第三章 守る為に

16 厄災の権化

 ある街には酒場が存在する。


 ここは珍しく二階建てになっており、一階でも二階でも飲む事が出来る。今は大粒の雨が窓を叩き付けているが、そんな事をお構いなしと男性達が酒を飲んだり肉を食ったり、駄弁っていたりとしている。


 その二階には、ある二人の若者がいた。ついさっきまで旅をしていた者であり、その話を同席の者に語っている。


「そうして森を走っていたら、背後から騒がしい音が聞こえてきたんだ。そうして振り返ると、森から異形の怪物が顔を出していてな……あれは間違いなくドラゴンではなかった。何と言うか、怪物が鎧を纏ったような姿をしていたな……」

「……ハン! そんな噂話を信じると思ってんのかよ!! どうせ作り話だろう!?」


 男性の仲間が、以前の出来事を話していた。

 森林の中を歩いていた時、そこで邪竜配下と思われるワイバーンと遭遇。護身用のボウガンで応戦していると、白いドラゴンと謎の怪物を目撃した……という物だ。


 しかし、そんな事を他人に明かしても信じてくれるはずがない。必死に説明する仲間を尻目に、男性は雨に叩き付けられる窓を見た。

 最近になって降り出しているのだが、一向に止む気配がなさそうである。いつまで続くだろうかと思いつつも、男性が手元にある酒を飲み干そうとした時、




 空から落下する巨大な物体を発見した。


「ハッ……?」


 男性がそれを認識した時、近くにあった道路に落下。発せられた轟音や衝撃波が、窓に亀裂を入れ、店全体を揺れ出す。

 あれだけ騒いでいた客達が一瞬にして、一瞬だけの悲鳴に包まれた。やがて揺れなどが収まると、誰もが何事とばかりに辺りを見回していた。


「……今の何だ……」

「あっ、ちょっと……」


 さっきまで巨大な物体を見ていた男性が、今にも割れそうな窓へと近付く。

 仲間の制止を振り切りながら下を覗くと、それは何とワイバーンだった。しかも腹部から血を垂れ流しており、半壊した道路からピクリとも動こうともしない。


 完全に死んでいるのは、男性の目から見ても明らかだ。


「……どういう事だ……何でワイバーンが?」

「死んでいるんじゃねぇか……」

「下敷きになっている奴はいねぇが……これは大変だぞ……」


 ワイバーンはごくたまに街の上空を飛ぶ。もちろん邪竜の配下も襲い掛かってくるが、その時は街が総動員して大砲なり弓矢なりで応戦するはずである。

 しかしこのワイバーンは街のど真ん中で落下してきた。受けている傷も大砲でも弓矢でもない、まるで鋭い物で貫かれたような抉り方をしている。


 一体何があったのか、男性は見当もつかない。


「……あっ……あれ……」


 その時だった。隣にいる仲間が、呆然とした顔をしながら指差している。

 何事と男性が見上げた時、仲間と同じような顔をしてしまった。その空から再び巨大な影が落下してくる。

 

 よく目を凝らしてみると、それもまた一体目と同じワイバーン。


 それが近くの学院に落ちて、天井を突き破った。さらに間髪入れず、もう一体が民家へと落ちる。そしてもう一体、もう一体、もう一体、もう一体、もう一体、もう一体……。


「ど、どうなってんだ……こんな事って……!!」


 数えきれないワイバーンの死骸が、次々と街へと襲い掛かる。雨音の中から聞こえてくる人々の悲鳴。窓から見える逃げ惑う人々。

 それで男性は知った。このまま突っ立っているとワイバーンの下敷きになるだろうと。そうして仲間達と共に外に出ようと、


 ――グアアアアアア!!


「!? 何だ……!?」


 耳につんざくような獣の悲鳴が聞こえてくる。

 さらに天井が軋みを上げ、突き破られる。そこから現れたのは巨大な身体。


 男性達の視界には、その巨体しか映らない。彼らが一斉にして悲鳴を上げたが、それもすぐにかき消されてしまった。


 

 

 ============================

 



「一体何が起きてんだ!?」

「早く!! 早くしないと潰れるぞ!!」

「ま、待って……ア゛アアアアアアア!!」


 それは突如として起こった。

 

 厚い雨雲の上からワイバーンが突き破り、街の至る所に落下する。たちまち街の住人は混乱に陥り、街から脱出しようと試みる。

 しかし大半はそれを叶わない。ある者は家と共に潰れ、ある者はワイバーンの下敷きにされ……あれだけ平和だった街が、一瞬にしておぞましい地獄になり変わってしまったのだ。


「落ち着いて下さい! 落ち着いて避難を!!」


 住人を落ち着かせようと、鎧を着た男性が声を張り上げていた。

 彼は街の警備に務める兵士である。街を特別愛している訳ではないが、それでも住人を守る姿勢だけは捨てていない。


 突然起こった謎のワイバーン落下には、彼もまた動揺を隠せていなかった。しかし住人をなるべく避難させようと、率先して誘導活動を行う。


 ――ウオオオオオンン!!


 すると酒場だった場所から、木材が飛び散る。

 そこから、酒場を潰した赤いドラゴンが姿を現した。身体中血まみれになっており、片方の翼が切られている。その目も穏やかではない憎悪の感情が渦巻いていた。


「何でなんだ……何でドラゴンが!!」


 ドラゴンは人間に危害を加えないし。街をこんな被害に陥れる訳がない。彼らが何を考えているのか、兵士には分かりかねない。

 一方でドラゴンが狂っているかのように、火球を何度も何度も放っている。火球は雨雲へと向かっており、そこに大穴を開ける。


 その時に、兵士はハッキリと確認した。


 雲の穴から異形の影が見えてくる。明らかにドラゴンではなく、まるで金属のような質感を持った者。

 しかもそれが火球を受けながらもゆっくりと降下してくる。やがてそれが姿を現した時、兵士も逃げていく人々も呆然とした。


「……何なんだよ……あれは……」


 まるで赤い獣の仮面に、四つの突起物を生やしたような姿。


 目はまるで怨霊のように青白く不気味。その目をしきりに動かして、下界を見下ろしている。


 ――ギャアアアア!!

 ――ガアアアア!!


 赤い仮面のような化け物を、複数のワイバーンが取り囲んでいた。

 彼らが火球を放ったり、足の爪を使って引っ掻いている。しかしどういう事か、その攻撃が化け物に、一切通用していない。


 仮にもドラゴンにも深手を負える可能性のある、ワイバーン達の猛攻がである。


 ――……オ゛オ゛オオオオオオオオオオ……!!


 まるで怨霊のような叫びが、街中に響き渡る。


 直後、四本の突起物が分離したのだ。よく見ると突起物は触手のような物で繋がれており、まるで化け物の意思通りに旋回をしている。


 気付いたワイバーン達が一斉に逃げ出すが、その突起物から赤い光線が放たれた。その一本がワイバーンに直撃し、落下させてしまう。

 他の突起物からも光線が放たれ、ワイバーンを一掃させる。さらに生き残った一体には、突起物の先端で突き刺しにし、八つ裂きにする。


 兵士は悟った。ワイバーンの謎の落下は、あの化け物のせいだと。あの化け物は、自分達人間やドラゴン達の枠を超えた存在だと。


「!? こっち来るなぁ!! 来るなぁ!!」


 ある避難民が叫んでいる。あろう事か一体のワイバーンが、避難しようとしている人々の頭上を飛んで来ているのだ。

 そうするとどうなってしまうのか。兵士はそれを察知して逃げ出そうとした。しかしワイバーンへと目掛けて光線が放たれ、地面へと着弾する。


 その着弾箇所が赤熱し、大爆発。炎の波が、人々も、家も、兵士すらも呑み込んだ。




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 その赤いドラゴンは、謎の怪物に憎悪を抱いていた。


 突如として自分の縄張りに侵入し、同士であるワイバーンに多大な被害を与えてきた。一体正体が何なのか、何故攻撃が効かないのか……多くの疑問があるのだが、今はどうでもいい。


 ドラゴンにとって、ここまでコケにされたというのが許せなかったのだ。何としてでも怪物に攻撃を入れて、破壊をする。


 ――グオオオオオオオオンン!!


 片方しかない翼を使って、仮面の怪物へと向かった。

 それに気付いた怪物が、突起物から光線を放つ。ドラゴンは片方の翼を使いながら回避をしつつ、怪物へと接近。

 例え光線が背後に着弾しているが、怒りから振り返る事はしなかった。そのまま怪物の頭部へと取り付き、鋭い牙を突き立てる。


 何度も引きちぎったり、爪で引っ掻いたりした。しかし何の効果もない事が、ドラゴンをさらに激昂させる。


 ――……!?


 突如、ドラゴンの動きが止まってしまう。


 彼が長い首を使って、恐る恐る背中を見た。その背中には、いつの間にか回り込まれた突起物が刺さっている。

 刹那として他の突起物が向かい、ドラゴンを次々と刺し貫く。貫かれた個所やドラゴンの口から赤い血が垂れ流れ、戦意を喪失させてしまった。


 ――……オ゛オ゛オオオオオオオオオオ……!!


 怪物がドラゴンを地上へと放り投げた。その先にはまだ無事な建物があるのだが、それもまた破壊されてしまう。

 破壊音と悲鳴がドラゴンに聞こえてくる。それで人々を巻き添えにしたと自覚したが、もうとっくに遅い。


『……悪霊だ……奴は……』


 ワイバーンやドラゴンを葬り去り、周囲に天災をもたらす異形の存在。おぞましい咆哮と相まって、まさに悪霊その物。

 さらに怪物が逃げ惑う人間へと振り向き、四本の突起物を繰り出している。その先端から繰り出す光線が街を焼き払い、断末魔の雄叫びを上げさせている。


 阿鼻叫喚の地獄を、ドラゴンは意識が失うまで聞くしかなかった……。

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