05 少女からの約束

 何らかの轟音が龍巍に届いた。それから森を抜けると、ドラゴンとなったジーナの姿が見えてくる。

 手にはワイバーンを握られており、それを放り投げていた。さらに二人の人間が、そそくさに立ち去っているのが見て取れる。


「ジーナがやったのか?」


 ワイバーンの方は、龍巍の前に落ちてきた。

 動かなかったというのは、ジーナの手によって死んだのだろう。龍巍にもそういう概念はあるのでよく分かる。


『そう……そいつが邪竜の手下だからよ』


 ジーナがその巨大な顔を、龍巍へと近付けさせた。

 まるで憎しみを抱くように、ワイバーンの死体を見下ろしている。


『基本、ドラゴンは世界を守護する立場。しかし中にはそういう守護を放棄し、人間や他の生物を危害を加えるドラゴンがいる。そういうのを便宜上として、邪竜と名付けているわ』

「ではこいつは……?」

『このワイバーンは、その邪竜の手下。ワイバーンは普通人間を襲わないから、邪竜の手下なのかそうではないかの違いが分かるわ。……まぁ、簡単に言えば、私達のね』

「……敵……」


 その単語に、龍巍は強く反応した。

 この世界にもやはり敵はいるようだ。しかしそれがジーナの敵だったとしても、自分の敵なのかどうかが分からない。


「……その敵を倒せばいいのか?」

『……えっ? ……まぁ、そうだけど……。とりあえず他にはいなそうだし、先に進むわ』


 そう言ってジーナが人間の姿に戻る。龍巍から鞄を受け取ると、再び歩き出した。

 龍巍はワイバーンの死骸を見つめていたが、すぐに後を追う。その間、彼女とは会話を交わさなかった。


「…………」


“全部敵……敵は……必ず倒す……”


 かつて元の世界にいた時、龍巍はそんな考えをしていた。

 最近は彼自身驚くほど落ち着いてしまったが、やはり敵がいるとなると安心は出来ない。


「敵か……倒さなければ……」

「えっ……でもこれは私達の問題……」

「敵は倒すべき存在だ……だとするならば、俺も戦わなければならない」

「……何故そこまで……あなたは一体……」


 まるで理解出来ないと言わんばかりに、ジーナがそういう顔をしている。

 ならばと、龍巍は自分がいた世界の事を話した。あの世界は自分のような怪物が無数に存在し、生存を兼ねた熾烈な争いを繰り広げている。

 龍巍もその争いに明け暮れていたのだが、突如としてこの世界に来てしまった。理由は龍巍でも分かっていない。


 それを話していく内に、ジーナの顔が曇り出した。


「……そう、そんな事があったの……ちょっと信じられないけど……」

「教えてくれ……この世界には俺にとっての『敵』がいるのか? 俺は……何を倒せばいい?」


 この世界の住人であるジーナなら、答える事が出来るだろう。

 そう考えた龍巍であるが、彼女は口を堅く閉ざしていた。龍巍はただ彼女の返答を待つ。


「……あなたの敵……それは……」


 何かを言おうとしている。それを聞こうとしたのだが、突然足元が揺れ出した。

 戸惑っているジーナの足元に、亀裂が入る。彼女がそこから離れると、巨大な長い物体が突き破って来た。


「ワーム……! 邪竜の手下か……!!」


 ジーナの言葉から察するに、ドラゴンともワイバーンとも違う存在のようだ。


 頭部こそ二種族に酷似しているが、翼も足もない。代わりに胴体が長くしなやかで、樹を超える程に大きい。

 その個体が大きな口を開けながら迫ってきている。龍巍は行動を見つめていたが、そこにジーナが彼を捕まてきた。


 一緒に離れると、ワームというドラゴンが地面に噛み付く。


「……リュウギ!」


 ワームから離れた後、ジーナが振り向いて来た。


「このワームがさっき言ってた邪竜の手下よ! あなたにとっての敵でもある……だから!」

「……敵……そうか、分かった」


 いよいよ敵が出来た。だったら倒すしかない。

 龍巍は人間の姿から変化する。それは一瞬で終わり、真の姿である異形となった。


 ――グルルウウウウ……。


 唸り声を上げながらワームを見下ろす。逆にワームが龍巍を見上げ、呆然としている。


 すかさず武装を振り下ろそうとするが、背後から轟音が聞こえてくる。振り返ってみると、もう一体のワームが地面から飛び出してきたのだ。

 ワームが奇声を上げながら右腕に巻き付く。同時に最初の一体も飛び掛かり、龍巍の首元へと噛み付いた。


 対し大きく振り払う龍巍。二体とも振り落とされ、樹木をなぎ倒しながら転がり込む。


 すかさず彼は、一体のワームに武装を突き刺した。地面が爆ぜ、轟音が上がる中、真っ二つにされた敵の悲鳴が聞こえてくる。

 やがてそのワームが動かなくなった。そうして残りの一体へと振り向くと、恐れをなしたのか逃走をしている。


 ――逃がすか……。


 敵を見過ごす訳がなく、龍巍は自らの巨体を舞い上がらせる。そのままワームへと降下し、踏み潰す。


  ――ガアアアアアアアアアアアア!!


 つんざく破壊音に、次々に折れる樹木。ワームが地面にめり込み、姿を見えなくさせてしまった。

 しかし死んだ事には変わりない。そう確認した龍巍は、地面から足を抜かせる。


「さすがだわ……と言いたい所だけど、攻撃の余波が凄いのね……」


 そこにジーナが駆け付けてきた。彼女が龍巍の周りを見つめている。

 確かに地面が大きく割れており、樹木が何本か倒れている。龍巍としては本気でやった訳ではないが、やはり持っている力が凄まじいのかもしれない。


「それよりも早く人間の姿になった方がいいかも。その姿は目立ってしまうし……」

『目立つのか? まぁ、お前が言うのなら……』


 少し怪訝に思ったが、龍巍は人間の姿に戻った。

 その際、ジーナが呆気に取られた表情を取る。


「私と比べて一瞬ね……。まぁ、それはそれとして、何だかんだで私の言う事は聞くんだ?」

「お前がこのワームを敵だと言ったからだ。俺はそれを倒したまでだ」

「まぁ、それもそうだけど……。それよりも、約束をしたいけどいいかしら?」


 ジーナが龍巍へと近寄った。

 距離が縮まると、彼の顔を覗き込むようにする。まるで試しているかのようだ。


「……約束?」

「そう……誓いとも言ってもいいわ。私が邪竜の手下のような……あなたにとっての敵を作る。そして人間や味方……そういった敵ではない存在もいるので、絶対に手を出さない。それを実行出来る?」

「……つまり、お前の言う通りにすればいいという事か」

「……そう言う事になるね。それと一つ追加するけど、敵を作っておくからには無暗に真の姿にはならない事。この願い、聞いてくれるかしら……?」


 まさか他者から敵を作り、あろう事か真の姿になるなど、そう言われたのは初めての事だ。

 しかし龍巍にとっても悪い話ではなかった。彼女が敵を作って、龍巍がその敵を倒す。いちいち探すよりかは手間が省ける。


「分かった……お前の言う通りにする」

「……約束よ。じゃあ、敵がいなくなった事だし、そろそろ行きますか」


 龍巍の肩を軽く叩いた途端、微笑みながら先に進んだ。

 何故笑っているのだろうかという疑問もあったが、龍巍は言われた通り進む事にする。彼女から言われた『約束』というのを、しっかりと覚えるのを忘れずに。




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 そうして森を抜けた後、目の前に何かが見えてきた。

 ジーナ曰く、この森に囲まれて出来た村らしい。そこを見ると人間達がたくさんおり、がやがや騒いでいるのが分かった。


「何をやっている?」

「ああ、店を開けているのよ。珍しい食べ物がいっぱいみたいだから見に行くけど、さっき言ったように変身しないでね」

「ああ……」


 念押しをされたので返事すると、ジーナが「よろしい」と答えた。

 早速村の中に入ると、その店というのがたくさん見えてきた。人間というのはこういった事をするのかと、龍巍はますます不思議に思う。


 一方で、ジーナがある店へと向かった。龍巍は彼女のそばについて、黙って話を聞く。


「おお、いらっしゃい!! お嬢ちゃん見ない顔だけど、もしかして旅の者か?」

「ええまぁ。それよりもこの果物美味しそうですね、何と言う名前ですか?」

「ああ、アプルの実だよ!! 採れたてでなおかつ甘い! よかったら試食どうだい!?」

「いいのですか? ではお言葉に甘えて」


 ジーナがアプルの実という物を受け取っていた。

 すると龍巍の手にも、その実が置かれる。


「ほら、兄ちゃんも食いなよ! 結構うめぇんだぜ!!」

「おお、これは美味しいですね! 果汁がたっぷりで」


 ジーナを見る限り、どうやら口で噛み付いて飲み込むらしい。

 龍巍も同じようにするも、


「……何も感じない……」

「ああん!? 兄ちゃん、ただで食べておいてそりゃあねぇだろう!?」

「ああちょっと!! ご主人落ち着いて! 落ち着いて下さい!!」

 

 龍巍の言葉に、人間が声を荒げてきた。

 何でそうされたのか、彼には分からなかったが。

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