04 怪獣とドラゴンの旅

『ジーナ様、これが我々が守りし大地であります』


 気が付けばジーナは、岩崖の上に立っていた。

 その奥には、自分達の世界が広がっている。辺り一面に広がる青色の草原。その中を走る動物達。奥に見える生い茂った森林。そして高くそびえる山。


『……綺麗……』


 何もかもが美しく、そして壮大だ。

 伝承では神々が作ったとか、多数の竜を苗床にして生まれたとか言われるが、この世界を見るとそれも頷けれる。まさに人智を超えた存在が作ったかのような、一種の芸術を思わせる。


 ジーナはその全貌に圧倒された。美しさすら感じてしまう。


『あなたは竜の父君と、人の母君から命を頂いた身。半竜という事になりますが、それでも世界を守る使命は忘れてはなりませぬぞ』

『うん、分かっているよ。その辺口酸っぱく言われているからね』

『ハハッ、そう言えばそうでしたな』


 隣にいる初老の男性は、ジーナの付き人である。両親と共に、彼女の家族とも言える存在だ。

 彼が微笑むと、ジーナもつられて微笑む。しかし不意の出来事に、彼女に驚きの表情が出る。


『ムッ……またか……』


 空から、一瞬の閃光が走ったのだ。

 目を瞑れる程ではないが、それでも幼いジーナには恐ろしい物だった。不安感をかき消そうと、付き人の腰を掴む。


『確か昔にも起こったよね……一体何なの……?』

『……もうあなたは成長なさった。そろそろ頭に入れてもよいのかもしれない』

『えっ? 何を……?』

 

 顔を上げると、付き人の表情が険しい物になっていた。

 彼がこんな表情をするという事は、何か大事な話をする前兆だ。ジーナは黙って彼の顔を見つめる。


『伝承……というよりも噂の類ですが、はるか昔……』




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「……グウゥ!?」


 突然、頭に痛みが走った。

 そのせいでジーナは眠りから覚めてしまう。すぐに頭痛のような物は収まったが、少し混乱をしてしまう。


「疲れていたせいかしら……それよりも……」


 痛みが発する前に見た夢。あれは自分が幼い頃の記憶だ。

 話の途中で遮られてしまったのだが、付き人の話はちゃんと覚えている。いや、正確には『覚え得ざるをない』とも言うべきか。


「…………そうだ、リュウギは?」


 見てみればとっくに朝になっている。同時に龍巍の事が気掛かりだった。

 ちゃんとそばにいるのか確認しようとした所、ジーナが固まってしまった。すぐ近くに誰かが立っている。


 鈍い灰色の髪を持ち、黒い衣服を纏った青年。顔立ちはジーナが惚れるほど美しいが、何故か両手を不思議そうに眺めている。

 彼が何者なのか、ジーナはすぐに尋ねようとした。


「あなた……」

「……ああ、お前の思考を読み取ってこの姿になった。意外と悪くない」

「えっ!? あなた、もしかしてリュウギ!?」


 何と目の前の青年はリュウギらしい。

 言われてみれば髪の色が、異形だった時の体色と一致している。瞳の金色も同様で、声も龍巍その物である。


「……あれ? でも出来ないって……」

「お前のような存在と思考を繋げるのは、俺も初めての事だ。そこから人間という情報を経て、この通りの姿になった」

「私と思考を繋げる……じゃあさっきの頭痛は、それのせいだったのね……」


 思考から人間の情報を手にするという事に、驚きを隠せなかった。この龍巍というのは、相当の能力を持っているという事になる。

 あらゆる事に戸惑っている龍巍だが、今度は彼女が戸惑ってしまう。


「……身体触っていい? ああ、いや、そういう趣味とかじゃなくて……」

「別にいいが」

「ああ、うん。失礼します……」


 感触を試そうと、龍巍の身体を触れた。

 ほとんど人間とそっくりであるが、体温が全く感じられない。ただ異形の化身でもあるので、そこは当たり前だと自己完結した。


「体温がないのを除けば、ほとんど人間……。へぇ、凄いじゃない」

「凄い……?」

「ええ。昨日言ったように、人外から人間に変化出来るのは、私のような半竜だけ。あなたはその……コピー? それだけで出来るなんてね……」

「……なるほど」


 龍巍が再び自分の手を見つめていた。よほど人間としての姿が気になるのだろうか。

 そんな彼を見ている間、ジーナは考え事をする。この姿なら街に入れるかもしれないが、何らかの拍子に異形の姿になってしまう恐れもある。


 やはり時間を掛けて、そういった事を教えるべきか。


「どうしたのだ?」

 

 考えている時に、龍巍が尋ねてきた。

 ジーナは咄嗟に首を振る。


「いえ、何でもないわ。それよりも先に進みましょうか。ドラゴンの飛行能力に頼るのは駄目だしね」


 とりあえず歩きながら考える事にした。彼にはまだ話す事がある。


「それより早速で悪いけど、この鞄の中に物を詰めてもらえないかしら? 私は寝具の布を畳んでいるから」

「……詰める」

「ここをこうして中に入れて……ほら、男なら頑張って。男なのか分からないけど」

「…………」


 龍巍がいまいち分かってそうな顔をしていたが、言われた通りに道具を詰めた。

 真の姿は恐ろしいが、割と素直な方である。ジーナはその姿に意外と思いつつも、自分の仕事へと戻った。


「さてと、そろそろ出発するわよ」


 小道具を詰めた鞄を持った後、ジーナ達は出発する事にした。それには近くにある森の中を、抜ける必要がある。

 森の中にはリスや鳥といった生物がいるのだが、何故かジーナ達が通り掛かると離れてしまう。よほど人間という生き物が珍しいか、あるいは龍巍の影響か。


「…………」

「…………」

「……ねぇ、何か質問とかない? 黙っていると疲れるというか……」


 森を歩いている中、二人は黙ったままだった。

 それがきつかったジーナが、龍巍に話を持ち掛ける。こういった事に華を咲かせたい気分なのだ。


「……ではさっきから何をしている?」

「集落や街に向かって歩いているのよ。私は修行目的で旅をしていてね……そういった所に回りながら、仕事をしたり休んだりするの。最初は不安もあったけど、いつしかこれが楽しくなってね」

「なるほど」

「本当に理解出来ているのかしら……。まぁ、旅をしている本当の理由は……」


 ――ギャオオオオオンン!!


 甲高い咆哮が、森の中に響き渡った。

 しかもよく聞いてみると、別の声も聞こえている。恐怖に陥っている人の悲鳴だ。


「話をすれば……これちょっと持ってて」


 龍巍に鞄を渡した。その後、自分の姿を純白のドラゴンに変化させる。

 四枚の翼を羽ばたかせて上昇すると、ある方向に二人の若者がいた。彼らが護身用のボウガンを持って戦っているようである。


 相手は、紫色をした二体のワイバーンだ。


 奇声と唾液を撒き散らしながら、火球を放っている。それを人間達が回避すると、草むらへと着弾してしまう。

 このままでは森が火事になる。ジーナはその場所へと急行した。


 ――キュオオオオオオオン!!

 

 咆哮を上げながら、ワイバーン達に剛腕を振るった。


 すると二体とも回避した後、ジーナへと火球を放ってくる。それに対して翼で身体を包み、火球を受け止めるジーナ。

 爆炎と轟音が森中に轟く。直後ジーナが黒煙の中を突入しつつ、ワイバーン達に接近。一体を掴んだ後、その首をへし折った。


 ――ギイイイイ!!


 残り一体が恐れをなしたのか、背を向けて逃げ惑う。

 もちろん人間を喰らおうとする存在を見逃すはずがない。ジーナは口を開けて、奥から白い光を放つ。そしてそれを一気に吐き出した。


 火球よりも威力の高い白い光線。逃げようとしたワイバーンに直撃させ、爆発させる。

 爆発したワイバーンは肉片すら残さず、文字通り蒸発させていった。

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