08 竜使いの少女

「よいしょっと……荷物運び、完了しました」


 荷車を置いた後、ジーナが額の汗をぬぐった。


 アンジェラに頼まれた仕事とは、ある一家の引っ越し作業だ。重たい荷車を運ぶ必要になったので、その一家がアンジェラの経営する『何でも屋』に依頼したという。


「いやぁ、助かったよ。あんた、女の子にしては力があるね」


 一家の主人が礼を言ってくれた。

 なお半竜としての身体能力があるので、重たい物を運ぶなんてお手の物なのである。もちろん正体がバレると厄介なので、ジーナは明かすつもりはない。


「いえいえ。長いこと旅をしているので、自然と体力が身に付くんですよね。外は邪竜配下のワイバーンがいますし」

「それはそうだな。それよりも彼、付いて来た意味があったのか……?」


 主人がそばにいる龍巍を気にしている。

 彼には仕事というのが出来ないので、ジーナの傍らにいるだけである。一家はそれが気になっていたという。


 もちろんジーナにも思う所があるのだが、かといって龍巍を店に置く訳にもいかない。アンジェラと会話になるだろうし、その会話が成立するのかも不明である。


「まぁ、彼は私のボディーガードなので。では私はこれで……」

「ああ、待った。これはチップだ。どうか使ってくれ」

「えっ、よろしいですか? すいません、ありがとうございます」


 チップを受け取られた事に、ジーナは嬉しく思う。

 そのままウキウキとしながら何でも屋へと戻ろうとした。なお怪訝そうに見つめる龍巍に気付いて、勝ち誇ったように笑みを浮かばせる。


「龍巍、今日は嬉しい日だわ。こんなにもたくさんお金がもらえたのよ」

「それは良い事なのか?」

「もちろんよ。旅の資金になるし、新しい服や食料だって買えるわ。よかったらあなたも服を買ってみる?」

「恐らく必要はないとは思うが……」


 呆れるように龍巍が言った。

 確かに彼が着ている黒い服も、擬態の類だろう。剥がせるかどうか怪しい所である。


「ならいいけど……。とりあえず店に戻って、後の事を考えるわ。街には長居する訳じゃないしね」


 旅をしているので、一週間後辺りで離れる予定である。

 そんな話をしている内に、何でも屋へと戻っていた。中に入るとアンジェラが出迎えてくれる。


「お帰り。いやぁ、今回は助かったよ。早く事務仕事を終わらせて向かおうと思ってたからさぁ」

「力になったようでありがたいです。ところでアンジェラさん一人で、何でも屋をしているのですか?」

「うんにゃ、実は旦那ともう一人いるんだがね。今は二人で仕事しに行っているけど」

「もう一人?」


 その人物が誰なのかと思っていると、背後から扉の音が聞こえた。

 振り返ってみると、男性と少女が入って来る。男性はアンジェラのようにふくよかな身体をして、口元に髭を蓄えている。


 もう一人はジーナと同じ歳くらいの少女だった。黒いショートヘアをして、顔つきが童顔で可愛らしい。小柄な身体を紺色のローブで纏っており、まるで童話に出てくる魔法使いを思わせる(なおこの世界には魔力を持った人間はいないが)。


「やっと来たかいな。紹介するよ、旦那のハッドと、あんたと同じように住み込みをしているマイアだ。二人とも、こっちが新しく入ったジーナとリュウギだよ」

「おお! またもやペッピンさんが来たんか! どうもどうも、うちがアンジェラの夫のハッドです」

「マイアです。よろしくお願いします」


 陽気なハッドに対して、マイアという少女は慎ましく礼儀正しかった。

 ジーナはそのマイアの服装を見て、思い当たる事があった。


「その服装、あなた『竜使い族』ね。という事は近くにワイバーンがいるはず」


 ある地方において、ワイバーンと共に暮らしている竜使い族が存在する。ローブはその部族の証なのだ。

 竜使い族は一人につき一体ワイバーンが付き添い、一生を過ごすとされている。


「あっ、はい! 実は言うとそうでして……なら出ておいて」


 マイアが扉へと声を掛けると、ひょこっとそれが出してきた。

 褐色の体表をした竜で、嘴と後頭部の二本角が特徴的。なお身体つきから、人間サイズのワイバーンという事が分かる。


 ただまるで怯えた子供のように、どこか挙動不審である。鳴き声もどこか弱弱しい。


「臆病なのね……」

「ええまぁ……アゾルと言うんですが、凄い人見知りなんですよね……。アンジェラさん達にもまだ慣れてなくて……。ほら、この人達は悪い人じゃないから堂々として」


 ――キュルルルルル……。


 アゾルが両翼を使って顔を隠してしまった。よほど怖がりらしい。

 基本ワイバーンは勇猛だったり凶暴だったりするのだが、稀に憶病な個体も出てくるらしい。個性と言えばそれまでだが、貧弱扱いにされる事もある。


 ただ対策がない訳ではない。ジーナはアゾルを怖がらせないよう、ゆっくりと近付く。


 ――ギュウウウ!!


「落ち着いてアゾル……何もしないから……大丈夫よ」


 臆病なワイバーンと接するには、まず敵意を見せない事。気配を感じやすい故に、そういった事が敏感なのだ。

 それからアゾルへと寄り添って、目線をなるべく同じ位置にする。慎重に顎を触れ、優しく撫でていった。


 ――……キュルウウ。


 顔を強張らさせていたアゾルが、次第に表情を緩ませた。

 やがてジーナの頬へと舐めてくる。舐めるというのは相手を親しんでいる行為……つまりアゾルが心を許したという事になる。


「フフッ……可愛い子ね」


 やっと安心が出来るようなので、両手で撫で回した。頬に信頼の証であるキスも与える。

 すっかり甘えるようになったアゾルが、頬ずりもしてくれた。彼に対し、ジーナは愛おしく思う。

 

「凄い……一瞬でアゾルと仲良くなれるなんて……」

「こういう事には慣れているからね。臆病だからこそ、包み込むように優しく受け止める。そうすればワイバーンが心を開いてくれる……そうでしょう?」

「……おっしゃる通りで」


 同じく竜に関わっているからか、マイアもその辺は分かってくれているはず。

 ジーナはそんなマイアへと近付き、手を差し伸べた。察した彼女も手を出し、握手を交わす。


「では改めて、私はジーナ。こちらは同じ旅仲間のリュウギ。不愛想だけど、悪い人ではないから」

「はい、ジーナさん。リュウギさんもよろしくお願いします」

「…………」


 握手を求めようとしたマイアに対して、龍巍は怪訝そうに手を見つめていた。

 今までからして龍巍は戸惑っているようだが、そのせいでマイアが困った顔をしている。ジーナは何とかしようと話題を変えた。


「ああ、それよりもアンジェラさん! 次の仕事はありますでしょうか?」

「いや、今の所はないし、そろそろ休憩に入りな。よかったらここから真っすぐの所に公衆浴場があるから、入ってみたらどうだい? 新鮮な地下水を使っているから、健康にいいって聞くし」

「浴場ですか。ぜひとも入り……」


 身体を清めたいので入ろうと思ったが、ふと思い留まった。

 普通浴場は男女別に分かれている。つまり龍巍はジーナと別れる事になるし、目を離す事になる。


 一応寝ている時は離れないのだが、急に探す事が出来ない浴場だと不安である。


「どうした、ジーナ?」

「あっ……ああ……リュウギ、これも約束出来る? 私達風呂に入っているから、あなたは出入り口前で待ってもらえる? すぐに戻るから」

「……分かった。約束する」

「本当に待っていてね。じゃあアンジェラさん、行ってきます」


 龍巍が素直に応じてくれた。彼と首を傾げるマイアを連れて外に出る。

 そのまま真っすぐにあるという公衆浴場を向かおうとした時、急にアゾルが声を挙げてきた。どうやら上空を見上げているようなので、ジーナ達も顔を上げる。


「あれってワイバーンですね。迷い込んだのでしょうか……?」

 

 ワイバーンが旋回するように飛んでいた。長い首で地上を見下ろしているようである。

 ただ何を思ったのか、その個体がすぐに飛び去ってしまう。そうして建物の陰へと入り込んでしまい、姿が見えなくなってしまった。


「…………」

「……どうしました、ジーナさん?」

「……ん? ああ何でもない……行きましょうか」


 ジーナは首を振って、再び歩き出す。

 と、そう頑なに思いながら。

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