20 心ある者とない者

 トラヴィス帝国の動きが慌ただしくなるのを、龍巍は窓を見ながら感じた。

 ズメイの言葉を受け入れた宮殿の者達が、すぐに避難勧告を出したようである。それを聞いた住人達が街から出ようと動いているのだ。


「リュウギ達が帰って来たと思えば避難勧告だなんて……運が悪いね」


 何でも屋にいるアンジェラとハッドも例外ではない。大量の荷物を用意しつつ、避難の準備を始めている。

 さらにマイアとアゾルも、彼女達に同行する事になった。一緒にいれば色々と都合がいいし、アゾルが遠くまで行って情報収集が出来るからである。


「いえ……離れていた私達がいけなかったのです。それよりも例の化け物が現れるのか分かりません。どうかお早く……」


 ジーナがアンジェラ達へとそう伝える。

 それに対して、険しい表情をしながらも頷くアンジェラ。


「ええ、あんた達も気を付けな。それよりもハッド、積み込みはまだかい? 早く行かないと出遅れるよ」

「わぁってるよ! もうちょっとで終わるからよぉ!!」


 アンジェラとハッドが言い合っている間、ジーナがマイアへと向いていた。

 彼女達が互いに頷き合ったのを、龍巍は見逃さない。


「では私達はこれで。色々とお世話になりました」

「あいよ。短い間だったけど、一緒にいて楽しかったよ」

「……こちらこそ」


 何でも屋から出て、人ごみの中に潜り込む龍巍とジーナ。

 彼らはアンジェラ達と共に避難をしない。このトラヴィス帝国に残って、見張りに当たる事になったのである。


 目的は怨漸が来た時に、いつでも戦えるように。その為に二人は高い家に飛び移り、屋根に立つ事にした。


「リュウギ、エンザの気配はある……?」

「いや、それは全く感じない。ただ奴は空間を転移する能力があるから、気付いた時には現れたという事もある」

「……せめて避難するまでに出てこないで欲しいわね……。全滅したり逃げたりで増援も望めそうもないって、ズメイも言っていたし……」


 そう呟きながら、彼女が地上を眺めている。

 龍巍も同じように見てみると、未だ人間達が避難をしている。いなくなる気配が全くせず、この分だと完了するまで時間が掛かるかもしれない。


「……何故エンザが人やドラゴンを襲うんだろう? 本能にしては、何か奇妙な感じに思えるけど……」


 途端に、ジーナからそんな疑問が問い掛けられる。

 龍巍が振り向くと、彼女が不安な表情を浮かべていた。未知の存在に対しての不安だと、察する事が出来る。


「……奴は、自分以外の存在を『敵』だと思っている」


 彼女から尋ねられた「襲う理由」を、彼はすぐに答えた。

 怨漸が人口密集地を襲撃する理由には、確かに本能が関係している。しかしちゃんとした目的があるのを、あの戦いで感じたのだ。


「俺達には本来『味方』というのが存在しない。自分以外の存在は敵で、倒さなければならないと思っている。怨漸はこの世界の全生物を敵と認識して、滅ぼそうと襲っているんだろう」

「……そんな理由が……」

「それが俺達だ。戦いしか存在価値がなく、敵がいなくなるまで倒し尽くす。……この世界に降り立った時もそう思っていた」


 かつての龍巍も敵を求めていた。 

 それを倒さなければ平穏が来ないと思ったからである。人間のように互いを助け合い、共に暮らすという発想などある訳がない。


「……お前という存在がいなければ、俺は怨漸と同じように全てを敵と認識していたのかもしれない。もしかしたらお前でさえも……」

「…………」


 今までの龍巍はいわゆる破壊者だった。生存の為にあらゆる存在を倒し尽くし、破壊をもたらす化け物。

 今戦おうとしている怨漸は、まさにそのような存在だ。ジーナという存在がいなければ、今頃あんな姿になっていたかもしれない。


「……だが、今は違う」


 それでも龍巍は、今の自分がハッキリと分かった。


「俺はジーナ……お前と出会って、破壊者だった自分を変えてみせた。もう全てを滅ぼそうとなんて思っていない。俺はお前と……お前の住む世界を、滅ぼさせない」

「……リュウギ……」


 自分に初めて出来た『守るべき存在』。その最たるジーナへと、その意志を告げた。

 彼女が龍巍の意志に対して、怨漸に対する不安な表情を消す。さらに彼女の身体が向かってきて、龍巍へと密着してくる。


 彼女もまた愛する者へと、その細い腕で抱き締めてきた。


「……だったら、私もあなたを滅ぼさせない」


 龍巍に感じてくる温もり。

 その中で、彼女がゆっくりと伝えてくる。


「例え何があったとしても、私はあなたと共に過ごしたい……。あんな怪物なんか倒して……この世界で生きたい……。

 だから……一緒に生き残ろう……」

「……ああ、だ」


 ジーナがいつもしている約束を、龍巍がそっくりそのまま返す。

 それに気付いてくれたのか、彼女が顔を上げつつ微笑んでくる。龍巍はその笑顔に対して、自らもその身体を抱き締めようとした。









 ──……イタ……敵ガイタ……。


「!?」


 腕の動きが止まってしまった。脳裏に言葉が浮かんでくる。

 それも感覚からして、そう遠くはない。


「……どうしたの?」


 ジーナが尋ねても、龍巍は上空へと振り返るだけだった。

 そうしてその口から、小さい言葉が漏れ出てくる。


「来る……」

 

 ――その瞬間、上空に閃光が走っていく。

 ジーナや地上にいる人間達が、突然の事態に驚愕をした。さらに閃光と共に強風が吹き荒れ、大粒の雨が降り注ぐ。


 その閃光の中、龍巍は浮かび上がる異形の姿を見た。


 虚空から出現するかのように、鮮明になっていく巨大な姿。やがて完全に現すと、帝国中に響かんばかりの咆哮を上げてくる。


 ――オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


「怨漸……」


 奴が姿を現れてしまった。龍巍にとっての敵であり、この世界への災厄である破壊の獣――怨漸。

 その災厄の化身が、禍々しい顔で人間達を見下ろしている。それに対して、我を無くしたように悲鳴を上げる人々。


 さっきまで大人しかった帝国が、一瞬にして大混乱に陥った。怨漸から逃げようと、住人が一斉に逃げ始めていく。


「……リュウギ!!」

「…………」


 目の前の怨漸が、突起物を使って人々に攻撃しようとしている。

 龍巍はジーナを放し、建物から跳躍した。そのまま真の姿に変わり、怨漸へと斬撃を与える。


 ――ア゛アアアアアアアアアア!!


 顔面に傷が与えられ、悲鳴を上げる怨漸。

 一方で龍巍は地面に着地した。衝撃が周りの家を粉砕していく中、彼がゆっくりと怨漸へと振り返る。


 ――ギュウウオオオオオオンンンンン!!


 真の姿となった彼から放たれる、敵意の咆哮。


 咆哮もまた衝撃波となって、周りの雨を吹き飛ばす。そして彼自身気付いていないが、周りの家にある窓ガラスが粉々に砕け散った。

 対して怨漸もまた咆哮を上げる。龍巍を敵と認識した行為だが、彼にとっては望ましい展開だ。


『悪霊め!!』


 その時、頭上からの声。見上げると、そこには別の所で待機していたズメイがいた。

 既にドラゴンの姿になっており、火球を放っている。やはりというべきか攻撃は効いていないようだが、目くらましにはなっていると思われる。


『私はお前を援護する!! 攻撃が効かないのだが、囮にはなるはずだ!!』


 ズメイを認識した怨漸から放たれる光線。

 それを回避しながら、彼は叫び出す。


『だから頼む! グウィバー様の仇を……奴を必ず倒してくれ!!』

『…………』


 その叫びの後、ドラゴン化したジーナが通り過ぎようとする。


 彼女が龍巍へとすれ違う時、一瞬だが頷いた。彼女の意思を受け止めた龍巍は、怨漸へと駆ける。

 地響きを鳴らし、両腕の武装を地面に擦り付ける。そのままズメイに気を取られている怨漸へと、武装を振るう。


 まずそれで、一本目の突起物を斬り落とした。


 突起物が地面に落下し、赤い炎で包まれる。その落とされた武器を見て、怨漸が動揺を隠しきれていない。

 そこを龍巍が再び斬りかかろうとした。しかし今度は回避をさせられ、背後へと回り込まれる。


『……!?』


 その時、それは起こった。怨漸の姿に異変が起こったのだ。


 顔面の両端から赤い炎が噴出した。続けて下部や後部、そして頭頂部にもそれらが出てくる。

 自らエネルギーを出しているかと思えば、何とその炎が少しずつ硬質化していく。それは次第に炎ではなく、形のある部位へと変わっていった。

 両端から出た炎は、鉤爪を生やした青黒く太い両腕に。下部のはその同じ色をした太い両足になり、後部は棘を生やした尻尾。そして頭頂部のは、一本角と獣を無機質にしたような赤黒い頭部。


 ――オ゛オ゛オオオオオオアアアアア!!


 劇的な変化を起こした怨漸。龍巍達が圧倒される中、その禍々しい咆哮を轟かせるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る