第二章 怪獣と白竜の行方

07 帝国に到来

 ──ウ゛ウウウウウウ……。


 その凶暴な獣が宙を浮いている。

 

 空を覆い尽くす程の、巨大なドラゴンだ。紫色の体表をしており、身体中に水色に光る水晶が埋め込まれている。ドラゴンの証である両翼は、背中からではなく腰から生えていた。


「頑張って!! ここを抜ければ撒けれるから!!」


 そのドラゴンに、ワイバーンとそれに乗った少女が追われていた。

 樹木を避けながら猛スピードで飛んでいくも、ドラゴンがピッタリと後を付けている。まるで楽しんでいるようだと、少女が振り返りながら思う。


 彼女にとっては災難である。この一帯はドラゴンの縄張りではない為、大丈夫だろうとここまで来てしまったのだ。このドラゴンは縄張りから離れたのか、それともその拡大をしているのか、いずれにしてもとんでもないアクシデントに見舞われてしまった訳である。


 その時、ドラゴンが突如として口を開けてきた。喉の奥から火球が放たれる。


 気付いた少女はワイバーンを操り、火球を回避した。しかし再び放たれた火球が、ワイバーンの片翼を掠める。


「キャアアアアアア!!」


 ワイバーンがバランスを崩してしまい、地面に落下してしまう。

  

 少女が転がり込み、木にぶつかってしまった。意識が朦朧になりながらも、何とか正気を保とうする。

 すぐワイバーンを探すと、近くに倒れていた。傷む身体をむち打ちながら、そのワイバーンへと近付く。


 ──ハァアアアアアアア……。


「……!?」

 

 頭上から寒気がするような唸り声。見上げると、目と鼻の先にドラゴンがいた。

 ドラゴンが彼女達を殺そうと、その口を開けていた。もはや逃げも隠れも出来ない事態に、少女は夢中でワイバーンにしがみつく。


 ──……!?


 しかしドラゴンが、急に後ろへと下がった。

 直後、巨大な影が現れる。どうやらドラゴンを攻撃しようとしたのだが、それが回避した為に空振りに終わる。


 その攻撃の為に使ったのは、腕にはめ込まれた剣と盾が合わさった武装。

 どのドラゴンにもない武装に、少女は驚きを隠さない。そしてその姿を見上げた時、彼女は呆然としてしまった。


 ──ギュウオオオオオオンン!!


 自分を助けてくれた獣は、ドラゴンでもワイバーンでもなかった。




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「ようこそ、人間の街……トラヴィス帝国に」


 ジーナが指し示すように、大きく手を突き出した。

 龍巍は彼女が示した方を見渡す。そこにあるのは、今までの村とは違う大きな建物、大勢の人間達、そして今まで違う活気。


 彼女曰く、ここがトラヴィス帝国という。名前は大陸の名前から取ったらしく、もっとも美しい国として有名な場所らしい。

 

「……こういう所もあるのか」


 今まで村が人間の住処と思っていたので、こんな場所があると龍巍は思いも寄らなかった。

 そんな呆然とする彼の傍ら、ジーナがクスリ笑いする。


「あの奥に見える巨大な建物があるでしょう? あれがこの国の宮殿で、皇帝陛下がいるのよ」

「聞いた事がない名前だ……何だそれは?」

「まぁ、人間の中で一番偉い人って言えば分かるかしら。さて、街を回りたい所だけど、まずは探したい所があるわ」

「探したい?」

「ええ、職探しよ」


 そう言って、ジーナが街の中を歩き出した。

 龍巍も彼女に付いて行きながら、空を見上げる。今は青白い色が広がっており、太陽という物が光っている。

 この昼の空と夜空の違いが不思議で、龍巍は何度も観察してしまう。


「そこのお姉さん、どう! この店いいけど入っていかない!!」


 するとジーナの前に、一人の男性が現れた。

 龍巍(あくまで人間形態)やジーナよりも大きいが、どこか気に食わなさがある。


「ジーナ、奴は俺の敵か?」

(いやいや、別に違うけど……とりあえず軽く受け流すわ)「申し訳ありません。私達は急いでるので、これで失礼」


 龍巍に小声で言った後、ジーナが通り過ぎようとした。

 しかし男性は諦めてはいないようである。


「そんな事言わないでくれよぉ、そこの旦那もよかったら……」

「…………」

「……あっ、いや、何でもありません……」


 男性を見つめただけだが、何故か彼の声が小さくなっていた。それからそそくさに離れていく。

 龍巍はその姿を見て、何があったのかと怪訝に思う。


「何もしていないはずだが……一体どうしたんだ?」

「あなたの目つきが怖いからなんだと思う……。でもまぁ、おかげで退ける事が出来たわ。ありがとう」

「……ありがとう……」

「ええ、感謝の印って事。嬉しく思ってもいいから」

「……ああ」


 嬉しい。ジーナに言われた訳ではないが、その感情が分かったような気がした。

 ますます人間のようになった……そう考えていると、ジーナがある建物の前に立ち止まった。しばらく眺めたと思えば、その中に入る。


「ごめんください」

「はあい。おろ、可愛いお客さん! 用件は?」


 今度は人間の女性だ。

 ただジーナや今まで見てきた女性と違い、身体が太っている。ただ印象からして、先程の男性よりかはマシな印象があった。


「突然申し訳ありません。出入り口の貼り紙を見ましたが、まだ仕事募集はやってますでしょうか?」

「ああ、もちろん。もしかして雇われたいのかい?」

「はい、衣食住が出来るという所に魅力を感じまして。こう見えても私は力が強いので、ある程度の仕事は出来ますゆえに」

「おお、それは頼もしいね! ……それでそっちのイケメンは?」


 女性が龍巍へと指差す。

 龍巍の方は返事をせず、ただ女性を見つめた。そこにジーナが割って入ってくる。


「あ、ああ……彼は私の旅仲間でして……。ボディーガードでもあるので、気にしなくても大丈夫ですよ」

「ほほう、ボディーガードねぇ~」

「ほ、本当ですよ!?」

 

 ジーナが何やら焦っている。女性の方はおかしかったのかクスリ笑いをしていた。


「ならいいけど。それで私は『何でも屋』の主人のアンジェラ。これからもよろしく頼むね」

「ジーナです。こっちはリュウギ。こちらこそよろしくお願いします」


 女性の方はアンジェラと呼ぶそうだ。龍巍はこれからも役に立つと思い、彼女の名前をしっかりと覚える。


「どちらもいい名だね。じゃあ早速だけど、この地図に示した家に行ってくれるかい? もし辛かったら、そこの男前に頼みな」


 そう言った後、ジーナへと紙を渡した。

 色んな言葉や記号があるのだが、もちろん龍巍は解読出来ない。そういった言語はジーナに任せているつもりであるが。


「分かりました、早速行ってまいります。じゃあ、龍巍行くわよ」

「あっ、デートは休憩と仕事終わりの時だけね。あんまり遊ばないように」

「わ、分かってますよ!!」


 笑っているアンジェラに対して、ジーナが顔を赤くする。

 何故顔が赤いのかはさておき、龍巍は紙に書いている文字という物が気になっていた。この世界にとっての必要な物なら、頭に入れておいてもいいかもしれない。


「確かそれは文字と言っていたな……。それも教えてもらえないだろうか……?」

「それはもちろん。この世界の文字を覚えれば、あの看板とかこんな看板とか読める。字だって書ける事が出来るわ」

「……ありがとう……」


 その言葉を口にした時、ジーナが目を丸くした。

 それから彼女は何も言わなかったが、いつになく嬉しそうに微笑む。これがさっき言っていた『感謝される事への嬉しさ』なのだろう。


「……後一つ、聞きたい事があるが」

「ん? 何?」

「何故あの時、顔を赤くした?」

「あ゛っ……あれは……言えないかな」

「……そうか」


 教えてくれると言っても限度があるかもしれない。

 そう龍巍は納得するしかなかった。

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