13 デートの後の……

 あの後、龍巍はジーナから黒いアクセサリーを渡された。

 ジーナの方は白いアクセサリーを身に着けており、彼女曰く「お揃い」になったそうである。龍巍は物を付けるという事に奇妙さを覚えたが、ジーナが喜んでいる以上外す理由もない。


 それからしばらく彼女に連れ回される。


 ある食堂に行ったかと思えば、少し見てみたいと道具屋に入る事も。さらに道を歩いている途中に、ジーナがある物を指さす。 


「リュウギ、奥で演劇がやっているって。見に行きましょう!」


 壁に貼られた演劇の広告である。それに気付いたジーナが、龍巍と共に目的場所へと向かった。

 やがて演劇場に足を運ぶと、人間達が段々となった席に座っている。その彼らが見ている先に、演劇というのがやっていた。


「神よ……これが私めの役目でしょうか……ならば私はその運命を全うするのみ!!」


 演劇の内容はジーナが教えてくれた。


 ある貧しい村に男性の主人公がいたという。主人公は神から魔物退治の宿命を背負わされており、知恵と力を駆使して魔物を倒していくという。

 魔物はワイバーンや凶暴な熊、大蜘蛛、そしてドラゴン。(全て可動式の張りぼてで作られているという)。それでドラゴンは美しい女精霊を捕えており、退治した後にその精霊を助けたのだ。


 主人公は彼女に恋を抱き、様々なアプローチをかけていく。それに気付いた精霊が、彼と共に一生を暮らす事を決意。

 それが神から与えられた試練への褒美という説明が入り、演劇は終了となった。


「……前半はともかく、後半はいわゆる異類婚姻譚いるいこんいんたんよ」

「異類婚姻譚……?」


 演劇は終わったが、別の題材があるという。

 その準備が続く中、ジーナがそんな事を口にした。


「人間と人外……まぁ別種族が互いに愛し合うという物。この演劇のように結ばれて、死ぬまで一生を共にするって感じね」

「別種族……ちょうど俺とお前のような感じか?」

「ふぇっ? ああ……そうだけど……まさか直球で言われるとは……」


 そんな彼女が頬を赤くしながら頭をかいていた。

 時々龍巍を見ては逸らしたりと、どこか挙動不審である。


「本当に変わっているな、お前は」

「あ、あなたが言う台詞か!? まぁともかく、次の演劇が始まるからお開きお開き!」


 次の演劇はさっきと打って変わって喜劇物だ。龍巍は無表情だったが、ジーナの方は時折クス笑いをしている。


 やがて演劇が終わった後、今度は美術館へと足を運んだ。ほとんどがドラゴンや美女がモデルとなっているらしく、神像も絵もそれに関する物である。これに不満なのか「もうちょっと題材が豊富だったら……」とジーナが呟いていた。


 その次に牧場だ。馬に牛といった動物が柵の中で生活をしている。なおここは馬の試乗が可能で、二人して馬に乗る事になった。


「前に乗馬した事があるから、私が教えるわ。こうして身体をまっすぐに伸ばして、それからこうで……」


 ジーナから「乗馬」という方法を教えてもらう。ただ馬が嫌がるらしく、どうやっても失敗に終わる。

 結果として、それ以上は無理だと断念。代わりにジーナが乗馬を披露する事になった。


「リュウギ! どう、上手いかしら!?」

「さぁ」

「そりぁそうか! まぁ、こんな感じに乗れるからよーく見てて!」


 馬の上で、ジーナが手を振ったり声を掛けてくる。

 その時の彼女は機嫌がいいというか、嬉しそうであった。戦闘の時などに浮かべる険しい表情とはだいぶ違う。


「リュウギ!」

「……?」


 一体何事か、ジーナと馬がこちらへとやって来る。しかも彼女が龍巍目掛けて飛び降りてきた。

 咄嗟に龍巍は彼女を受け止める。ただいきなりだったので、彼女ごと草原に倒れてしまう。


「……何の真似だ?」

「……プッ……ハハハハハハ! これでも真顔でいるのは凄いわね! ハハハハハハ……!」

「…………?」


 龍巍を見つめていたと思えば、何故か笑いだした。

 これらがいわゆる「楽しい」に入るだろうか。人間という思考は本当に興味深いが、複雑で理解不能な所もある。


 しかしこれでいいのかもしれない。


 牧場から離れた後も、ジーナは笑顔を絶やさなかった。どこに行っても、どんな状況になっても、それが消える事がない。

 前から知りたがったその笑顔を見られて、龍巍はどこか安心した気持ちになる。そしてそれを観察をしたい。


 破壊しか考えなかった前の自分では、到底考えられない事だ。




 ============================




 やがて夕方になった頃。


 龍巍とジーナは、エルダーの神像近くに留まった。そこで彼は、ジーナに「言語」というのを教えてもらっている。


「この文字を並べると『ジーナ』になるわ。それでエルダーという文字はここと……ここと……」


 先ほど書物屋に入った後、ジーナが言語に関する本を買ったのである。

 それでその「授業」なる物を教わっているが、これがまた難しい。無数の言葉やそれらを繋げた長い文……そういうのをいちいち覚えなければならない。


「どれが俺の名前なんだ?」

「それはこの文字とこの文字。自分の名前だから覚えていた方がいいかもね。ああ、そんなすぐにマスターしなくても、十分時間はあるから」

「……分かった」


 しかし彼女の為にも学ぼう。そう龍巍が本を手にし、分かっている範囲で読んでいった。


 ――ゴーン……ゴーン……。


 そんな時、街中に鈍い音が響き渡る。

 これは龍巍も以前聞いた事がある。ジーナが言うには鐘の音で、夕方から夜になる事を告げる合図である。


「……気付けばこんな時間ね……何か長い時間だったわ」


 鐘の音を聞いたジーナが、頭上の夕暮れを見つめていた。

 まるで悲しんでいるように見える姿に、龍巍は何も言えない。そんな彼女だったが、ふとこちらへと振り向く。


「私、楽しかったわ……こうして一緒に遊んだのを……。あなたはどうだった?」

「……正直な所、よく分からない」


 人間の感情をだいぶ理解したと言っても、所詮は人間とは違う存在である。

 龍巍は自分の持っているを未だ理解出来ない。それでもこれだけは言える……そう彼は考えていた。


「お前と一緒にいると、今までなかった感情が出てくる。一体これが何なのか、何で俺がそんなのを感じているのか。全く分からない……」

「……それが、楽しいって感情なんだと思う」


 模索していた龍巍へと、ジーナが微笑む。

 暖かくふんわりとした……異形の存在である彼自身にはない、どこか血の通った表情。


「それが感じるなんて、凄い立派な事なのよ。あの時のマイア達だって、今の時だって、あなたは戦い以外の事が出来るようになっている。それはとっても……とっても素晴らしい事なの」

「…………」

「だからさ、もっと素晴らしい事を経験しましょう。楽しみの他にも喜びだって、悲しみだって、色んな事が分かってくる……それでもっと……私を楽しませて……」

「……それも、お前との約束なのか」


 龍巍が問い掛ける。それに対して、ジーナが無言で頷く。

 その時の彼女の目が、まるで懇願しているかのようだった。そんな彼女が約束をするのなら……、


「……俺は……」


 最後まで言おうとした。彼女に答えようと、その意思を伝えようと。





 しかし突如、それがやって来た。


 何と頭上から気配が感じる。龍巍がすぐに見上げると、雲の間から巨大な影が降りてきた。

 ワイバーンをも超える巨体に、全身を覆う青い体色。翼は一対だけであるが、それが身体を包み込む程に大きい。


「おい、見ろ! ドラゴンだ!!」

「何でこんな所に!?」

「ドラゴンだ!! ドラゴンが出たぞ!!」


 間違いなく、それはドラゴンだった。それが現れたと同時に、周りの人間からざわめき声が聞こえてくる。

 龍巍は突如として現れたドラゴンを見つめるしかなかった。一体何が目的で、この街に出現したのか。


「……ズメイ……」

「何……?」


 ジーナから声が漏れたのを、龍巍は聞き逃さなかった。

 なおズメイというドラゴンは、龍巍達を鋭い目で見下ろしている。その目をしたまま背を向け、街から飛び去ってしまった。


 まるで「付いて来い」と言わんばかりに。


「……リュウギ、真の姿にならないで私の手に乗って」

「……ジーナ……?」

「……約束出来る?」


 有事の際には異形の姿になれと言っていたジーナが、今度は逆の事を言っている。

 龍巍はただ頷くしかない。それから人気のない場所に連れてこられた後、彼女がドラゴンの姿になる。その手の上に、龍巍は黙って乗った。


 前方にいるズメイの後を追うように、ジーナが飛び続ける。やがて下界の風景は街から山に変わり、生い茂った森しか見えなくなる。

 その森の中へとズメイとジーナが降りる。するとジーナが、まるで呆然とするように固まってしまった。

 

『……たくましくなったな、我が娘よ』


 森の中に紛れるように、巨大なドラゴンが佇んでいる。

 翼が三枚しかないのだが、それでもジーナによく似ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る