19 破壊の前触れ

 真っ暗だった夜空に、朝日が差し掛かってくる。


 その時間になってもなお、ジーナはグウィバーの死体から離れなかった。さっきまで彼の顔に抱き締めながら泣いていたが、今となってはほとんど無口になっている。

 その様子には龍巍も見守るしかない。ただ隣にいるズメイが朝日を見た途端、ジーナへと声を掛けてくる。


「……ジーナ様……そろそろ参りましょう。グウィバー様の意志を尊重する為にも、あの怪物を何とかしなければなりません……」

「…………」

「……ジーナ様!」


 ズメイから強い声を上がる。するとグウィバーからゆっくりと、ジーナが立ち上がった。

 目元が赤くなっている事以外は大した異常はない。それどころか先ほどよりも強い意思が感じられるのを、龍巍がハッキリと感じる。


「……分かっているわ……ならばトラヴィス帝国に行きましょう」

「トラヴィス帝国? あの街の事でしょうか?」

「ええ。あそこにある何でも屋には大変お世話になった。そろそろ私達の事を心配しているだろうし、顔を出さないといけない。それにあの怪物の襲撃がないとも限らないわ」

「……確かに、あやつは人間の密集地を中心に襲撃しております。人間の兵器では通用するわけではないし、我々が行かなければ……」

「決まりね」


 ジーナが人間の姿からドラゴンの姿に変わった。それに応じて、ズメイも同じような姿になる。

 そしてジーナの頭部が、龍巍へと鎌首をもたげる。


『行きましょう、リュウギ。お父様の死を無駄にはさせたくないわ』

「……ああ」


 現在、怨漸に攻撃出来るのは龍巍だけである。自分がいなければ何にもならない。

 彼もまた真の姿になって、トラヴィス帝国へと向かった。その時にジーナがグウィバーへと振り向いたのを、龍巍は見逃さなかった。




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 トラヴィス帝国に帰る途中、こんな出来事があった。


 ある草原を、数百の人間が列をなして歩いているようである。その先には小さな村が存在するのが、そこで騒ぎが起こったという。


『俺達は化け物から逃げてきたんだ!! せめて村の中に入れてくれ!!』

『そう言われても困る!! この村にあんた達を入れるスペースがないし、そんなに住みたいならトラヴィス帝国に行けばいいだろう!?』

『ならば食料を売ってくれ!! もうそれが尽きようとしているんだ!!』

『そんな事を言われても、こんな大人数に……』


 ジーナが言うには、あの人間達は怨漸から避難した難民じゃないかとの事だ。それが住居や食料を求めて、村人と口論になっているらしい。

 何故そうしているのかというのは、自分達の居場所が欲しいから。怨漸から破壊されてしまった平穏を無意識に求めている……そうジーナが重く語る。


 人間の一面が分かった時、龍巍達の前にトラヴィス帝国が見えてきた。三人とも人目付かない場所へと降り立ち、人間の姿へと変わっていく。


「聞いたか……辺境の村が壊滅したって話……」

「ああ、知っているよ……最初嵐の影響と思ってたらしいけど、何か化け物が見たかどうとか……いずれにしてもドラゴンではないってよ」

「信じられないよなぁ……邪竜とかならともかく、そんな化け物がいるなんて……災いの兆しなんだろうか……」


 街中からざわめき声が聞こえてくる。どうやら何らかの手段で、怨漸の事が知れ渡っているらしい。

 そのような得体の知れない存在に、人間達が不安に陥っている。その中を龍巍達は掻い潜り、アンジェラ達が経営する何でも屋へとたどり着いた。


「いらっしゃ……リュウギさん達!? 今までどこに!?」


 店の中に入ると、見えてくるマイアとアゾルの姿。そのマイアが龍巍達に気付く。

 さらにマイアがズメイを目にし、怪訝そうな顔をしてきた。


「あの……その人は?」

「ああ……彼はズメイ。それよりも今から言いたい事があるから、落ち着いて聞いてくれるかしら?」

「……言いたい事?」


 ジーナの言葉にマイアが聞き返す。すると何かに気付いたのだろうか、ズメイがジーナへと駆け寄る。


「ジーナ様……」

「いいのよ、今はそれどころじゃないし……それに私達の事を話した方がいいかもしれない」

「…………」


 黙るズメイを見つめるジーナ。それからマイアへと振り返り、その話をした。


 まずしたのは、龍巍やジーナ達が異形の存在に変身出来る事だ。今まで正体を明かさない方針だったので、それでズメイが問い詰めようとしたのかもしれない。

 それから噂になっている怪物が人間の密集地を狙っている事、その怪物はドラゴンと人間の攻撃を受け付けない事………そういった今までの情報をマイアに託す。なお混乱するからだろうか、龍巍と怨漸が別世界の住人という説明は省かれた。


「……あの時、助けてくれたのはあなた達だったんですね……」


 その話を聞いて、マイアは驚きを隠せなかった。

 アゾルも見開いた目で龍巍達を見ている。いきなり自分達が人間と違うと言われれば、そうなるのも無理はないだろうか。


「ごめんなさい……なるべく正体は明かさない決まりだったから……ところでアンジェラさん達は?」

「今、仕事中です……私は店番を任されてまして……」

「そう……じゃあこの帝国に避難勧告は出ているかしら? 化け物の噂は聞いているはずだけど……」


 そう尋ねるジーナ。それに対し、マイアが首を横に振る。


「いえ……化け物の話は聞いてますが、私を含めて疑っている人が多いんです。自然災害をそう例えたとかの話がありますし……」

「……残念ながらマイア殿、それは本当の話なのだ」


 その時、今まで黙っていたズメイが口添えをした。

 彼の言葉の後、マイアの口元が噛み締めるのが見える。


「ええ……あなた方の話が嘘と思えません……リュウギさんの存在もある事ですし……」

「だからこそ、なるべく早く帝国から離れなさい。怪物は街を狙う傾向にあるのだから、人目付かない辺境へと行った方がいい。……ではジーナ様、後は頼みます」

「どこに行くの?」

「トラヴィスの皇帝に避難勧告するよう伝えてきます。上に立つ者は大抵ドラゴン至上主義者なので、私の話を素直に聞いてくれるはずです」


 ジーナへと答えた後、何でも屋を後にするズメイ。

 残った三人と一体は、ただ閉じられる扉を見つめるだけだった。その後に長い沈黙が続き、誰も話さなくなってしまう。


「……あのリュウギさん、ジーナさん……あの時はありがとうございました……」


 しかしそんな時だった。突然、マイアが龍巍達を頭を下げてくる。

 ジーナはともかくとして、自分がそうされるとは龍巍自身思わなかった。戸惑う彼であるが、それでも顔を上げた彼女に問い掛ける。


「……何故礼を?」

「……リュウギさんの正体がどうあれ、あなたのあの行動がなければ死んでいました……。あの時は呆然としていましたが、やっとお礼が言える時が来て嬉しいです……」

「…………」


 龍巍はジーナの言っていた事を思い出した。『その行動のおかげで、マイア達の命が救われた』と。

 その結果がこれだというのが、今となって分かったような気がした。それを教えてくれたジーナへと振り向くと、彼女がこくりと頷いている。


『ありがたく受け取ってくれ』と、彼女がそう言っているかのようだ。




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 怨漸の破壊は止まらない。


 彼は自分が抱く破壊衝動のままに、各地を放浪してはそれを行う。破壊の先の事など全く考えず、ただひたすらに……。


『撃て!! 撃てええええ!!』

『ありったけの砲弾を浴びせろぉ!!』


 そうして放浪の末、小さい存在が集まる土地を発見。すぐさま殲滅に掛かろうとする。

 その場所は高い壁で囲まれており、そこから小さい者達からの攻撃が放たれる。攻撃は怨漸の体表に着弾し、爆発を起こす。


『……黒煙で見えなくなってしまった……どうなっているんだ?』

『分からない……ひとまずは……』


 攻撃が止んだ。その隙に、怨漸は四つの突起物を放った。

 外壁もろとも小さい者に攻撃を加え、彼らの言葉を一瞬にして途切れさせる。そのまま外壁の奥へと入り込むと、小さい者が無数存在するのが見えた。


 どれも悲鳴を上げて怨漸から逃げている。それでも逃がすまいとばかりに、怨漸は一体残らず光線で焼き尽くす。


 ――敵ハ倒ス……倒ス……。


 全てのは、一匹残らず滅ぼさないといけないのだから。


『ア゛アアアアアアアアアアアアアア!!』

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 悲鳴が聞こえてくる。さらにそれが消えて、何も聞こえなくなってしまう。

 それは対象が死んでいるという証でもある。それを知っているからこそ、怨漸は攻撃の手を緩めない。


 破壊。破壊。破壊。破壊破壊破壊破壊破壊破壊……。全てを破壊しつくし、死に至らしめ、ようやく跡形もなくなる。


 何もかもが消え去ったこの場所で、怨漸は雄たけびを上げる。しかし余韻に浸っている暇はなく、次の目標を探そうとする。


 そうするのは、まだ安心が出来ないから。それに先程出会った同じ世界の存在が、彼の生存本能を高めさせる。


 ――……リュウ……ギ……。


 自分の生存を脅かす最大の敵……龍巍。


 その存在の消滅を、怨漸は強く願っていた。

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