014

「──と、いう感じなんだけれど?」

 天は今回の鬼火騒動に付いて、ざっくばらんに、要点を掻い摘んで遥真に説明した。

 遥真は始め、天に渡された紙切れ(札、とでも言えるのかもしれない)の効果であろう。顔の傷まで、昨日のことなどなかったかのように、きれいさっぱり治ってしまった自分の体に驚いていたが、すぐに天の話に真剣に耳を傾けていた。


「まァ……大体のことはな」

 複雑な顔を浮かべながら、零すように遥真は口を開いた

「そうか……お嬢の奴、やっぱり火を吹いちまったか……」

「お嬢?彼女だと言うのに、たいそうな呼び方だな……」

 ──っと、つい言葉に出てしまったけど、遥真には、聞こえないんだった。


「やっぱり、とは思い当たる節がありそうだな」

 わざとらしく顎を摩り、片目を瞑ってみせながら、次の言の葉を待つ天をちらりと見て、小さく溜息を吐いて、遥真は続けた。

「オレと美那が生まれた村は、男が少なくてよ……しかも最近、長のじいさんがぶっ倒れちまって……代わりにオレが長代理として今は何とかやってんだ」

 遥真は、僕の家の近くの住宅街に家族と住んでいたはずだ。

 それとは別の、鬼だけが住む、鬼の村、ということなのだろう。

「だが、今の村の状況を知った別の村のヤツらが、村を襲って、女を攫ったり、食料を盗んだりしやがってよ……オレと、少ない男連中でどうにか抵抗してんだが、限界があってな……」

「なるほどね、鬼同士の争い、か……。確かに、それじゃ学校にもおちおち来れないし、早退も辞せないわな」

 そんな理由、だったのか。

 そんな事を、抱えていたのか。

 あの校内で、たった二匹の鬼だけで。

「あぁ……さっきてめえに呆気なくやられちまったのも、その蓄積しちまったダメージの所為もあったんだろうな……ハッ、情けねェ話だ……」

 僕も、葵も。

「……まァ、そんな村の事情があってだな、お嬢──いや、アイツの心は、かなりボロボロになっちまってんだ」

 そんなことなど露知らず。

 あんな事を、してしまった。

 遥真も、辛いだろうに。


「オレが、二人に──蓮と葵に心配をかける事なんて、分かりきっていた……だから、せめて、距離を置いた。……今のアイツには、殆どの鬼が、人間が、敵に見えてる。きっと、オレがお前達と話していたら、アイツは何かする。そう、思っていたからだ……」

 悔しそうに拳を強く握りながら、遥真は歯噛みした。

 そして、手の力を抜き、嘲るよう言った。

「いや、違ぇな。距離をとっていたのは──二人に、鬼だと、知られたくなかった。ただ、それだけだな」

 苦しそうに、鬼は笑っていた。


 鬼に、人間が、怨まれた。

 そんな、簡単な、話ではなかった。

 苦しんだ鬼が、苦しんだ末に、溢れ出てしまった負の感情。

 その火種が、僕と、葵への、殺意であった。

 あれほどに、傷つけた。

 何も知らずに、傷つけた。

 悪いのは、僕だった。

 城崎でも、遥真でもない。

 ましてや、葵でもない。

 殺意を抱かせた、僕が、悪いのだから。



「蓮、お前の体は、オレが、絶対、取り戻す。だから──」

「いや、それはダメだ。これは俺の仕事だからね。取り戻すのは俺だ」

 僕とはまるで違う方向を向きながら言う遥真に、真顔で天は言った。

「……いや、狐。そこは譲るとこだろ」

「いやだって仕事だし。あ、お前にも札のお代請求したいんだけど、鬼」

 天は金をせびるように手を出した。

「あァ!?タダじゃねぇのかよ!」

「一言も言ってないじゃんそんな事。つかほれ、さっさと行くよ。いくらうちの妹が強いからとはいえ、余り長引かせてもだし」

 そんなことを言いつつ、いつものニヤニヤとした様子とは違い、真剣な面持ちで僕に近寄ってきて、耳元で呟いた。

「蓮、お前は絶対生き返らせてやる。だからその後は──」

「……分かってるよ。言うべきことぐらい」

「ふふん、ならば良し」


 必ず、言わなくてはいけないことがある。

 遥真にも──葵にも。


 正午を告げる放送の音が、市街に響く。

 残された時間は、あと二時間。

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