02 怪物の群れ

 とある辺境の村。

 

 木造の家が立ち並び、畑に囲まれたごく普通の場所。そこではある話がもちきりになっていた。

 それを村に立ち寄った、一人の放浪人が聞いている。


「先ほどのドラゴンのような化け物……一体何なんだ……?」

「さぁな……あんな存在なんてあり得ないだろうし、もしかしたら集団幻覚だったのかもしれない」

「突然変異っていう線はないのか?」

「それなら話くらい聞くと思うんだが……」

「いや、あれは災いの前兆だ!! 近い内にそんな事が起きるのかもしれない!!」


 どの話も「ドラゴンのような化け物」関連のようだ。よほど見た事がない存在のようで、話題が尽きる事がない。

 放浪人がそれに興味を抱き、集まっている男性達へと駆け寄った。すぐにその話を聞こうとする。


「すいません、その話を詳しく聞かせてくれませんか?」


 放浪人は少女だ。


 光り輝くような純白の長髪を、後ろに束ねている。青い軽装から見せる身体つきは、華奢で色白。さらに整った美貌をしている。

 彼女が尋ねた時に男性達が「おお……」と変な声を出したが、すぐに応じてくれた。


「今さっき、変な怪物が上空を飛んでいたんだ。そいつは何もしないで行ってしまったけど……」

「何もしないで……どの方角に向かいました?」

「ああ、あっちかな? ちょうどあの山の辺りだ」


 少女が見てみると、一つの山が見えた。山頂が厚い雲に覆われている。

 

「あそこですね。どうもありがとうございました」

「ああ、でも気を付けろよ。あそこには邪竜の傘下であるワイバーンが潜んでいるらしいぜ。あんた見た所丸腰のようだが……」

「いえいえ、直接行く訳ではありませんので、その辺は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「あっ、おい……」


 少女は男性や村から離れた。

 先ほど山には行かないと言っていたが、実は嘘である。彼女の目的は、山にいるらしい怪物を探す事なのだ。


「いてくれればいいけど……」


 山にいる事を祈りながら、少女はある木の陰に隠れる。

 その後、身体が白く輝きを増した。

 



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 気が付けば、龍巍は巨大な山へと降り立った。


 先ほどまで敵を探していた彼だが、それが一向に見当たらない。特に用がある訳ではないが、その場所に留まる事にした。


 ――一体どうなっているんだ……この世界は一体何なんだ……。


 戦いも力も感じられない世界というのが、彼に違和感を感じさせた。

 次第に、自分が異物だと実感する事となる。敵がいない以上、何も出来ない存在になるかもしれない。


 そう考えた龍巍が、ふとある物を見つけた。窪みへと流れ落ちる液体だ。


 ――……これは……。


 液体の表面が、龍巍自身の姿を映していた。


 無機質で獰猛な頭部。頭部を中心に、三本の角を生やしている。

 身体中が黒ずんだ体表に包まれており、背中には一対の突起物が並んでいる。腕には鋭い武装を生やしており、後部には尻尾。


 元の世界には自分を映す物がなく、どんな姿なのかというのが分からなかった。それがやっと分かった途端、龍巍は不思議な感覚に陥る。


 ドォン!!


 龍巍の身体に何かが当たる。

 気付いた彼が見上げると、いつの間にか空模様が変わっていた。さっき見た両翼の小さい者が、群れを成しながら取り囲んでいるのである。


 ――ギャオオオンン!! ギャオオオオン!!

 ――ギャアアアアアア!!


 それらが奇声を発しながら、龍巍の周囲を飛び回っている。

 龍巍は何しているのかと見ていたが、不意に一体が向かってきた。口が開いたと思えば、燃える玉が放たれる。


 先ほど直撃したのは「それ」のようだ。それが龍巍の頭部に直撃するが、特に何も感じない。


 ――ギャアアアアア!!


 両翼の者達が次々と燃える玉を放った。身体中に喰らうのだが、やはり感触が感じられない。


 龍巍はそれらが、自分を攻撃しているという事は分かっていた。しかし元の世界とは違い、防ぎたいという気になれない。

 そうして燃える玉を受け続けるごとに、攻撃の回数が減ってきた。両翼が無意味だと分かったのかもしれないが、未だ周囲の旋回を続けている。

 

 様子見かそれとも恐れか。龍巍もまた、それらに対して様子を窺っていた。

 

 ――……?


 突然、その動きに異変が生じた。


 どれも旋回をやめて、頭上へと見上げている。不思議に思った龍巍も見てみると、何かがこちらへと向かってきている。

 まるで光のように輝いており、後部から光の線が引いている。さらにそれを見ていた両翼の者達が、恐れをなしたかのように逃げ出していった。


 群れがいなくなったと同時に、光が龍巍の前へと佇む。


 ――……こいつは……?


 顔つきや体躯や巨体。それらが龍巍によく似ている。

 しかし背中には、突起物の代わりに四枚の大きい翼。体表は輝くような純白をしており、顔つきもどこか穏和。


 龍巍自身に似ているが、同族特有の気配は一切感じられなかった。先の両翼と同じような存在かもしれない。


『……あなた、言葉が分かる?』


 それが言葉を発してきた。

 龍巍はその意味が分かり、何とか答えようとする。


『分かる……ハッキリと聞こえる』

『よかった……だったら私に付いて来て。ここは安心出来る場所じゃない』

『……お前は……』

『話は後。早く』


 その者が背を向け、空へと飛び立った。


 龍巍は仕方なく、後を付いて行く事にする。その光輝く者と空を飛び続けていると、切り立った断崖が見えてきた。

 相手がその場所へと降り立つ。龍巍も同じようにすると、その者が彼に振り向いてきた。


『……襲い掛かってこないのね』

『何……?』

『いえ、何でもない。それよりも自己紹介はまだだったよね。私はジーナ……ご覧の通りドラゴンよ』

『ジーナ……ドラゴン……?』


「ジーナ」というのは、「龍巍」と同じように自分を表す名前だろう。

「ドラゴン」についてはよく分からないが、話の流れからしてジーナを示す物か。


『……先ほどの奴らも、ドラゴンと言うのか?』

『ああ、あれはワイバーンよ。ドラゴンは前足と翼が分かれているタイプ、それでワイバーンは前足が翼になっているタイプ。ちなみにスピードは彼らの方が上で、パワーは私達って感じかしら』

『……そうか。それよりもこの世界は……』

『ああ、ちょっと待って。すぐに終わるから……』


 ジーナがそう言った後、その身体が光に包まれた。

 身体が徐々に小さくなっていき、光が消える。すると中から、あの小さい存在の姿が見えてきた。


「お待たせ。ドラゴンの姿よりも、人間の姿が楽で……。さて、話の続きをしましょうか」


 全く違う姿になったジーナ。

 その顔を上げながら、龍巍へと促してきた。

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