15 一緒にいたいという気持ち

『グッ……おの……れ……』


 龍巍の手の中で、ズメイがもがき苦しんでいる。


 彼らは龍巍を危険な存在だと断定してきた。そうして敵意を持ち、襲い掛かろうとしている。

 それにこのままだとジーナも巻き込まれる……そう龍巍は判断した。あの夜にした「ジーナ自身を守る」という約束を、今果たさなければならない。


 このドラゴン達は龍巍にとっての「敵」。敵は倒さなければならない。


『……ならばこれで!!』


 ズメイの翼が、龍巍を包み込むように覆う。

 すると翼から炎が発生し、龍巍の全身を燃え上がらせた。視界には炎だけしか映らなくなる。


『リュウギ!!』

『このまま……貴様を確保する!! 決して逃がしはしない!!』


 炎の外から声が聞こえてくる。どうやら自分をどうにかしようとするつもりらしい。

 それでも龍巍は強制的に炎を払い、ズメイをなぎ倒した。地響きと粉塵を撒き散らされる中、彼の身体がグウィバーへと転がり込む。


『ズメイ!! おのれ!!』


 グウィバーの口が開かれると光が放たれた。それが光線となって龍巍に向かう。

 光線が龍巍の胸へと直撃し、周りの森林へと拡散。樹木が煙を上げながら蒸発させてしまう。


 しかしそんな中で、龍巍は意を介さずグウィバーへと突き進む。


『やはり!! やはりこいつはあらゆる攻撃を……ぐわっ!!』


 グウィバーの胸辺りを踏み付け、動けなくさせる。

 さらに力を入れると、飛び散る地面と樹木。同時にダメージになったようで、グウィバーから苦悶の声が上がった。


『敵は……倒さなければ……』


 敵を葬るべく、龍巍は武装をゆっくりと振り上げる。

 そのまま振り下ろし、グウィバーの首を掻っ切れ――龍巍の中に存在する破壊本能が、そう命令をしている。その命令のままに武装を振り下ろし……






「リュウギィイ!!!」


 龍巍とグウィバーに挟まれるように、一人の少女が立ち塞がる。


 龍巍がよく知っていて、よく共にして、よく楽しんでいたジーナ。彼女へと武装が突き出される前に、龍巍は咄嗟に止める。


『…………ジーナ……』


 切っ先が頬が触れ、赤い血が流れだす。それなのにこちらを見上げたまま、グウィバーから全く離れないジーナ。


 もし攻撃を止めていなかったら、今頃彼女は死んでいたかもしれない。


 その事実を知った時、いつしか龍巍は後ろへと下がってしまう。仮にそんな事になってしまったら、もう二度と教えてもらう事がなくなってしまう。


 それに何よりも……、


「……お父様!! ズメイ!!」


 ジーナが振り向く先に、グウィバーとズメイがうずくまっていた。

 その彼らが顔を上げた時、ジーナがハッキリと伝える。


「私はリュウギを封印するのに反対です!! 異界の存在である彼を封印出来る保証がありませんし、何より危険性もないんです!! もう少し……もう少しだけお考え直してください!!」


 その直後、返事を待たずしてドラゴンの姿へと変身する。

 すぐに龍巍を掴んで夜空を飛び立つ。一瞬にしてグウィバーとズメイの姿が見えなくなってしまい、森の上を越える。


 目の前の山をも通り過ぎ、川をも通り過ぎる。やがてさっきまでいた場所がどこなのか分からなくなる程、岩に囲まれた場所へと降り立った。

 その彼らの姿は、暗い洞窟の中へと吸い込まれる。


『……ジーナ……』

『…………』


 洞窟の中、互いに見つめ合う龍巍とジーナ。

 二人同時に人間の姿に戻った時、ジーナが抱き締めてくる。彼女の温もり、彼女の柔らかさ、どれも龍巍にはない人間的な温かさが、そこにあった。


「……ジーナ……俺は……」

「分かっている!! あれは気にしていないわ!! 大丈夫! 本当に……大丈夫だから……」

 

 ジーナの抱き締める力が強くなっていく。まるで二度と離さないと言わんばかりに。

 さらに感じる温かい物。龍巍が注意深く見てみると、彼女の目から雫が流れている。


 龍巍ですら流した事がない、未知の現象。


「それは……何だ……?」

「…………これ……でしょう……?」


 ジーナがその透明な雫を触れる。

 気のせいか、言葉が途切れているように思えた。


「……これを……答える前に……あなたに言いたい事があるわ……」

「……言いたい事?」

「……あの時に……私があなたが出会ったのは……交流を深める為じゃない……私は……




 あなたを始末しようと会いに行ったの……」


 それは告白。ジーナが龍巍に会った時の事を、途切れ途切れの言葉で語る。


 ワイバーンから異様な存在が現れたと聞いた彼女は、情報を入手しながら対象の足取りを追っていた。それで最後に見たという場所に着いた所、無数の火球を喰らっている怪物……すなわち龍巍を発見したのである。

 

 ドラゴンでもワイバーンでもない、それでいて全てを破壊するような攻撃的な姿。ジーナはそこから昔聞いた「異界から現れる存在」だと確信し、それをどうにか倒そうと考えていたのである。

 しかし怪物は、無数の火球を喰らっても傷一つ付かなかった。いくら強力なドラゴンでさえ、あのような攻撃を喰らえば表皮を焼かれる。攻撃を喰らっても平然といられるのは、最高神であるエルダー位である。


 ただ怪物はどんなに攻撃をされても、攻撃の意思を見せていなかった。「異界から現れる存在は凶暴かもしれない」と思っていたジーナだったが、試しにコミュニケーションを取ろうとする。


 それから龍巍が知っての通りだった。そして今までの行為にちゃんとした理由があると、ジーナが語る。


「……あなたが文明や感情を理解して馴染めば……エルダーやお父様が討伐を保留すると思っていた……。だって仮に彼らが討伐に乗り出したら、あなたが彼らではなく……世界にも牙を剥く可能性があるんだから……」

「…………」

「でもあなたと一緒にいる内に……温かい気持ちが感じてきた。自分達と違う異形だって、世界を滅ぼすような存在だって分かっていたのに……あなたと一緒にいたいって気持ちになる。……これは、その一緒にいたいという気持ちと、世界を守らないといけないという板挟みで起こった『涙』……悲しい時に流す物……なのよ……」

「……涙……」


 悲しい時に流す。何故ジーナがその涙を流しているのかが、龍巍にもよく分かった。

 またもや一つ、人間の感情を理解していく。しかしそれとは別に分かってきた事があった。


 今ならやっと言える。そう龍巍は思う。


「……俺にはもともと一人だった」

「……?」

「……戦いしなかった俺の元に、お前が現れた。最初は取るに足らない存在とは思っていたものの、次第に特別な存在になっていたんだ……。







 お前がさっき伝えてくれたその気持ち……もしかしたら俺の中にあるかもしれない……」


『一緒にいたい』。いつしか龍巍はジーナに対して、そう思うようになった。

 共に旅をして、共に食事をして、共に楽しんで、それが何もなかった龍巍の中に、色々な物を生ませてくれた。


 ジーナは、龍巍の中で最も大きくなっていたのだ。かけがえのない……たった一つの存在に。


「……リュウ……ギ」


 ジーナが涙を流しながら出した、か細い声。

 途端、彼女の両手がそっと龍巍を触れていく。それに龍巍が気付いた瞬間、彼女の顔が近付いてくる。


「唇……動かさないで……」


 一体何故なのか。それを聞く前に、口を塞がれた。

 ジーナの唇から、今までになかった柔らかさが余す事なく感じられる。彼女の気持ちというのが、さらに分かってきたような気がした。


「……ハァ……これはキス……あなたと一つになりたいって証なの……」


 そっと唇を離すジーナ。彼女の吐息が龍巍へと伝わってくる。


「あなたと愛したいと言ってもいい……。例え別の種族でも……災いをもたらす存在でも……私はあなたを愛したい……さっき見た異類婚姻譚のように……」


 顔を赤くしながらも、彼女が自分の衣服に手を掛けた。

 そのままゆっくりと、慎重に脱がし始める。


「今からその愛し方を教えるわ……だから言われた通りにやってみて……ね」




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「よし、こんなもんか……」


 近隣の村に住む男性が、額の汗を拭った。

 

 彼の他には仲間達がおり、共同で折れた樹木を運び出している。今彼らは、樹木の中に埋もれていた謎の物体を掘り出そうとしているのだ。


「しっかし、何だこれは……。どう見ても作り物のように見えるが……」


 その物体は、家をも超える大きさをしていた。しかも形からして、生物の頭部のようにも見える。

 金属質な質感で、まるで血濡れのように赤黒い。目は黒く塗り潰されているようだが、いずれにしても巨大な仮面のような趣きがある。


 さらに頭部の後ろから、灰色をした四本の突起物を生やしていた。生物とは程遠い姿なので、どう見ても誰かが作った物だろうと男性が判断する。


「何でこんなのが木に埋もれていたんだろうな? あの嵐と関係あるのだろうか……」

「さぁ、帝国から流れたんじゃねぇのか? あそこ演劇用の張りぼて作っているらしいし」


 嵐が来る前はなかったので、仲間達が不思議に思っている。しかし作り物と思っている男性がそう言い返し、物体へと駆けこんだ。


 樹木や土砂に埋もれていたので、少々汚れがこびりついている。一応男性達で払い落したのだが、綺麗にすればハッキリとした赤色が見れるかもしれない。


「……何か状態とかよさそうだし、売りさばいてみるか? まぁ、こんなゲテモノを欲しがる奴はいねぇと思うがな」


 そんな話を持ち込むと、一同から笑いが飛び交う。男性も笑いながら物体の目を覗いた時、


 それが青白く光った。


「……えっ?」


 そう認識した時、自分の身体が押し潰されたような感触を覚えた。


 ここから先、男性は何も分かっていない。ただ言えるのは彼が死んでしまった事、仮面のような物体が動き出した事、彼を殺したのが突起物の一本という事。


 そして、男性達が恐怖に駆られてしまう事だった。

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