10 怪物無法地帯

「すいません、ただいま戻りました」


 神像の掃除が終わった後、龍巍とジーナは何でも屋へと戻った。


 中に入ってみれば椅子に座ったアンジェラとハッドの姿がある。そのアンジェラが龍巍達に気付くなり、こちらへと向かってくる。


「ああ、お帰り……ってマイアは一緒じゃないのかい?」

「えっ、マイアが? まだ仕事中なのですか?」

「ええ、まだ帰ってきてないんだよ……。依頼した薬草は近くの山にあるから、あんた達より早く終わると思っていたけど……」


 未だマイアが帰ってきてないようだ。龍巍がおもむろにジーナを見ると、彼女が怪訝そうな顔をしている。

 そんな彼女に声を掛けようとした龍巍だが、ふと外から声が聞こえてくる。


「ワイバーンが出没している可能性がありますので、屋内待機をして下さい!! 決して帝国の外には出て行かないように!! 繰り返します!!」


 窓から見てみると、鎧を着た男が歩いていた。彼が同じ内容を繰り返しつつ、大きく声を出している。

 それを龍巍だけではなく、ジーナ達も聞いていた。やがてその声が少しずつ遠のいていった時、


「……まさか……」

「えっ? あっ、ちょっとジーナ!?」


 急にジーナが店の外へと出て行った。アンジェラが止めようとしたのだが、全く聞き入れない。

 不意の出来事に驚く龍巍だが、すぐにジーナの後を追い掛ける。それで、彼女が帝国の外に向かっている事が分かった。


「一体どうした?」


 一体何があったのか、走っているジーナへと尋ねる。

 すると彼女が足を止めて、龍巍へと振り返ってきた。


「山には色んな動物がいるから、ドラゴン達にとっては格好の餌場なのよ! そこでマイア達と邪竜が鉢合わせになっているかもしれないわ!!」

「それでお前がそんなに……」

「一刻も早く山に行かないと……!! リュウギも付いて来て!!」


 放っておけば、マイアとアゾルが邪竜の餌食になるという事だろうか。理由が分かった龍巍は、ジーナと共に走る。

 やがて帝国の門が見えてくるが、ジーナが急に立ち止まってしまう。


「やっぱり兵士がいるのね……」


 そこには見張りの男性達が立っていた。出るのが難しいと判断したのか、ジーナが引き返してしまう。

 龍巍も付いて行こうとしたが、ふと高くそびえている山が視界に入ってきた。帝国からそう遠くない距離にある事から、恐らくはマイア達が行った場所と思われる。


 確認した龍巍は、改めてジーナの後を追い掛ける。そうして着いた場所は、人気のない建物の陰だった。


「ここなら出来そうね……。リュウギ、ここで変身するわ」

「いいのか?」

「これから先、戦闘があるかもしれないしね。その前にこの手を握って」


 急にジーナが手を差し伸べた。龍巍は怪訝に思いつつも、言われた通りに手を握る。

 するとジーナの身体が光り輝き、一気に上昇する。途中でジーナがドラゴンへと変化していくのを見て、龍巍も同じように真の姿に変わった。


 その後に周りの光が消えると、いつの間にかトラヴィス帝国の上空に飛んでいた。さっきまでその場所にいたにも関わらずにである。


『こうした方が人も見つけられにくいのよ。それよりも早く行きましょう』

『…………』


 ジーナの技に驚きを隠せなかったが、それでも空の中を飛行する。


 ふと背後の地上を見れば、さっきまでいた帝国が小粒ほどになっている。それ位の距離が開いたのだと分かった途端、『リュウギ……』とジーナの呼ぶ声がした。

 振り向けば、ジーナの青い瞳が龍巍を見つめている。


『これから現れるワイバーンやドラゴンは敵よ。倒してくれても構わない。それでもう一つ聞いて欲しい事があるけど……』

『何だ?』

『ワイバーンを倒すと同時に、マイア達を守って。こういう事を頼むのは気が引けるけど、あなたならそれをやれるはずだわ……』

『……俺が奴らを……』


 マイア達を守る。自分自身を守るという事はあるが、他者を守るなんて一度もやった事がなかった。

 何故他人を守るのか、龍巍には全く分からない。ただジーナがそう言うのなら、もしかしたらちゃんとした意味があるのだろう。


 それこそ自分が知らなかった意味が。


『……リュウギ?』

『……いや、何でもない。それよりも山に着いたようだぞ』


 話をしている内に、二人は山の中へと入っていた。辺り一面には森が広がっている。

 それでマイアを探しているのか、ジーナが鎌首をもたげて見渡している。龍巍も同じようにしたが、ふとある事に気付いた。

 森の中に何かが潜んでいる。それも数が多い。


『この匂い……!!』


 龍巍だけではなくジーナも感じ取っていた。その直後として、森から数体の影が飛び上がる。


 正体は街で見た紫色のワイバーンだった。最初は数体だけかと思えば、次々と数を増やしていき、龍巍達の前へと立ち塞がる。

 まるでそれ自体が巨大な生物……そう見えるほどの数であった。


『リュウギ!!』

『分かっている』


 遂に現れた敵。だとするなら容赦はしない。

 龍巍はジーナより先行し、ワイバーンの群れへと向かった。それに対し、ワイバーンが龍巍を火球を放ってくる。


 身体中に火球が着弾していく。龍巍を中心に火の粉が四散する。しかし物ともしない彼は、そのまま敵へと接近する。


 それでも攻撃し続ける愚かなワイバーンに、刃を突き立てた。巨大な龍巍やジーナはともかくとして、その刃はワイバーンの数倍も大きい。攻撃によって数体が切り刻まれ、肉片と化す。

 

 仲間が殺されてざわめきだすワイバーン達。そこにジーナが飛び掛かり、鋭い爪で引き裂いた。さらには長い尻尾を振りまわし、数体を叩き付ける。


 ――こんなにもあっさりと死ぬんだな……ワイバーンというのは。


 断末魔を上げ、森に落ちていくワイバーンを見て、龍巍がそんな事を思う。

 ただの一振りでここまでやられる辺りが、いかに彼らが脆弱というのかを感じさせる。そしてワイバーンの生き残りが龍巍に怯えるのも、無理はないだろう。


 その生き残りが恐怖しながらも、尻尾を振るう。そうすると先端から黒い粘液が噴出し、龍巍の両目に付着した。


『それは毒液!! リュウギ下がって!! 早く洗わないと目がやられるわ!!』




『問題ない』

『……ハッ?』


 ワイバーンを斬り裂いていたジーナの言葉に、龍巍は軽く答える。


 龍巍は尻尾を前へと突き出し、ワイバーン達を串刺しにする。その威力に身体が八つ裂きにされ、やはり森へと落下する。


 ――ギィ……ギイイイイイイイイイ!!


 やがて残った数体が恐れをなし、逃げ惑った。しかし逃がすつもりはない龍巍は、右腕の武装に力を纏わせる。

 刃の先から青白いエネルギーを放出させ、燃え上がらせる。それを一気に振るい、エネルギーの波としてワイバーンへと向かわせる。


 エネルギーがワイバーンを飲み込んでいく。その中で彼らの身体が溶解し、蒸発する。


 少しずつ閃光と衝撃が消えていくと、そこにはワイバーンの姿がなかった。代わりに黒い煙が、ワイバーンがいた場所に漂っている。


『……凄い……』


 敵がいなくなった時、ジーナが呆然と呟いていた。

 ただすぐにハッとするかのように、龍巍へと尋ねる。


『リュウギ、本当に大丈夫なの? 失明……目が見えなくなったとかない?』

『……いや、全く』


 対して龍巍がそう答えた後、目にこびりついた毒液を拭った。

 別に目がおかしくなったとかなど全く感じない。今までのように敵の攻撃は通用しないし、別に気にする事もない。


『俺に攻撃を与えられるのは、だけだ。それよりも早く行くぞ』

『……え、ええ……』


 敵がいなくなった以上、ここにはもう用はない。呆然としているジーナを連れて先に進む事にした。

 これで敵がいなくなった訳ではないと、そう思いながら。 

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