18 怪獣会敵

『おのれ……おのれ、怪物!!』


 空から激しい雨が降り注いでいる。その地上には、まるで針のように尖った岩山が存在した。


 尖った天辺にグウィバーが留まっているが、酷く疲弊しきっている。身体中に傷が出来て、そこから流れている赤い血。さらには三枚あった翼の内一枚が斬り取られて、二枚になってしまっていた。


 その彼の目の前には、仮面のような赤い怪物が浮いている。


 仮面から生えた四つの突起物を巧みに操り、グウィバーをここまで窮地に追いやった存在。今や彼と怪物の周りには、ドラゴンやワイバーンの死体で埋め尽くされていた。


『グウィバー様、お引きを!! ここは私が……!!』

『そういう貴様こそ逃げろ!! 今や戦力が惜しい……せめて貴様だけでも!!』


 部下のドラゴンが一体、ワイバーンが二体。あれだけ多くいたのに、たった四体となってしまっている。

 しかしここで逃走しても何にもならない。この怪物は人間のいる場所を優先的に狙い、破壊と殺戮を行う。つまりここで逃げてしまったら、さらなる被害が増えるに違いない。


 人間を愛しているグウィバーとしては、必ず避けたい事だ。攻撃が無駄だと分かっても、ここで食い止めらなければならない。


 ――ギャアアアアアア!!


 二体のワイバーンが、果敢に怪物へと向かった。


 怪物よりも小さいにも関わらず、火球を吐きながら食い止めようとする。一方怪物は攻撃を受け続けながらも、突起物からの光線を放つ。

 ワイバーン達がそれを回避。光線は山肌に当たり、爆散する。


『……ワイバーン達よ、なるべく引き付けてくれ!!』


 怪物がワイバーンに気を取られている間、グウィバーとドラゴンが飛びかかった。


 ワイバーンの一体が串刺しにされた直後、怪物へと伸し掛かるグウィバー達。そのまま重さを利用して、山肌へと叩き付ける。

 怪物とグウィバー達が転がり込み、山肌の岩を落としてしまう。彼らはその落石を物ともせず、怪物の上を取った。


『口の中だ!! 口の中に攻撃を与えるんだ!!』

『分かりました!!』


 グウィバーが必死に、怪物の口をこじ開ける。

 中から見える口内目掛けて、グウィバーは青白い光線を放った。ドラゴンもワイバーンも火球をがむしゃらに撃ち続ける。


 その口内で爆発が起きて、グウィバー達を包み込む。怪物が見えなくなるが、もはや構わない。


『……!! グウィバー様!!』

『!?』


 突然、配下のドラゴンが尻尾で叩き付けてくる。

 グウィバーが離れた直後、ドラゴンとワイバーンが怪物に喰らい付かれてしまった。断末魔を上げる彼らがバラバラに噛み砕かれ、乱暴に吐かれてしまう。


 まだその怪物が生きていたのだ。


 あれだけ攻撃をやったのに、全く怯む気配すらない。もはやそれが生物なのかどうかすら、グウィバーも怪しくなってしまう。


『よくも……よくも部下を……!!』


 そして何よりも、部下を殺された怒りが彼を突き動かす。

 身体から滴る血から意を介さず、まっすぐ怪物へと向かう。もう一回組み付いて光線を放とうしたのだ。



 しかしその時、触手に繋がれた突起物が伸ばされ……。




 ============================




『……近いぞ、この辺りだ』


 異形の姿になった龍巍。彼はドラゴンとなったジーナとズメイを連れて、空を飛んでいた。


 ズメイは最初渋ったのだが、龍巍の頼みを聞いて案内してくれると言う。それで目的地である針の山に着いた所、龍巍がある気配を感じる。


 ――間違いなくここにいる。


 そう確信した後、龍巍は一旦ジーナへと振り向く。それで彼女が頷いたのを見て、先に針の山へと突入した。

 すると、山肌に転がり込むワイバーンやドラゴンの死体を発見。それが壮絶な戦いがあったのを、龍巍に直感をさせる。


『……いた』


 そしてある山肌に、それがいた。

 顔全体が身体になっているという、龍巍から見ても異形の姿。しかもその姿に、彼は見覚えがあった。


『……あれは……怨漸エンザ……』


 あの個体の名前は、怨漸。


 かつて元の世界にいた時、最後に出会った敵。その時にはそれと戦おうとしたのだが、何らかの原因でこの世界へと送り込まれる事になってしまったのである。

 その怨漸が低い唸り声を上げながら、何かを眺めていた。突起物で串刺しにされたドラゴンであるが、その白い身体を赤い血で染め上げている。


 その目も、どこか虚ろだった。


『……お父様……お父様ぁ!!』


 背後からやって来たジーナからの、悲壮な叫び声。

 間違いないく白いドラゴンは、龍巍も会った事あるグウィバー。その彼が、怨漸によって殺されかけていいる。


 ――オ゛オ゛オオオオオオオオオオ……。


 巨大な顔を、龍巍達へと振り向かせる怨漸。

 そこで龍巍の存在にやっと気付いたのか、彼をじっと見ている。元の世界にいた者がいる事に、何か思う所があるのかもしれない。


 ただジーナの世界に害をなすならば、どうあろうと倒すまで。


『リュウギ!! お父様を……グウィバーを!!』


 龍巍にとってジーナが大切な存在であるように、ジーナにとってグウィバーが大切な存在。

 彼女の意思を汲み取った龍巍は、グウィバーを取り返そうと向かった。そこに怨漸の突起物から放たれる、禍々しい赤い光線。


 両腕の武装で光線を弾き返す。そのまま肉薄し、怨漸を刺し殺そうとする。


 すると怨漸が回避をし、グウィバーを連れたまま逃げようとした。その後をすぐさま追い掛ける。


 ――ギュウウオオオオオオンン!!


 針の山の上を飛行しながら、怨漸へと武装を振るう龍巍。

 そこからエネルギーが発生させ、敵へと向かわせる。それに気付いた怨漸が回避をし、反撃の光線を放ってきた。


 龍巍もまた回避行動。光線が雨雲を貫き、一時的な穴を開ける。


 そのまま彼は怨漸へと接近した。今度は三本の突起物が伸ばされるが、それらを武装で弾き飛ばす。さらに顔面へと飛び移り、黒塗りの刃を突き刺した。


 ――オ゛オ゛オオオオオオアアアアアア!!

 

 刺さった怨漸の額から、赤い炎が噴き出す。


 ワイバーンやドラゴンの攻撃が通じないとズメイが言っていたのだが、やはり龍巍の攻撃は効くようだ。このまま追撃しようとも考えた彼だが、まずグウィバーを優先する事にする。


 死角から向かってきた一本の突起物に対して、尻尾で突き刺す。その隙を付いて、グウィバーを突起物から取り外した。

 直後に怨漸を蹴り飛ばし、距離を保つ。そこに怨漸が全ての突起物を向けてくる。




 ――敵ハ……敵ハ……倒サナケレバ……。


『……?』


 声が聞こえてくる。その直後に放たれる複数の光線。


 左腕はグウィバーを持っているので使えない。龍巍は右腕の武装で光線を受け止め、弾き返す。

 反射された光線が怨漸に向かい、着弾爆発。黒煙の中でもがいていく彼の姿が見える。


 しかしその身体が、突如として透き通っていった。


 何が起こるのか分からないのだが、すぐに攻撃しようとする龍巍。そうして武装を振るうと、怨漸の姿が完全に消えてしまった。

 辺りをすぐに見回してみるも、そこには奴がもういない。


 ――そうか……だから気配が……。


 途中で気配が途切れるのは、こうして姿を消しているからではないだろうか?

 龍巍でさえ感知出来ないとなると、色々と厄介極まりないだろう。倒すのも一苦労するのかもしれない。


『リュウギ!!』


 背後から声がしてくる。どうやらジーナとズメイが追い付いてきたようだ。

 龍巍達は一旦山肌に降り、人間の姿になる。それからグウィバーを一旦安静させるのだが、その瞳には光が一切ない。


「お父様、大丈夫ですか!? お父様!!」


 グウィバーの顔へと、ジーナが駆け寄った。必死に声を掛けている。

 対してグウィバーは一切動かなかった。まるで虚空を眺めているように、呆然とした顔をしている。


 この状態を意味しているのは……。


「……お父様、今すぐ治療に行きましょう。今なら間に合うはずです……ですから……」

「……ジーナ様……」

「もう少しの辛抱を……それと必ず化け物は見つけ出します。お父様はそれまで……」

「ジーナ様……!!」


 必死に語り掛けるジーナの肩を、ズメイが掴む。

 しかし彼女はそれを振り切って、グウィバーの顔をしがみ付いた。その青い瞳から、あの時と同じ涙が流れている。


「お父様……起きているんでしょう……返事をして下さい……それで私を見て下さい……どうかお願いします……お願…………アアアア……アアアアアアアアア!!」


 彼女の叫びが、この山の中で木霊する。

 龍巍はその姿を見て、居ても立っても居られなくなった。泣き叫ぶ彼女へと近付き、その身体を抱き締める。


 その中で、ジーナはいつまでも泣いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る