23 戦いを終わりにしたい

 身体中に傷を負いながらも、龍巍は見た。


 厚い雲から現れた、漆黒の体表に包まれた巨大なドラゴン。龍巍やジーナよりも二回りほど大きく、今までになかった威圧感が感じられる。

 そのドラゴンが完全に姿を見せた時、咆哮を上げた。空気をも振るわすほどの振動が、龍巍にも伝わってくる。


『……エルダー……』 


 ジーナが小さく呟いた。しかもその名は、この世界の神とされるドラゴンのそれだった。

 エルダーと呼ぶドラゴンが咆哮をやめた時、周りの雲から次々と小さい物が姿を現す。その正体はジーナとズメイと同じく無数のドラゴン……しかもその中にはワイバーン達も混ざっている。


 まさに軍団に相応しく、数は計り知れない。


 ――オ゛オ゛オオオオオオオオオオン!!


 怨漸がエルダー達へと光線を放った。ワイバーン達が回避しつつ散開し、帝国へと急降下する。

 ワイバーン達は怨漸へと向かわず、街の至る所へと降り立っているようだ。そんな彼らがここに残っている人間達を掴み、一斉にその場から離れている。


『……助けようとしている……』


 ジーナにはその行動の意味が分かったようだ。確かに彼らは人間を救出している。

 それから決心を付いたかのように、ジーナもワイバーン達の中へと入っていった。しかし黙って見ている怨漸ではなく、光線発射の準備をしている。


 その時に、ドラゴン達からの火球。


 無数の火球が怨漸へと着弾した。まともに喰らう怨漸であるが、空間転移でドラゴンの真後ろへと移動。攻撃を加えようとしている。 

 しかし龍巍は軌道を見逃さなかった。尻尾を長く伸ばし、怨漸の腹へと突き刺す。そのまま倒壊した建物へと叩き込む。


 轟音と共に聞こえてくる悲鳴。それと同時に、怨漸が龍巍への警戒を一瞬薄れさせた事を知った。


 奴は自分以外を敵と思っており、全てを倒そうと考えている。つまりその隙を付けば、勝算の可能性があるはず。

 

 ――オ゛オオオオオアアアアア!!


 怨漸が上空へと向けて光線を乱射している。その溢れ出る光線の雨を、巧みな機動性で回避するドラゴン達。

 龍巍にも向かってくるが、武装で何とか防いだ。そのまま接近をしつつ、右腕の武装にエネルギーを溜める。


 ――ギュオオオ!!!


 武装を大きく振るう。地面を抉りながら、エネルギーの波が怨漸へと向かう。

 奴が気付いた時には遅く、最後の突起物を破壊した。バラバラに砕けたそれを見て、やっと武装がなくなったのを実感出来る。


 これで勝てる。この戦いを終わりに出来る。


 ――敵……テキ……てき……敵……敵ハ……倒ス……。


 狂った言葉を吐き続けながら、目の前へと空間転移してくる怨漸。

 その鉤爪が振るわれてくる。それに対して龍巍が武装で受け止める。金属音が鳴り響いた直後、もう片方の武装を振るう龍巍。


 そこで再び空間転移させられ、背後へと回られた。そのまま攻撃してくるのが分かったが、そこにドラゴン達が火球を放つ。

 攻撃を邪魔されて怒り狂っている怨漸へと、龍巍は武装を振るった。その刃で右腕を突き刺し、容赦なく抉り取る。


 鈍い音を上げながらもがれた腕を、地面に放り投げた。さらに膝にも突き刺してダウンさせる。

 血のような赤い炎を出す怨漸へと蹴りをかまし、巨体を倒れ込ませた。そんな奴が呻き声を上げている時、頭上をエルダーが舞い降りる。


『リュウギ、すぐに離れろ!! エルダーが封印術をなされる!!』


 背後で飛んでいるズメイから、叫び声が聞こえてくる。

 言われた通りに下がると、エルダーの六枚翼が大きく開かれた。全翼の先端に赤い光が灯ったと思えば、怯んでいる怨漸へと照射される。


 六本の光線が怨漸の周囲へと着弾すると、その下で浮かぶ何らかの紋章。直後として、怨漸の身体が水に浸った地面に埋もれていった。

 身体が埋もれるのに対し、怨漸が必死にもがいている。最後まで足掻こうと手を伸ばしていたが、徐々にそれも地面に消えてしまう。


 やがて紋章が消えた時、怨漸の姿は跡形もなくなった。










 ――オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアア!!

 

 だがその瞬間、さっきまで見えた手が突き破って来た。

 土と水が四散する中、巨体がゆっくりと這い上がってくる。無機質な頭部からおぞましい咆哮を上げながら、怨漸が地面から脱出しようともがいていた。


 エルダーの封印でさえ同族を封じ込めない。


 龍巍は改めて自分達の脅威さを実感した。やはりこの世界の力では、自分達を押さえ付ける事など出来ない。

 ならば同じ存在の力でやるしかない。足止めをしている今がその時。


 ――俺は……。


 彼は右腕の武装にエネルギーを込めた。今までよりも増大にして、圧縮させる。

 そのエネルギーを携えたまま、もがく怨漸へと向かう。


 ――俺はもう……こんな戦いをしない……!


 破壊の為の戦いを、これで最後にする為に。


 エネルギーを込めた武装を、怨漸の腹部と刺し貫いた。悲鳴を上げた怨漸だが、容赦なく強く食い込ませる。

 腹部の中でエネルギーを放出させ、中から破壊尽くす。痙攣する怨漸の至る所から、エネルギーが突き破って轟音を上げる。


 ――ア゛アアアアアアア!! ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアア!!


 腹部の頭部や、頭頂部の頭部からの断末魔。

 両方の頭部が憎々しげに龍巍を振り向き、手を伸ばそうとしていた。しかし怨漸の意思に反して、その身体が爆発する。


 災厄の化身から放出されたエネルギーが、龍巍すら呑み込んだ……。




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 気付けば龍巍は、人間の姿になっていた。


 彼は今、倒壊しかけた家の屋根に立っている。そこから見渡せてみれば、濁った水に埋もれたトラヴィス帝国が明らかとなった。

 どの建物も醜く破壊され、木片が水の表面を覆っている。そして至る所に炎が上がっており、常に立ち込める黒煙。

 まるで怨漸や……恐らく自分の力がどれほどの物か、如実に物語っているのかのように。


『……リュウギ……』


 その声に空を見上げる。いつの間にか嵐が止んだそこから、とあるドラゴンが降り立ってきた。

 まるで光のように輝き、美麗な姿。その姿がすぐに変化すれば、愛する少女となって降り立っていく。


「……ジーナ……」

「…………」


 少女……ジーナは何も言わなかった。ただ龍巍を近付き、強く抱き締めてくる。

 龍巍も同じように抱き締め、愛を確かめ合う。長い戦いのせいで求められなかった彼女のそれを、ただ感じ取ろうとする。


 ――だがそんな時である。周りにドラゴンやワイバーンが集まってくるのを。


 それに気付いた龍巍が、一旦ジーナを離した。彼女もまたドラゴン達を見上げる中、最高神であるというエルダーが目の前へと降り立ってくる。


「……エルダー……」


 エルダーに対し、ジーナがひざまずき胸に手を当てる。

 エルダーの方は真っすぐジーナを見ていた。まるで彼女を試しているかのようであり、龍巍は黙って見守るしかない。


 沈黙が続くかと思った時、ジーナがやっと口を開いたのだ。


「……度々の所業……誠に申し訳ございません……。一歩間違えれば世界を破滅に追いやっていたばかりか、今回の災厄を防げず……私は……ドラゴンの一族として失格です……」

「……ジーナ様……」


 人間の姿になったズメイが現れる。ジーナへと駆け寄ろうとしたが、思う所があったのか立ち止まってしまった。

 龍巍もまた見ているだけしかなく、ただ立ち尽くす。ただそうしていると、突然ジーナが顔を上げた。


「……えっ?」


 彼女が怪訝な表情をしている。

 龍巍もこの時、エルダーから言葉らしき物が聞こえた。ただ何を言っているのか全く分からないのは、ドラゴン同士で通じるなどがあるのかもしれない。


「……望みたい物……私は、彼と共にいたいです……」


 言葉らしき物を聞いた時、ゆっくりと立ち上がるジーナ。

 彼女が前に出て、エルダーへとその意思を語る。


「……彼は……リュウギは、危険な存在ではありません……。それにまだ色んな事を教えていない……この世界の素晴らしさを教えたり……生活をしたり……ごはんの美味しさを知ってもらったり……もっと……もっと楽しんでもらいたい……。一緒に……苦楽を共にしたいです……」


 彼女の目から、涙が溢れてくる。

 声も掠れても、彼女は叫び続ける。


「例えドラゴンの一族から追放されてもいい……裏切り者と言われてもいい……この災厄の罪を被ってもいい……! それでも私は……彼と一緒にいたい……彼と……共に生きたい……!!

 私は! リュウギを愛したいのです……!!」


 嗚咽と共に放たれるジーナの願い。龍巍にも伝わった彼女の想い。

 

 エルダーやドラゴン達は、ただ黙ってジーナを見ていた。吠えず、言葉も発しず、彼女の言葉を一心して聞いている。

 そうしている間に、エルダーが龍巍へと振り向いた。すると再び、言葉らしき物が彼へと伝わる。


「……エルダーからのお告げだ……」


 それを聞いただろうズメイが、龍巍へと向かってきた。


「……リュウギ……お前を……」


 そのお告げという言葉を、龍巍は黙って聞く。

 エルダーが、彼に伝えたのは……。

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