第21話 第七の選択
間宮は商品の品出しを確認しに倉庫に向かった。
デリアの姿が見えない。
近くにいるのは間違いないのだからと、僕はロッカーでユニフォームに着替える――デリアの声が聴こえる。
それも艶めかしい、喘ぎ声。
声は倉庫の方から聞こえてきているようだった。
もしもあのDVDを間宮が借りていたら、アデールもデリアもいいように弄ばれていたのではないか?
そんな想像をしてしまう僕がいけないのだ。
デリアはすぐにそれを実行に移した。
「あれ? デリア」
声のする方――つまり倉庫の中を覗いてみるとデリアはあろうことか、間宮に絡みついていた。
「なにをやっている。おい、デリア!」
心の奥底に、メラメラと黒い炎が立ち上るのを感じた。
そうか、これが嫉妬というやつなのか……僕は大きな声でデリアを呼んだ。
どんなに大きな声を出しても、他の誰にもわからない。
僕のデリアへの行動は彼らには認識されないのだ。
そして更に僕は自分の身体に起きた変化に驚いた。
「俺は、この状況で欲情している」
嫉妬は負の感情だということは理解していた。
あまりそういうことに縁がなかった僕は、まずその存在に戸惑ったが、それ以上に嫉妬しながらもデリアが他の男に絡みついている姿に欲情している自分が哀れでならなかった。
「デリア、お願いだ。やめてくれ」
僕は自分が発した言葉によって、どうなるかを、十分に、理解していた。
間宮が店を出た後、恥ずかしながら、僕はその日、およそ人前ではできないようなことをデリアとやりながら過ごした。
僕は間宮以上にケダモノなのかもしれない。
こうなることは予測できたから、僕は二日間、外に出なかったというのに、僕は命を救ってくれた悪魔に魂を一日くらいはくれてやってもいいと思ったのかもしれないし、ただ、単純に獣のように自分の欲情をぶつけただけだったのかもしれない。
一つだけ言えること。
これは悪魔デリアにはできもて、天使アデールに対してはできなことだ。
悪魔には悪魔の、天使には天使の領分という物があるということなのだろ。
そして僕は、その間をずっと行き来してきた。
僕は天使と悪魔を使い分け、この七日間を過ごしてきた。
選択したのは僕だ。
悪魔と戯れ、汚れたのも自分。
天使に救われ、癒されたのも自分。
アデールが居たからこそ、人にやさしくできたのかもしれない。
デリアが居たからこそ、僕は自分の欲求に素直になれたのかもしれない。
この二人に出会っていなかったとしたら、僕はいったい何を、選択しえたのだろうか?
23時、バイトが終わり、部屋に帰る。
そういえば、デリアとの痴態を機密事項モードに指定することをすっかり忘れていた。
僕は天使を汚し、悪魔に命を救われたのだ。
これで何も思い残すことはない。
果たしてそうだろうか?
ふと今まで使ってこなかった規則について思い出した。
「規則事項に第三者との秘密の共有というのがあったけど……」
「それは、"第三者に漏えいした場合は、その記憶を抹消するものとする。ただし、選択者、天使、悪魔の三者が合意した場合のみ、第三者への情報開示は可能となる"のことでしょうか?」
デリアが規則事項モードで答える。
「たとえば間宮とさっきのことを……、コンビニであったことを共有したいと思ったら、それは可能なのか?」
「可能です」
僕は少し意地悪な気分になって、テレビ画面のアデールにも問いただした。
「京次様がお望みになるのならば、それを拒否するつもりはございません」
「いいか、悪いかでいったら?」
「悪いです」
テレビ画面からアデールが答える。
僕にとってまぶしすぎる天使アデールは、僕に汚されようともやはり、天使なのだ。
僕のケダモノのような姿を見てもなお、僕が自ら魂を汚すことを是とはしない。
僕は偽らざる自分のままで、アデールと向かい合った。
デリアが問う。
「共有なさいますか?」
「天使には天使の領分が、悪魔には悪魔の領分があるってことか。その両方を満たさなければ、この条項を実行することは、僕にはできない。フェアじゃない。共有はしない」
何もしないという選択もまた、一つの選択なのだ。
残り20分。これで二人ともお別れだ。
「ねぇ、それなら、今から三人で話をしないか。アデール、デリア」
「それは無理です」
アデールが答える。
「いいわよ」
デリアが答える。
当たり前に三人では会話が成立しない。
そして僕は笑った。大きな声で笑った。
「そうだよな。俺って本当に馬鹿だな。最後の最後くらい、カッコよくしたかったけど、そんなの俺の領分じゃないよな」
「そんなことはないですよ」
アデールが答える。
「キモい」
デリアが答える。
僕はデリアの頭を撫でようとして噛みつかれ、また笑った。
「もういい、お前、あっち行けよ」
残り時間は僅かだ。
「もう二度と俺の前に姿を現すな」
デリアはフリーズした。
「引っかかったな」
僕はデリアのとがった耳の先端を右と左、両方を指でつまんだ。ひんやりとした柔らかい感触が、指の先から僕の芯の部分に伝わり、僕は涙を流す。
「これでも食らえ!」
デリアは僕を蹴飛ばし、思いっきりヒールで踏みつけた。
「お前は本当に最低な奴だ。誰が二度と……」
そこまで言い終えて、デリアは規則事項モードに切り替わった。
そしてテレビ画面に戻って行った。
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