第22話 最後の選択

 部屋のテレビにはアデールとデリアが並んで映っている。随分と懐かしい映像な気がした。


"七日間の選択、全て終了しました。これより最後の選択期日の申請をお願いします"

「最後の選択の内容を聞かずに、期日を決めるのか?」

"はい。これは『最後の選択』の内容が、選択期日に影響を与えることを防ぐためです"


 あまり納得はできなかったが、僕としては、あらかじめ用意していた回答を変更するつもりはなかった。

「了解した。選択期日は、来年3月31日の24時までだ」

"この選択は一度しか行えません"

「大丈夫だ。問題ない」


"関連する規則事項を復唱します"

 一つ、選択者は168時間後に、最後の選択をしなければならないものとし、選択者はそれに必要な期限を任意で一度だけ宣言することができるものとする。ただし、その期限内に選択を放棄した場合、または選択者が死亡、事故、病気など、物理的な事由により実行不可能な場合、世界は滅びるものとする。


 一つ、最後の選択の期限までの間、選択者は天使、悪魔とのコンタクトを一切禁止するものとする。また、選択に際し、選択者が第三者に本件に関する情報を開示することは自由とし、その際、記憶の改ざんなどは一切行わないものとする。したがって選択者は、規定の効力の期限が過ぎ、最後の選択をするまでの間に、天使と悪魔以外との情報公開を自由にできるものとする。ただし、最後の選択をした瞬間、第三者のそれらの記憶は全て抹消される。


「大丈夫だ。問題ない」

"では、最後の選択の期日を来年の3月31日の24時までとします"

「で、その最後の選択って、いったいなんなんだ?」


"最後の選択の内容をご案内します"

 規則事項モードのアデールとデリアが、最後の選択について説明をしてくれた。

 それは、天使と悪魔を選ぶよりも困難な選択であった。


 僕はDVDをデッキから取り出し、ケースにしまいレンタルビデオ屋に返却した。


 数日後、同じDVDを探したが、やはり、それはどこにもなかった。

 おそらく借りた記録も店員の記憶も残っていないのだろう。


 期日を決めた以上、それまでに答えを出す必要がある。

 しかし、当面は就職活動であり、バイトであり、クリスマスであり、大晦日であり、正月であり、卒業にまつわるいろんなイベントであり、バレンタインデーには母と、妹と姉からチョコレートをもらい、ホワイトデーには焼肉をご馳走した。


 月日が流れるのはあっという間である。月に一度は何かしらイベントがある。

 運よく就職先が見つかり、就職祝いと卒上祝いとバイトの送別会と、イベントが目白押しだった。

 僕が好きな人気女優に不倫疑惑が浮上し、大好きだったアーチストが自殺をし、国を二分するような重要な法案が衆議院を通過した。


 しかし、どんな行事もどんな出来事も僕にとっては二の次だった。


 僕の第一は、死なないで生きること。


 最後の選択のその日まで、誰にも頼らず、自分で考え、行動し、見極め、そして年度末で月末、3月31日を無事に自分の部屋で迎えることである。


 僕は駅のホームに立つとき、間違って誰かが僕をホームに落としやしないかと、いつもより半歩後ろにさがり、体重を常に後ろに懸けるようにした。

 友人知人が運転する車にはできるだけ乗らないし、乗ったら身の完全の確保を最優先にした。

 卒業旅行は飛行機で行くような場所はパスした。

 健康には常に気を使い、酒を飲みすぎて前後不覚になることも、人の女に手を出して、誰かに恨まれるようなことも、暗い夜道を歩くのだって、相当に気を配って過ごしてきた。


 そして約束の日、3月30日の24時を過ぎ、3月31日に日付が変わったとき、僕はいつものレンタルビデオ店に足を運んだ。

 店の奥のアダルトコーナーには、今日に限って他に客はいなかったが何も気にすることはない。


 そういうこともある。


 僕は棚を見て回る。いつものように、慎重に作品を物色し、SMものに手を伸ばす……、つい半年前では考えられなかったことだが、僕はマニアとは言わないが、選択肢の中にSMと露出度の少ないイメージビデオが加わった。


 本当に、僕は最低である。


「そんなことはないですよ。京次様」

 天使が囁く

「よくもまぁ、のこのこと、顔を出せたものね。あんた最低」

 悪魔が囁く


 棚から一枚のDVDが転げ落ちる。


 タイトルは『天使か悪魔か』


 僕は約束どおり、あのときと同じDVDを借りて部屋で再生する――もちろん無料キャンペーンである。


「やあ、会いたかったよ、アデール、お前はいいよ、デリア」


 本当に、僕は最低である。テレビ画面の天使と悪魔に話しかけている。誰かが観たら、きっと心配するに違いない。もっとも、彼らには僕が何をやっているのか、認識できるかは甚だ疑問ではなるが。


"最後の選択のお時間が迫ってまいりました。選択期日は今から23時間と40分です"

「僕は……、答えはもう、決まっている」


"選択は一度しかできません。選択には時間いっぱいまで費やすことをお勧めします"

「いや、いいんだ。答えはきまっているんだから」


"では、お答えください"

「答えはNOだ」

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