……葵ッ、離れ──」

「私達、また、仲良くなれるよ?だから──」

「うるせぇっつってんだよ!!」


 強く握られた遥真の右拳は、葵の左頬に命中し、葵は殴られた勢いのまま、倒れ込んだ。

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