11 怪獣に仇を成す邪竜
「よしよし……大丈夫だから……私が付いているからね……」
アゾルを抱き締めながら、マイアが優しく言い続けていた。
今、彼女達は洞穴の中に潜んでいた。穴は小さく、低い天井から常に水が滴り落ちている。けれどもここから離れる訳にはいかないのだ。
――ギャアアオオオオンン!!
穴の奥から曇り空が見える。そこには空を覆い尽くす程の、無数のワイバーンが飛んでいた。
あるワイバーンは地上を見下ろしながら旋回し、あるワイバーンは狐を貪り喰らい、またあるワイバーンは奇声を上げている。まさに暴虐の限りである。
マイア達は薬草採取の途中、このワイバーンの群れに遭遇してしまったのだ。この群れに目を付けたらただでは済まない……そこで彼女達は洞穴に入り、息を潜めているのである。
――キュウルルルル……。
アゾルがすっかり怯えてしまい、マイアに縋っている。彼にとってマイアが母親のような存在なのだから、こうするのも無理はない。
一方、マイアはワイバーンが消えるまで待つ事にしていた。生態系を荒らすというとんでもない行為をしているが、その分食い荒らす時間も短い。数分も経たずに、次の餌場に向かうはずである。
「……ワイバーンの隙を付いて、一気に逃げるよ。街まで行けば兵士さんが守ってくれるし……」
そうアゾルに伝えるマイアだが、これは自分にも言い聞かせている。彼女もワイバーンに襲われるではないかと不安でいっぱいなのだ。
しかしその時、雷鳴のような咆哮が聞こえてくる。
驚いたマイアが空を見上げた。するとどういう事か、さっきまで鳴いていたワイバーン達が鳴りを潜めている。
その瞬間に、雲が真っ二つに裂かれた。裂かれた穴から、巨大な影がゆっくりと舞い降りる。
――あれはまさか……。
マイアがハッキリと正体を目にした。腰から生やした巨大な翼、紫の体表に埋め込まれた水色の水晶、そしてワイバーンをも超える巨大な姿。
間違いなくドラゴンだった。それもただのドラゴンではなく、生態系を脅かすとされる邪竜。
「邪竜エキティム……まさかそんな……!!」
マイアは知っていた。あの邪竜はエキティムと呼ばれている事を。
エキティムは行く先々で縄張りを広げ、あらゆる動物を食い荒らすとされている。ドラゴンが幾度も制裁を下そうとしているが、その都度返り討ちにしたり逃走もする。まさに狡猾で凶暴なドラゴンなのだ。
あの邪竜が現れたという事は、この一帯が危険に晒されるという事になる。すぐに隙を付いて逃げたい所だったが……
『……そこにいるのは分かっているんだ、人間……』
「……!!」
エキティムが言葉を発してきた。その視線がハッキリと、マイア達を振り向いている。
直後として、一斉にワイバーンが洞穴へと見下ろしてくる。さらにエキティムが無言で指さすと、それが一気に前進する。
狙い先は紛れもなく、洞穴にいるマイア達であった。
「逃げよう、アゾル!!」
============================
『……感じる、この奥に気配がする』
龍巍とジーナは森の上を飛んでいた。
その龍巍が、前方に気配がするのを察知する。そこには山の斜面があるだけだが、それでもハッキリと分かっていた。
『何故分かるの?』
『あの山の奥から、多数の何かが感知出来る。マイアとアゾルもいるはずだ』
『……ドラゴン以上の感知能力ね……でもそれって便利なのかも』
ジーナが関心している間にも、二人が山を乗り越える。
そこで二人は宙を留まった。彼らの目の前には、森の上を飛び回るワイバーンの姿があったのである。
『なんて事……これでは生態系が乱れてしまう……』
ワイバーンが動物を食い荒らしているのが見て取れる。ジーナの反応からして、恐らくよからぬ事が起こっているのだろう。
となると奴らを倒した方がいいのかもしれない。彼女に確認を取ろうとした時、急に声を張り上げてきた。
『あれは……エキティム!? それにマイア達まで!!』
彼女が見ている方へと振り向くと、明らかにワイバーンではない者が存在した。
体系からしてジーナと同様ドラゴンのようだ。そのドラゴンがアゾルに乗ったマイアを追い掛けているようであり、しきりに彼女達へと火球を放っている。
『リュウギ、彼女達を助けに行って!! 私はこのワイバーンを何とかする!!』
『……あのドラゴンは倒せばいいんだな?』
『ええ! とにかくあのエキティムって言うドラゴンを倒すのよ!! ただしマイア達を絶対に巻き込まない事、いいね!!』
『……ああ、分かった』
他者を助けるという事に未だ違和感を感じるが、それでも応じる。
龍巍は彼女の言う通り、エキティムと呼ぶドラゴンへと向かった。そのエキティムは未だ気付いておらず、マイア達を追い詰めている。
すかさず武装で突き刺そうとするが、それに気付いたエキティムが回避してしまう。龍巍は着地し、敵へと咆哮を上げる。
──ギュウオオオオオオンン!!
『……何者だ、貴様……? ドラゴンではないな……?』
エキティムが動揺した声を上げていた。やはり自分が未知の存在に思えるのだろうと、龍巍が冷めた考えをする。
なおマイア達を傷付けるなと言われていたので、一応確認を取る。今、彼女達が地面にへたり込み、龍巍を呆然と見上げているようだった。
――グオオオオオオオオオオ!!
エキティムの方を見ると、その足元の地面が盛り上がっていった。
そこから現れたのは、以前襲い掛かってきたワームである。数体が奇声を上げながら向かうが、龍巍はすぐに武装を振り下ろす。
武装が地面に当たると衝撃波が発生。見えない力となってワームに接近。ワームや樹木諸共粉砕し、爆発を起こさせる。
ワームだった物がこの場に飛び散っていく。しかしそれを見ている暇などないとばかりに、エキティムが火球を放ってきた。
一発、ニ発と龍巍の身体に着弾爆発する。龍巍はそれらを受け続けながらも、飛んでいるエキティムへと向かう。
――ギュウウオオオオオオンン!!
咆哮を上げた龍巍が武装を振るうが、エキティムがこれを回避。そうして体当たりをかまし、お互い地面へと転がり出す。
巨体の影響か、地面が揺れ出し、樹木がなぎ倒される。粉塵が舞っている中で、エキティムが龍巍の頭部を掴む。
『この私に歯向かう愚か者が!! 死ねぇ!!』
力を入れて握り潰そうとしている。龍巍は自分の頭部が、妙な音を立てているのを聞く。
それでも彼はエキティムの背後を見ていた。そこではジーナが四枚の翼を羽ばたかせて、目に見える風の刃を作り出している。刃がワイバーンを一気に斬り裂いていった。
だがそんな時、エキティムが龍巍の胴体へと火球を放ってくる。何発も撃ち続けており、爆発音が龍巍にも響き渡る。
――グウオオオオン!! オオオオオン!! オオオオ……グウウウ!?
龍巍がエキティムの首を掴み、宙にぶら下げる。
エキティムが離れようと暴れているが、龍巍は離すつもりはなかった。ただそうしていると、ワイバーンがこちらへと向かってくる。
そのワイバーン諸共倒そうと思った矢先、光の筋が飛び込んできた。
その筋がワイバーンに着弾し、跡形もなく消滅させる。一体どこからやって来たのか見てみると、それがジーナの口から放たれた物だと分かった。
彼女が光線を消した途端、頷きを見せる。察した龍巍はエキティムに向き直り、蹴りを入れた。
――ガアアアアアアアアアアアア!!
エキティムが地面に倒れると、飛び散る樹木と細かい土。
それでも奴は起き上がり、再び火球を放ってきた。対して龍巍は武装で弾き返し、相殺させる。
そうしてゆっくりとエキティムに接近。対してエキティムが恐怖に怯え、地べたを這いながら下がろうとしている。
『思い出したぞ……お前はあの
何か言っているエキティムの胴体を、龍巍が武装で貫く。
溢れ出る血液。エキティムの口から聞こえてくるか弱い声。さらに龍巍はトドメとして、胴体を真っ二つに斬り裂く。
身体の上半分と下半分が地面に倒れ、地響きを鳴らす。真っ二つに分かれたエキティムは、なぎ倒された木の上でピクリとも動かない。
それは、ようやく敵を倒したという意味でもあった。
『…………』
龍巍がジーナを見てみるも、ワイバーンの群れはいなかった。というよりは数体が怯えているように逃げており、それをジーナが見届けている。
次にマイア達へと振り向くと、未だその場から動いていなかったようだ。さらに龍巍と目が合った時、彼女がピクリと震えたようにも見えた。
「…………あっ……」
距離は離れているが、ハッキリとマイアの声が聞こえた。
それだけ言った後、彼女がアゾルと共に飛んで行ってしまう。さっきのワイバーンのように、どこか怯えた様子を見せながら。
『……戻るわよ、リュウギ。今度も人目に付かないようにね』
背後から来たジーナが言ってくる。
一方で龍巍は振り返らず、空に消えるマイア達を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます