第一章 戦う事しか知らない怪獣

01 見た事ない世界

 それは、龍巍が少女に会う前の出来事だった。




 身体を埋もれた彼は、いつしか闇に包まれていた。一体どこなのか、自分がどうなってしまったのか、それすら分からない。

 しばらく続くと思われたその時、闇が視界から晴れた。だが思いもよらない事態に巻き込まれる。


 ――……! どういう事だ……?


 龍巍の身体が落下していた。


 何が起こったのか彼には分からなかった。しかしこのままでは埒が明かないのも、また事実である。

 ひとまず備わっている飛行能力を駆使し、落下を阻止した。そうして自分の身体を浮かせると、視界にはとんでもない物が広がっている。


 ――……ここは一体……?


 文字通り力と力がせめぎ合っていたあの世界。それとはまったく違う風景だった。

 龍巍の頭上には、青色に構成された空。今まで感じた事がない、何とも言えない空気。下を見れば、緑で構成された地。


 そして肝心な事に、自分以外の敵が全く見当たらない事だ。奴らがどこに行ってしまったのか、龍巍には見当もつかない。


『おい、あれを見ろ!!』

『何だあの怪物は……!? ドラゴンともワイバーンとも違うぞ……!!』

『災厄の前触れかもしれない!! 見てはならぬ!! ほら、さっさと家に戻るんだ!!』


 音と違う何かが聞こえてくる。

 どうやら下からようなので、龍巍はそこを見下ろした。するとどういう事か、数体の見た事ない者達が集まっているようであった。


 ――何だこれは……言葉が分かる……。


 不思議と彼らの思考が読み取れ、それで言葉を発しているというのが分かった。

 あの過酷な世界に生き抜く為の能力かもしれないが、その辺どうでもいい。問題はその存在から、自分や同族の気配が全くしないのである。


 突然目の前に広がった世界。今まで見た事がない存在。そして敵がいないという違和感。


 これらから察するに、龍巍は全く別世界に放り込まれたようだ。あの闇の渦巻きが、彼をそうさせたのかもしれない。


『わぁ、大きい!! ドラゴンとは違う感じ!!』

『いいから子供達は戻れ!! 穢れが移るかもしれないぞ!!』


 小さい存在が何か口々に言っているようだ。


 しかし敵のように襲い掛かったりしない。彼らにはそういう習性がないのか、あるいは様子を窺っているのか。

 いずれにせよ、龍巍にとって害はないのかもしれない。


 ――俺はどうすればいい……? とにかく敵は……敵はいないのか……?


 害のない存在など、相手にしている暇などなかった。

 すぐに彼は空を飛び続ける。その姿を小さい存在が圧倒されているが、もちろん気にしてはいない。


 敵を欲している龍巍は、視界をくまなく四方八方に向けた。同時に気配を感じられるよう、意識も集中させる。

 しかしどうしても、自分の敵が見当たらないし感じられない。この世界には、どうやら同格の存在がいないようである。


 ――ギイイイイイイ!!


 しかし視界の奥に、何かが飛んでいた。

 数は三体ほど。どれも小さい存在とは全く異なり、両腕が翼状になっている。獰猛な顔つきで、脚には鋭い爪。後部からは尻尾が生えている。


 その姿は、明らかに敵を殺す為に形作られたような物だ。「それら」が遠くで飛びながら、龍巍へと奇声を発している。


 ――奴らも敵ではない。相手にしている暇はない。

 ――グルウウウウ……


 ざわめいている所が不愉快だった。龍巍はひとつ唸り声を上げる。

 そうするとそれらが怖気づいたようであり、龍巍から逃げ去る。唸り声だけで逃げてしまうようでは、敵にもならないだろう。


 ――敵はどこだ……どこにいるんだ……。


 そうして邪魔物がいなくなった今、彼は敵を求めてさまよい続けた。

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