17 初めて出来た願い

 洞窟の中、龍巍の身体へとジーナが寄り添う。


 先程の「行為」の後、彼女は穏やかに眠ってしまっている。こうしていると安心するという事なので、龍巍はそれを受け入れた。

 龍巍の方はジーナから「愛」というのを教わったおかげで、彼女が無性に愛おしくなっていく。寝顔を見るだけでもそういうのが増して、何とも言えない気持ちになる。


 その愛する者の髪を、優しく触れるように撫でる。サラサラとしている触感も、意外と悪くはない。


「…………っ!」


 その時、龍巍が何かが感じた。


 気配だ。高い生存本能と破壊本能が入り混じった、禍々しくも激しい気配。すぐに感じてきている方向に向いてみると、山の奥辺りが荒れているのが分かった。

 暗い雲が覆って、しきりに閃光を放っている。悪天候にしては異常な現象だ。


「……ん……リュウギ……」


 途端、ジーナが目を覚ました。

 目をこすった後、遠くの方を見る龍巍へと振り向いてくる。


「……どうしたの……何かあった……?」

「……感じる……」

「……えっ?」


 呆然とするジーナに対して、龍巍はハッキリと分かった。

 自分に降りかかる気配は、決してこの世界の者ではない。こんな物を発するとすれば、自分自身かあるいは……。


 そもそも龍巍という保証は、どこにもない。


「……ジーナ……ここで待っててくれ。俺は確かめないといけない事がある」


 ジーナを連れてくるとなると、さっきのように巻き添えにしてしまうかもしれない。それは二度とあってはならない。

 そう判断した龍巍であったが、ジーナは静かに首を振る。これは彼女から教わった「断る」のサインだ。


「……私はあなたから離れない事にしたわ。それに私、あなたの教え係だし……一緒にいないとね」

「……ジーナ……なら、仕方ない……」


 これだと付いてくるなと言っても無意味だろう。しかし共にいたいというジーナの気持ちは、龍巍にとっては嬉しかった。

 二人して異形の姿になり、洞窟の外へと飛んだ。幸いにもグウィバー達のような追っ手は見当たらず、安心して目的地に行く事が出来る。


 それで次第に、龍巍達の身体に雨が叩き付ける。


 それでも単なる雨ではなく、雷と風を伴った荒ぶる気象だ。龍巍はともかく、ジーナが少しだけふらついている。


『大丈夫か?』

『え、ええ……それよりもこんな天気なんて初めて見るわ……まるで世界の終わりみたい……』


 視界を覆い尽くすばかりの閃光に、強烈な突風。どれもジーナが今まで感じなかった気象という。

 何故こうなったのかは龍巍にも分からないが、いずれにしても気配の元へと行かなければならない。もしかしたら移動してしまう可能性だってあるのだ。


『……リュウギ、止まって!!』


 ジーナが地上を見下ろしながら叫ぶ。

 見てみると、森に囲まれた一つの村があった。二人して降下すると、ジーナが息を呑むのを感じる。


『……なんて事なの……』


 その村が、跡形もなく破壊されていた。


 木造の家はバラバラに崩されており、部屋だった物がさらけ出している。土地はまるで巨大な力によって抉られており、穴が開けられていた。

 そして何より、辺り一面に転がっている人間の死体。黒く染まった者、ほとんど生きているのと変わっていない姿、あるいは家に潰されて、手を出している者。


 いずれにしても生きている者はどこにも見当たらない。まさに壊滅という言葉しか当てはまらなかった。


『……明らかに嵐の影響なんかじゃない……ドラゴンともワイバーンとも違う……』


 震えた声を出しながら、壊滅した村へと降り立つジーナ。

 そのまま旋回をして『誰かいませんかぁ!! いたら返事を下さい!!』と辺りを回り出す。龍巍は一旦着地して、彼女の動向を見守る事にする。


 最初は大声を張り上げていたジーナだが、次第にそれが小さくなっていく。最後は無意味とばかりに何も言わなくなってしまった。


『……どうだ?』

『……駄目だわ、全滅している……もし生きている人がいたら、何があったのか分かると思うんだけど……』


 皆が物言わない死体になっている為、話など出来ない。

 ならばここにいる意味はないだろう。ここもどこか怪しいが、少なくとも龍巍が感じた場所ではない。


『気配がうっすらとだが感じる。その場所に行けば分かるはずだ』

『……龍巍は、何か分かったの?』

『……恐らくな……』


 気配の正体は明らかだ。どれ程の脅威なのかは未だハッキリしないが。

 その辺に関してジーナは何も聞かず、この村を後にした。それから嵐の中を長い時間飛んでいると、目の前に人間の街が見えてくるようになってくる。


 その街もまた壊滅の状態。しかも予想出来なかった物が横たわっている。


 龍巍とジーナが顔を見合わせた後、その街へと降りていった。今度は二人して人間の姿になると、ジーナが一歩前に出る。


「……こんな事が……」


 腹を抉られたドラゴンの死体だ。さらに近くには、無数のワイバーンの死体がそこら中に転がっていた。

 それらによって家が下敷きになり、哀れな姿になっている。龍巍でさえ、この数は異常だと思ってしまう。


 ジーナの方はしばらくドラゴンの死体を見ていたが、ふとどこかへと行ってしまう。付いて行ってみると、その先に一人の男性がうずくまっているようである。


「……あの……大丈夫ですか……一体ここで何が……?」

「……………………」


 男性は顔を上げず、何も答えなかった。まるでそのまま死んでしまったような感じに思える。

 どうすればいいかと言わんばかりに、ジーナが戸惑いを見せる。しかし小さく声がしたのを、ジーナも龍巍も聞き逃さなかった。


「……あれは……災厄だ……」

「……災厄……?」


 ジーナが男性の顔を覗き込むように、腰を落とした。

 龍巍も見てみれば、彼が虚ろな目を見引きながら、その口を震え上がらせている。


「…………突然ワイバーンが落下して……そうしたら空から異形の怪物が現れたんだ……。ドラゴンの攻撃すら効かなくて……ドラゴンも……人も……妻も……娘も……アアア……アアアアアアアアア!!」

「お、落ち着いて下さい!! しっかり!!」

「アアアアアアアアアアアア!! 怖い!! 怖い怖い怖い怖い怖い!! 何もかも災厄に滅ぼされるんだあああ!! アアアアアアアアアアアア!!」


 ジーナの手を払いのけ、どこかへと走ってしまう男性。

 ジーナは彼の姿を呆然と見ていた。龍巍はそんな彼女へと声を掛けようとしたが、それがかき消されてしまう。


「何が!! 守護神だよ!! この役立たずが!!」


 ある場所にワイバーンの死体が横たわっていた。そのワイバーンを、一人の女性が棒で叩き付けていた。

 死体に攻撃するなんて無意味な行為だが、女性の方はそうはいかないのだろう。今でも狂ったように声を荒げている。


「お前達のせいで!! お前達のせいで何もかもが滅茶苦茶になったんだよ!! この厄病神が!! 厄病神が!!」


 こちらも先程の男性同様、声を掛けても無駄だろう。

 何故こうなってしまったのかと龍巍が思った時、ジーナがそれを代弁した。


「……よほど恐ろしい目に遭ったんでしょうね……邪竜でも自然現象でもない何かが襲って、人々を狂わせた……」

「……その『何か』は、間違いなく奴しかない」

「……それって、あなたと同じ種族の存在って事……?」


 先にジーナが口にした。

 その答えを待っていた龍巍は、彼女へと頷く。


「俺と一緒に落ちたのか、それとも後に付いて来たのか……いずれは分からないが、その存在で間違いない。それが何らかの理由で暴れまわり、このような被害を増やしているんだろう。この嵐も、奴に秘める強大なエネルギーで起こっている事に間違いない」

「……そいつの居場所は分かるかな? さっき気配を感じたみたいだけど……」

「……どうやらここで途切れているから、全く分からない。もう一回探すしかないかもしれない」

「だとしたら…………っ!?」


 ジーナが不意に背後へと振り返った。何かに気付いたようである。

 見てみると、うつ伏せになったワイバーンの陰から誰かがやって来るようだ。その正体がハッキリしていくと、ジーナが驚愕した表情を浮かべる。


「ズメイ!! 怪我をしているの!?」


 龍巍と戦ったズメイその物だった。ジーナの付き人でもある彼が、脇腹から血を垂れ流している。

 すぐに彼の元へと向かい、身体を抱き抱えるジーナ。一方でズメイが、苦しそうなその顔を上げてくる。


「……やっと見つけました……ジーナ様……。せめて死ぬ前にあなたにお会いしたく……」

「今は怪我が先でしょう!? ちょっと待ってて!!」


 ジーナが辺りを見回す。それで瓦礫に紛れている旗を発見し、それを手頃なサイズに引きちぎった。

 旗を血が出ている脇腹へと巻き付けながら、ズメイへと尋ねる。


「ズメイ、あなたに何があったの!? お父様は!?」

「……怪物です……。実はさっきまで、私達ドラゴンは怪物と交戦していたのです……」

「! 怪……」


 その単語を聞いたジーナが、龍巍へと振り向いた。

 何故そんな行動をしたのか分かっている。十中八九、ズメイの言う怪物とこの街を襲った存在は一致するはずである。


「……奴に何度攻撃を仕掛けたのですが、全く効かないのです……。配下のワイバーンやドラゴンが次々と殺されて……しまいには私とグウィバー様含めた少数に……それでグウィバー様が、ジーナに伝えておくよう私を逃がしたのです……」


 ズメイが険しい顔をしつつ、ジーナへと顔を上げた。

 その表情には、どこか恐怖が浮かんでいる。


「……奴は化け物だ。立ち向かっても無意味だと。だからエルダーが降臨なされるまで、なるべく逃げてくれと……」

「…………」


 ジーナが黙ってしまう。対して龍巍は「やはり」という考えがあった。


 龍巍自身は、ドラゴンなどの攻撃を一切受け付けない。そういった事が、ズメイが語る怪物にも同様の事があってもおかしくはない。

 ズメイ達がしているのは「全く勝てない戦い」だ。グウィバーがそう伝えるのも、それは無理はないのかもしれない。


「……ズメイ、お父様の居場所を教えてくれる?」


 対してジーナは、ズメイとは全く正反対の発言をした。

 驚いているズメイとは真逆の、決心に満ちた表情をしながら。


「なっ……話を聞いていなかったのですか!? 奴は……」

「だからと言って親を見捨てる子なんていますか!! まだお父様が無事なら、すぐに行くべきでしょう!?」

「……しかし……」

「俺は彼女に賛成だ」


 その話に思う所が出来た。そんな龍巍がズメイの前に出る。

 彼に気付いたズメイが鋭い目を向けてくるが、それでも構わない。


「……何だと?」

「……お前達が相手しているのは、俺の世界の住人で間違いない。お前達の攻撃が通用しなくても、もしかしたら俺の攻撃が通るかもしれない」

「……何を言いだすかと思えば、これは我々だけの問題だ。出しゃばるな、化け物が!!」

「その化け物の力を使う時が来たんだ」


 ズメイが怒りを露にしても、龍巍は引かなかった。

 そして彼がジーナへと、愛する者へと振り向く。


「……奴を野放しすれば、世界が確実に滅ばされる。ジーナが安心して生きられなくなるだろう。

 俺は……それを阻止したい」

「…………」


 初めて出来た最愛の存在を、こんな所で消したくはない。それが破壊衝動しかなかった龍巍に出来た目的であり、願いでもある。

 その龍巍の意思を聞いたズメイが、ただ黙って見ているだけだった。彼がどんな答えをするのか、龍巍もまた見つめ返すしかない。

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