終章

24 食べ物の美味しさ

 













 あれから、どれくらいの月日が経ったのだろうか。


 龍巍と怨漸という二体の異形の怪物。それらの戦いや崩壊したトラヴィス帝国。その壮絶な経緯と話は、人々の間にも伝わっていた。

 最初は今までになかった災厄に人々は恐怖する。だが時の流れというのは残酷な物……月日が経つにつれ、次第に人々からその話がなくなった。


 やがて世界は平穏を取り戻す。邪竜という障害はあるものの、皆たくましく生きていた……。










 一人の少女が、ある小さい村へと訪ねる。

 初めてという事もあってか少し迷っていたが、やがて目的の家へと到着した。すぐに玄関の扉をノックをすると、中の人が現れてくる。


「お久しぶり。ごめん遅くなったわ」

「ジーナさん! いえいえとんでもないです!」


 家から出てきたのは、古い馴染みであるマイアだ。

 あれから成長して、大人の女性になっている。初めて出会った時のような大人しい感じとは違うのが、一目でよく分かった。


 対してジーナは成長しておらず、マイアを見上げるような形になってしまう。


「ジーナさんは出会った時と変わっていないんですね……」

「半竜は老化が遅いし、長命だからね。それよりも手紙に書かれていた子は……?」

「もちろんいますよ。どうぞ中へ」


 マイアに言われて中へと入る。

 人の家という事で、どこか新鮮な空気が感じられた。ジーナが思わず周りを見渡す中、はしゃぐような鳴き声が聞こえてくる。


 ――キュウルルルル!!


「アゾル! あなたも元気そうね」


 マイアの友達であるワイバーン――アゾルであった。前よりかは一回り大きくなっているようだが、それ以外はマイアほど変わっていない様子である。

 ジーナが彼に近付いて、優しくアゾルの顎を撫でていく。それで近くに小さいベッドがあるのに気付き、すぐにそこに向かう。


「今起きてますよ。結構人懐っこい所もありまして」

「……可愛いわね。ほら、ジーナさんですよぉ~」


 そこに寝転がっていたのは小さい命。そう、一人の赤ん坊である。

 マイアの子供であり、聞く限りだと男の子のようである。ジーナは事前に出産の報告を手紙で聞いており、それはもう自分の事のように嬉しく思っていた。


 こうして彼女達の元に出向いたのも、赤ん坊を見に行きたいが為である。


 ジーナが指であやすと、赤ん坊が嬉しそうに笑ってくれている。それがたまらなく愛おしい。


「本当に赤ちゃんって可愛いね……ところで育児とかに何か問題とかある? 出来れば手伝いもしたいけど……」

「いえいえ……今はいないですが夫はちゃんと見てくれますし、村の方々もこの子を可愛がってくれますよ。本当にもう幸せで……」

「そう……やっぱ幸せが一番よね」


 幸せよりも素晴らしい物はない。そうジーナは信じている。

 マイアがから立ち直って、こうして生活を送っているのが何よりも嬉しかった。それに赤ん坊の笑顔も見れて、どこか心が安らぐ気持ちになる。


「……ん? はぁい」


 彼女がそんな想いにふけている時、扉からノック音がしてくる。

 マイアがすぐに扉を開けると、そこには一人の青年が立っているのが見えた。心なしか、ジーナの表情が明るくなる。










「二人とも……待たせた」


 そこにいたが、ほんの少しの微笑みを見せてくれた。


 彼もまたあの時とは変わっていない。そんな彼でも、マイアとアゾルが歓迎してくれる。


「リュウギさん! こちらも変わっていないんですね!」

「……まぁ、そういう存在だからな。ところでジーナ、手頃なのを見つけたがこれでいいのか?」

「あら、綺麗……。うん、それでいいわ」


 彼は一束の花を持っていた。赤や黄色の色とりどりな花びらをしており、とても美しい。

 この村にはいわゆる花屋が存在しないらしい。そこでジーナが花を探そうと思っていたが、龍巍が自分で見つけてくると言ったのだ。

 

 そのさり気ない優しさが、ジーナにとって来る物がある。


「あっ、ちょうどよかった。リュウギさん、よろしかったらこの子を抱いてみますか?」

「……俺が?」

「ええ。この子は抱かれても泣かないですから大丈夫ですよ」


 マイアが赤ん坊を背負った後、龍巍にそっと渡した。

 ぎこちないながらも、龍巍が赤ん坊を優しく背負う。最初は戸惑っていた彼だが、赤ん坊の笑みを見るなり表情が柔らかくなっていった。


「……これがジーナが言っていた……小さい命か……」

「…………」


 ジーナがここに来た本当の目的がある。

 龍巍という存在は「命」という形を知らなかったという。だからこそマイアからの報告を聞いて、龍巍を連れて行こうと思ったのだ。


 彼に、新しい命を教えたくて……。


「……暖かいでしょう、リュウギ……?」

「……ああ……」

「その子が、命というのよ……。暖かくて……心に安らぎを感じて……愛おしくて……幸せが感じる。その子だって、あなたを受け入れているわ……」

「……凄いな……命というのは……」


 龍巍が大きな手を使って、赤ん坊の頬を撫でる。

 赤ん坊がそれを感じて、愛らしく笑ってくれていた。ジーナもマイアも、笑みが零れそうになってしまいそうになる。


「……さて、そろそろ私達は行くわ。またこっちに来れると思うけど……」

「ええ、よかったら夕飯を一緒にしましょう。やはり大人数で囲んだ方がいいですし」

「ええ、分かったわ」


 龍巍を連れて、一旦家を後にするジーナ。


 それから人目付かない森の中に入り、それぞれ別の姿に変化する。ジーナは四枚の翼を持った純白のドラゴンに、龍巍は装甲を持った黒い獣に。

 二人は上空を飛行し、村から遠ざかる。途中鳥やワイバーンの群れとすれ違いながら、ある崖へと到着した。


 その崖の先に、トラヴィス帝国場所がある。


「……いつ見ても変わってないわね」


 かつて災厄に見舞われた帝国には、既に人はいない。倒壊した宮殿や家は無数の植物に包まれており、地面には広大な水に覆われている。

 災厄の化身……怨漸が来襲した後、この国は再建出来ないとして放棄されたそうだ。今は忘れてはならない墓標という形として、誰にも手を加えられないようになっている。


 その帝国跡に対し、龍巍は持っていた花を向けるように添えた。二人はここで散った命を、こうして何度も弔っている。


「……色々……あったな……」


 本当に色々な事が起こった。それはもう二度と起こる事はないだろうというほどの、壮絶な物である。


 大切な存在が消えて、破壊尽くされ、こうして帝国跡となって記憶に残る結果となった。異界に関わってしまった故の罰なのかもしれないと、ジーナは前から思っていたほどだ。

 しかしそれでも、最高神エルダーはチャンスをくれたのである。龍巍を危険な存在ではないと判断しただけではなく、彼と共に生きる事を許された。そうして彼と共に、この美しい世界の守護者であり続ける。


 それが彼女にとっての、今の願いとなっている。


「……ジーナ」


 その時、龍巍が声を掛けてきた。振り向いてみると、彼が果実を差し出している。

 それはアプルの実で、かつて龍巍が最初に口にした食べ物。おもむろに手に取ると、彼が懐からもう一個を取り出す。


「命というのは、どれくらい保つのだろうか?」

「……命はいずれ消える物だわ。私だって例外じゃない……」

「……そうか……」


 そう呟く龍巍は、どこか寂しさが感じられた。

 彼は恐らく不死だ。異界の存在で生物ですらないとすれば、死という概念はないはずだ。


 いずれは彼と別れる時が来るのだろう。そう思うと、少しだけ心が締め付けられる感触を覚える。


「……それでも、最後まで見たい」

「……えっ?」


 龍巍がその顔を、ジーナへと向けてきた。

 最初に会った時とは違う微笑み。この長い時間で手に入れた……心その物。


「……お前がいずれいなくなったとしても……俺は最後まで見届けたい。お前が愛した世界も、さっきの命も、全部見たい……」


 そして彼は言う。


「それが俺からの……お前との約束だ」


 彼からのたった一つの願い……交わされる約束。

 その言葉が、ジーナの口元を強く噛み締めさせる。涙が出そうになってしまうが、それでも微笑みを見せる。


「……うん、ありがとう……」


 約束をしてくれた事が嬉しくて嬉しくて、本当にたまらなかった。

 そんな彼女へと龍巍が一つ頷いた後、アプルの実を口にする。そうして味わって、飲み込んで……




、ジーナ」




「……うん…………うん…………うん……!!」


 もう駄目だった。涙が溢れてくる。次第に嗚咽おえつが出て、止める事が出来なくなった。

 ジーナもまた、龍巍と同じようにアプルの実を食べていく。涙で味がぼやけていていても、とても甘くて……美味しかった。

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