22 愛する者を守りたい

 トラヴィス帝国が洪水に見舞われている。

 

 原因は怨漸の攻撃によって地下水が噴出したからである。それも地下水の噴出は複数存在し、瞬く間に帝国が水没してしまったのだ。

 それによって住人は避難するどころか、洪水に流される羽目になる。柱にしがみつく者、家の壁に激突する者、屋根の上で泣き叫ぶ者。


『私の手に乗りなさい、早く!!』


 その中で、ドラゴン化したジーナは救助活動を続けていた。

 

 飛行能力がある為、救助者を持ち運ぶ事が出来る。水没に見舞われている人々をすくっては退避させ、安全な場所へと誘導させていた。

 しかしどうやっても犠牲が出てしまう。目の前で水死する人も見えてしまい、ジーナの心が痛む。


 ――ギュオオオ!!!


『……!?』


 突如として聞こえてくる悲鳴のような咆哮。

 その方向を見たジーナが、まるで氷漬けになったかのように固まってしまった。そこには何と怨漸と、その鉤爪によって突き刺された龍巍がいたのである。


 龍巍の口が呻き声が、腹からはまるで血のような青い炎が、残酷に噴き出している。


『……リュ……リュウギ!!』


 固まってしまってもなお、愛する者の名を叫んだ。

 その龍巍が乱暴に放り投げられ、ある塔へと叩き付けられてしまう。塔の上に備え付けられていた鐘が、この災厄に見舞われた国に響き渡る。


 鐘の音を遮るように轟く怨漸の咆哮。その個体が龍巍に興味無くしたかのように、突然方向を変えてきた。


 しかもそこには、屋根にしがみつく人々の姿がある。


『……やめろおおおおおお!!』


 何をしでかすのかジーナは悟った。怨漸へと向かいながら、光線を放つ。

 そうして怨漸の頭部に着弾させながら、その身体にしがみ付く。さらに彼女だけではなく、ズメイもその頭部へと纏わりついた。


 ――グオオオオオオオオオ!!


 血だらけになってもなお、彼が怨漸へと噛み付く。

 彼の執念はジーナも同じだった。必死に噛み付き、鋭い鉤爪で突き刺そうとした。もはや死に物狂いである。


 だが直後、二体とも突起物によって弾き飛ばされてしまう。ズメイが崩れた宮殿の中に、ジーナが水没した道へと倒れ込む。

 何とかジーナが起き上がってみるのだが、そこには既に怨漸が鉤爪を振り上げている。


 狙い先は、自分の敵とされている人間達。


『や、やめ……』


 何とか止めようとした。しかし鉤爪が無情にも、人々を潰してしまう。

 さらに突起物からの光線が人々へと襲いかかる。爆発音の後に聞こえてくる悲鳴、吹き飛ばされる人々。それまで生きていた……いや、生きようとしていた者が、異界からやって来た怪物の手であっさりとかき消されてしまう。

 

 光線によって街が火の海に包まれ、下の洪水が地面を覆い尽くす、もはやそこには栄華を誇った帝国はなく、あるのは陰惨な生き地獄。


 ――……どうして……。


 この怪物はあまり異常だった。


 生物が他者に攻撃を加えるのは、主に防衛本能か狩猟本能からである。あの邪竜でさえ無益な殺戮を行わない。

 しかしこの怨漸という怪物は、ただならぬ何かに突き付けられるように殺戮をしている。これが龍巍が「自分以外が敵に見える」という事の真相だろうが、それでもあまりにも惨い。


 自然災害のように容易く、人の命を奪う。ジーナはこの怪物に対して、煮え切れない何かを感じてしまう。




『捕まって!! 絶対に離さないで!!』


 ――キュルウウ!!


 その時、ジーナはハッとした。聞き覚えのある声がしたのだ。

 よく見ると怨漸の前方に人がいる。その人が洪水から耐えようと、必死に家の屋根にしがみついている。


 まごう事なきマイアとアゾルだ。しかもマイアがアゾルをひっしに捕まえているが、今にも離れそうになっている。


 彼女の姿が確認した後、ジーナは咄嗟に怨漸を見た。その怨漸がマイア達へと進路を取っているのが分かる。

 このままではまずい。マイア達があの怪物によって殺されてしまう。そんな事は……絶対に許されない。


『その子達に……手を出すなぁあああ!!』


 ジーナがマイア達を守るように前に立った。さらに身体全体で夢中に体当たりをする。

 出来るだけマイア達から離さそうと何度も繰り返す。そして光線を放ち、爆発を起こさせる。


 ――お前なんかに!! お前なんかにこの子達を殺させない!! 絶対に殺させない!!


 もう人の命を奪われるのは散々だった。この理不尽な悲劇を何としても終わりにしたかった。そんな考えのままに、何度も光線を放つジーナ。


 しかし彼女の想いを踏みにじられるかのように、爆炎の中から突起物が現れる。先端が翼に突き刺さり、さらに地面へと叩き付けられてしまった。

 同時に舞う水しぶきと瓦礫。それでも顔を上げようとするが、怨漸がこちらへと向かってくるのが見える。


 最後のあがきとして、ジーナが憎悪の唸り声を上げた。対してそんな事を構いなしとばかりに、突起物を向けてくる怨漸。

 愛する父を殺した武装が、獰猛な獣のように迫って来て……。







『………………えっ?』


 突起物はジーナへと突き刺さらなかった。代わりに目の前に立った者の腹へと貫いている。

 大きくて異形。それでいてどこか安心する背中。それは間違いなく……龍巍だった。


『……彼女を……滅ぼさせない……』


 ――……オ゛オオン!!


 まるで怒り狂ったような咆哮を上げながら、怨漸がもう一本の突起物を向かわせた。

 すると龍巍がジーナを守るように、身体を抱き締めてきた。彼の背中へと突起物が突き刺さり、呻き声を上げさせてしまう。


『……リュウギ! リュウギ!!』


 攻撃を受けてもなお、リュウギは離れない。

 彼は隙を付いて怨漸へと振り返り、突起物を切断した。戸惑っている奴へと蹴りを入れようとするが、空間転移で後方へと下がってしまう。


 だが身体中から出る炎が留まる事を知らない。龍巍がゆっくりとぐらつき、倒れそうになってしまう。


『リュウギ、大丈夫!? リュウギ!!』


 こんなにも傷を負って、痛々しい姿になっている。ジーナの心が苦しい思いがして、悲しい気持ちになってしまう。

 彼女が一心不乱に龍巍に声を掛けるも、彼は立ち上がった。まるで自分を鞭打つような強引さで、苦しいのか低い唸り声を上げている。


『……お前を守りたい……』


 それでも彼は言ったのだ。

 異形の姿から想像つかない、優しい声で。


『……俺はもう……こんな戦いをしたくない……お前と共に生きたい……だから……』


 覚束ない足取りで振動を鳴らしながら、ゆっくりと怨漸へと向かう。

 怨漸の方は咆哮を上げながら迫ってくるが、彼がその巨体を受け止めた。互いにぶつかり合った二体から、とてつもない衝撃が発する。


 それによって地面の水をはじける。その中で、彼の声が聞こえてくる。


『……早くこんなの……終わりにしたい……』

『…………』


 彼の姿が、青年のそれになったようにも見えた。

 

 無表情ながらも、見ていて安心するような姿。共に生きて、苦楽を共にしたあの姿。


 そこにいるのは、かつて戦いと破壊を求めた異形の怪物ではない。心を手にして、優しくて、愛を確かめ合った青年。


 ――ギュアアアアアア!!


 前へと突き出された怨漸の尻尾によって、龍巍が叩き潰されてしまった。それでも立ち上がろうとする彼が突き飛ばされ、残った家々を倒壊させながら倒れ込む。

 龍巍へとゆっくりと怨漸が近寄る。そうして残り一本の突起物を向けさせ、光線発射の前兆を見せた。


 このままでは龍巍がやられてしまう。


 ジーナは夢中になって彼の元へと向かった。例え彼と共にやられてもいい……それでも彼を守りたかった。 

 もはやそれしか、何も考えられなかったのだ。










 ――!!?

 

 しかしどういう事か、怨漸の目の前にそれが降り注いだ。

 ジーナが武器としている光線よりも、もっと太く威力のある物。その力が龍巍と怨漸の間に着弾した直後、地面と洪水が蒸発する。


 光線が消えた時、そこにあるのは巨大なクレーターだけ。同時に怨漸が光線を辿るように、上空を見上げていた。

 ジーナも、龍巍も、起き上がったズメイも同じようにする。するとどういう事か、上空の厚い雲が突如として裂けたのだ。


 ――あれは……。


 雲の裂け目から、巨大な物体が現れる。その正体は何と、ジーナ達よりも巨大なドラゴン。

 漆黒の体表に包まれており、六枚の翼を大きく開かせている。尻尾の先端は二つに分かれ、瞳は空のような青い瞳。


『……エルダー……』


 その者の名は、エルダー。 

 この世界にとっての最高神であり、世界を見守る者……。

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