14 少女の葛藤

 それは、数時刻前の事であった。




 ある地方に、岩に覆われた山が存在する。

 植物が育ちにくいのか、山肌には雑草くらいしか生えておらず、砂などで荒れている。その頂上で、彼らは留まっていたのだ。


「グウィバー様、ただいまワイバーンが戻ってきました」 


 青いローブを身に纏っている初老の男性。名前はズメイと言う。

 頂上に立っていた彼が、自分へと向かってくるワイバーンを発見した。そのワイバーンがズメイの元に着地し、鳴き声を上げてくる。


「……獣は依然として、ジーナ様のおそばを離れないようです。何でも街の中を歩き回っているようで……」

『……そうか……』


 ズメイが振り向く先には、多数のドラゴンがいる。

 赤色の鱗を持った個体に、黒色をした個体。中には鱗ではなくエメラルド色の羽毛をした個体もいる。その中に、白い体色を持つドラゴンが佇んでいた。


 角がまるで王冠のような形をしており、口元に髭が蓄えている。翼は三枚……いや正確には、根元から斬られた翼の跡が残っているので、元々は四枚である。


 名前はグウィバー。数あるドラゴンの中で最も強力な存在であり、いわゆる族長に近い存在である。

 これまで幾度の戦いに身を投じており、その影響で翼一枚をなくしたのだ。


『……我が妻が残してくれた娘が、そんな事をするとはな……。思春期のせいか、あるいは単なる好奇心なのか……』


 グウィバーが嘆くように、その大きな口から呟く。

 彼の側近であるズメイはどう答えようか迷っていた。昔に亡くなった主の妻なら答えてくれるだろうかと、そんな考えがよぎる位である。


「ドラゴンの一族と言えども、私のように半竜の身。人間並みの好奇心や愛情を備え持つ事でしょう。それが普通の人間やドラゴンが相手なら、どれ程よかったのか……」


 そう言ったズメイが、主人の娘の事を思い出す。


 はるか昔、グウィバーは人間の女性と恋に落ち、一人の娘を授かった。「ジーナ」と名付けられた彼女はドラゴンに囲まれながらもすくすくと育ち、勇猛さと優しさを備えた立派な人物となったのである。

 だがズメイ達ドラゴンの寿命は、人間の数十倍。グウィバーの妻が老化によって亡くなり、ジーナは愛する者を一人無くしてしまった。


 ――……ジーナ様、あなたという方は……。

 

 そんな彼女が愛する人を作るのは、ズメイは否定的ではない。むしろそういう事には大歓迎である。

 しかしこればっかりは度が過ぎている。まして相手が、自分達以上のとんでもない存在でもあるから尚更だ。


『……このままではらちが明きません。そろそろ強行突破しましょう!』


 赤い体色をしたドラゴンが、声を張り上げてきた。

 ズメイとグウィバーが振り返ると、他のドラゴンも言い出す。


『これは姫様ではなく、我々……いやこの世界の問題です! 奴を野放しにしたら、どれほどの災いがもたされるのか……!!』

『奴は悪霊だ!! 世界をも破滅に導く邪竜以上の存在です!! ここで躊躇う必要などないはず!!』

『グウィバー様、ご命令を!! 我々にあの者を倒せとご命令して下さい!!』

『我々はどのような存在であれ、退く気はないです!! どうかご命令を!!』


 ズメイは黙ってドラゴンの意見を聞いていた。それからグウィバーへと見上げると、彼が口元を固く結んでいる。

 ズメイとしてはドラゴン達と同意見である。長い事ワイバーンを使って観察していたが、それで邪竜エキティムを赤子のように捻り潰したという報告が出てきた。仮にその力が世界に向けられたら、どのような結果になるか。


 は一刻も早く消さなくてはならない。そればかり考えながら、ズメイは心底ウズウズしていた。


『……ならば、私からの指示を聞いて欲しい』

「指示……?」


 グウィバーの言葉に、ズメイが聞き返す。

 それからその指示を、黙って耳を傾けた。

 



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『……お父様……』


 ズメイの後を追っていたジーナと龍巍。


 その森にたどり着くと、グウィバーと呼ぶドラゴンが佇んでいる。彼こそがジーナ自身の父親であり、最も尊敬している対象。


 いつしか彼女が人間の姿に戻り、その父親を見上げた。

 

「……お父様とズメイだけでしょうか……他の者は……」

『……部下は指示で引かせてもらっている。なるべく大勢でいない方がいいと、私が判断をしたのだ』


 そう言ったグウィバーの隣に、ズメイが降り立つ。


 その姿が青白い炎に包まれ、小さくなっていった。炎が消えると、青いローブを纏った男性の姿になる。

 彼もジーナと同じく半竜で、ドラゴンと人間の姿を使い分ける事が出来るのだ。


「旅に出てから一段と成長なされたと思います、ジーナ様。早速ですが、我々が出向いた理由はもうお分かりですな?」

「…………」


 そう言われて、ジーナは龍巍を見た。

 龍巍の方は黙ってグウィバーとズメイを見ているだけ。少なくとも攻撃の意思は全く見せていない。


「……リュウギ……ね」

「左様……もう察しが付いていると思いますが、その者は幼き頃に語った邪悪な異界の者です。その腕一振りで、世界を業火に焼き尽くす……」

「…………」


 そう、ジーナは幼い頃にズメイから聞いている。

 事の始まりは、草原を見た後に起こった閃光。その時に、彼がおぞましい物を語るような表情をしていた。




『伝承……というよりも噂の類ですが、はるか昔、最高神エルダーが異界を目にしたとおっしゃっていたようです。それが単なる偶然か魔力のせいか分かりませんが、あの方は確実に見たと……』


『異形の怪しき獣がひしめき、飽くなき戦いを続けているおぞましい世界。ここのように美しい物も壮大な物も何もない、ただ力と力がせめぎ合う場所とされています』


『今の閃光は、その異界の余波とされています。閃光が発生するという事は、その忌まわしき獣が世界に舞い降りる。エルダーはその最悪な可能性を信じております』


『ですのでその獣が現れた場合、我々が必ず討伐しなければなりません。さもなくば、この世界が灰と化すでしょう……』




 怪しい獣がひしめく世界。

 これは以前に聞いた、龍巍自身の世界と一致している。さらに龍巍がその獣という事は、姿を見た時から分かっていたのだ。


「あなたはその化け物が出現した事を知り、そしてそれに出会った。それだけならまだしも、何故か我々ドラゴン族に差し出そうとはせず、一緒に旅を続けてしまった」


 ズメイが怒りのこもった目でジーナを見る。

 付き人の彼が滅多に見せない、激しい感情の証だ。


「あなたは我々にとって、まさに光と呼ぶべき存在。亡きグウィバー様の奥方が残した遺産なのです。しかし、この場合は勝手が過ぎると思いますぞ!!」

「…………うっ……」


 反論しようにも出来なかった。ジーナは声を詰まらせるしかない。

 彼女自身、今までの行為がどれだけ危険なのか分かっていた。異界の住人である龍巍と共にいるなんて、他者からすれば狂っているとしか思えないだろう。


「……リュ、リュウギはこれから……どうなるの……?」

『……エルダーの封印術で、永遠に閉じ込めるつもりだ』


 答えたのは、ズメイではなくグウィバーである。

 ジーナは目を泳がせながらも、自分の父へと向けた。


『その獣にはエルダーも危険視されておるが、我々の攻撃は一切通用しないのだ。ならば封印術で闇の彼方まで葬り去るしかない』

「…………」

『ジーナ……これはお前だけではなく、この世界全体の問題だ。お前もドラゴンの一族なのだから、それが分かるはずだ』

「ジーナ様、その者を引き渡して下さい!! これはあなたの為であります、さぁ!!」


 ズメイから強く言われる。グウィバーも有無言わさない凄みを見せていた。

 ジーナの頭の中で、色々な感情などが渦巻く。ここで渡せばいいのか、それとも拒否をするのか。しかし父達の言う通り、龍巍が破滅に導くかもしれない。


 ならば「分かった」と言えばいいだろうが、そうなれば今まで共にした時間が無駄になってしまう。ジーナ自身どうすればいいのか、どう決断するべきか。


「……ジーナ様!!」


 ズメイの叫びが木霊する。それでもジーナは龍巍を見ながら迷ってしまう。

 だがそんな時、しびれを切らしたのかズメイの身体が、炎に包まれる。


「もういい!! どのみち捕獲は免れない、決行させてもらう!!」

「!? ちょっ……!!」


 ズメイがドラゴンに変化し、ジーナ達へと向かってくる。

 咄嗟に、ジーナは龍巍の前に出ようとした。その間にもズメイの太い腕が迫り、龍巍を捕えようとする。


 しかしその腕が垂れてしまった。


 ジーナは何があったのか頭上を見る。そこにはズメイと、その彼の首を掴んだ龍巍がいる。


『敵……これは敵だ……』


 一瞬にして真の姿に戻った龍巍が。

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