03 美麗の白竜

『その姿は……』


 龍巍と似たような姿をしていたジーナが、今は人間という存在に変わっている。

 自分では出来なかった変化に、驚きを隠せない。龍巍が頭部を寄せてみると、ジーナが少しだけ下がった。


「ちょ……そんなに珍しいの? というか顔が怖いわね……」

『俺の世界に、そんな極端な変化をする奴がいなかった。一体どんな力を持って、そんな事を……』

「ああ、これは私の母親が人間だから出来た事なのよ。人間とドラゴンのハーフは両方の姿を持って、両方とも真の姿でもある……。それよりもあなたの名前は?」

『……龍巍』

「リュウギ……変わった名前ね。まぁ、それはそれとして……」


 突然、ジーナが龍巍へと跳躍した。

 彼女が肩に乗っかり、体表に手を触れる。さらに「ほう」と声を出しているのが聞こえた。


「なるほどね……私達ドラゴンと違って、金属質の装甲で包まれている……。まさに『怪しい獣』ね……」

『……?』


 その怪しい獣という単語に、龍巍が少しだけ引っ掛かった。

 一方でジーナが何かを取り出して、装甲に傷を付けようとしている。

 

『何をやっている?』

「ナイフで削ろうとしているのよ。カスを採取すれば調べる事が出来るかも……って、キャッ!?」


 ナイフという物で装甲を削っていた時、急に根元から折れた。

 その先端が落ちていくのを見ながら、ジーナが呆然としてしまう。


「ドラゴンの鱗で作ったナイフなのに……というか壊しちゃった……」

『壊してしまうと何がいけないのだ……?』

「あれ、高かったのよ……。はぁ、街に行って買い直さないと……」

『街……? 街というのは……』

「えっ? それは人間の住む場所……あなた、知らないの……?」


 ジーナが怪訝そうに見つめてくる。 

 そう言われても、「街」という言葉など龍巍の世界にはなかった。そもそもジーナの言っている事は未知の単語だらけで、全く理解が出来ない。


『この世界に関して何もかも知らない……。ここは一体どこで……お前達は何者なんだ……?』

「どこって言われても……この世界に名前がないからね……。まぁ、強いて言えば『竜に守られし大地』って所かしら?」

『竜に守られし大地……?』

「そう。よかったら、色々教えようか?」


 彼女の身体がまた輝きだしたかと思えば、再びドラゴンになった。

 舞うように飛んでいき、「付いて来て」とばかりに顔を向けてくる。龍巍は彼女へと向かい、一緒に飛ぶ事にした。


『竜に守られし大地……その名の通り、ドラゴンを頂点とした世界なのよ。私のような半竜もいれば純粋なドラゴン、下級ドラゴンのワイバーン、そしてさらに凶暴性の高いワームが暮らしている。ほら、あれがワイバーンの群れ』


 ジーナの顔が左へと向いた。彼女の言う通り、ワイバーンの群れが飛んでいるのが見える。

 そちらはさっきの群れとは違い、龍巍に敵意は示していない。むしろ恐れてか、距離を開けているようにも見えた。


『もちろん人間も暮らしているわ。人々はドラゴンが残した物を使って、あらゆる道具にしている。例えばドラゴンから落ちた鱗を鎧、抜け落ちた牙を短剣にするとか。そうした影響か、ドラゴンを神聖視する傾向にあるのよ』


 次に手を使って、地上を示した。

 見下ろしてみると、人間の集団がある。作り物と思われる巨大な何かに囲まれながら、あちこちを行き来しているようだ。


『先ほど、あの村からあなたを発見したって聞いたわ。今は雲のせいか、私達が見えないようだけど』

『……村。あの変わった地がそうなのか……』

『村だけではないのよ。街があるし、国もある。皆、お互いを助け合いながら生きているの』

『お互いを助け合う……』


 そんな言葉など全く聞いた事がない。

 意味が分からなかった龍巍をよそに、ジーナが旋回する。どうやらさっきのように断崖へと降り立つようである。


『そう。そうして人々は文明を築き上げながらも、世界を守っているドラゴンと共存する。その結果が、この世界その物よ』


 龍巍もその場所へと降り立つと、「世界」というのが見えた。

 目の前に巨大な光が差し込んでいる。光が世界というのを包み込み、未知の領域を踏み込ませるような感じをさせる。


 何もなかった龍巍の世界とは全く違う。敵しか求めていない彼に、興味というのが出来た。


『……こんな世界……初めて見る』

『でしょう? ここは沈む太陽が絵になって、とっても綺麗な場所なの。生きている間に見ておけって言われる位よ』

『…………』

『さてと、そろそろ時間だわ。ここで野宿するね』


 再び聞き慣れない言葉を出した後、ジーナが自分の口に手を当てていた。

 その手を離すと、いつの間にか何かが取り出されている。


『何をしている?』

『ん? 小道具を身体の中に閉まってあったのよ。消化器官とは別の所にあるから消化しないし、人間の姿になっても痛くないから便利でね』


 どうやら身体の中に、そういった物をしまう能力があるらしい。

 それが龍巍にとって不思議だったが、次々と出てくる話であまり気にしていない。


『睡眠とは何だ……?』

『そりゃあ寝る事……本当に何も知らないのね』

『俺は戦う事だけしか知らない。お前のような奴は初めてだし、何もかもが未知の対象だ……』

『……そう……』


 一瞬、彼女の目がピクリと動いたような気がした。

 そのジーナが、ドラゴンの姿から人間の姿に変わる。そのまま何か準備をしているようなので、龍巍は彼女を観察する事にした。

 

 すると彼女が、その顔を向けてくる。


「リュウギ……何も分からないんだったら、私が全部教えようか?」

『何……?』

「例えば今用意しているのは鞄。色んな物を入れる事が出来て便利よ。それで木から切り取ったまきに、干した魚、肉、寝具。こんな風に、私が隅から隅まで教えていくわ」

『……教える……』

「ええ。あなた、何も知らないでしょう? それにこの世界には色んなもんがあるし、教えられてもいいかなって。そうすれば色々と上手く立ち回れると思うわ」

『…………』


 そう言われて龍巍は考えた。

 確かにこの世界について何も分かっていない。世界の住人であるジーナに教えてもらえば、後々の事に役立つかもしれないだろう。


「ただ教えるにはね……」


 そんなジーナが龍巍へ近付いてきた。

 自分の足を触れつつ、その顔を上げる。


「私と一緒にいなければならない。離れるのは駄目よ」

『一緒に……』

「そう。この世界があなたにとっての未知であるように、あなたの存在が私達にとっての未知でもあるの。あなたのような怪物が無暗に飛んでしまったら、人々の間にパニックが起きる。……まぁ、私みたいに人間の姿になれればいいんだけど……」

『……そういう事か』


 何となく言いたい事は分かった。自分が世界にとっての怪しい獣……要は怪物なのだから、人間達が恐れるという事なのだろう。

 それでジーナのように人間の姿になると、そういった事がなくなる。


「私はご飯食べた後に寝るから、絶対に離れない事。と言っても寝ていても気付くけどね」

『ああ……』


 龍巍が返事をした後、ジーナが足から離れた。

 彼女を見つめていた龍巍だが、ふと上を見上げる。するとさっきとは違い、明るかった空が暗くなり始めていた。


 その変化には、龍巍に好奇心が芽生える。同時に気になる事もあった。


『……人間か……』


 そう呟いた言葉は、ジーナには聞こえなかったようだ。

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