第11話 悪魔はその目で嘘をつく

 見守られているというのと、見透かされるというのは、こうも違う物なのか。


 "見守られる"と"見透かされる"の違いは判るし、そういうことはある意味では日常なのだ。

 身内、肉親は見守りもするし、見透かしもする。だけどそういうことは、あまり意識しないものである。それが家族というものであり、赤の他人に見守られたり、見透かされたりするのとはわけが違う。

 頭ではそうだとわかっていても、これほど違うというのは、発見であり、ある意味、僕はこれまで他人とそういう人間関係を築いてこなかったのだと、思い知らされた。


 だが、相手は人間ではない

 天使と悪魔なのだ。


 天使か悪魔か――強制された二者択一。あらかじめ不自由な選択であることは十二分に承知していたつもりだったが、正直、こんな僕でも……、いいや。こんな僕だからこそ、今回のことは堪えた。


"人はどんなに善であろうとしても、いつか必ず、自ら悪を選ばなければならないときがくる"


 誰の言葉でもない。僕の言葉だ。僕の――行いだ。


 みっともないことではあるが、僕は低頭、平謝り、誠意をこめ、謝意を表し、天使アデールから"天使と悪魔どちらにいたしますか?"と聞かれ、5分に及んで散々な言い分けと、どんなにアデールが素晴らしく、そしてどんなに自分が愚かなのかを得々と、懇々といけしゃあしゃあと説いて"ゴメン、悪魔でお願いします"と告げたのであった。


 それでアデールが悲しそうな、寂しそうな微笑みを返してくれたのなら、僕は、その選択を変えたのかもしれない。しかし、選択モードに入ったアデールは、規則事項を説明、実行しているときの、あの無機質で機械的なアデールになってしまう。


 僕はドン引きした。

 無機質なアデールに、男の子の猛々しいものを刺激されるような変態性が、僕の中に芽生えていた。

 これ以上、アデールと一緒にいたら、僕は変態として覚醒してしまう。


 かくして天使は去り、悪魔が目の前に現れた。


「せっかくご指名頂いて、あれなんだけれど、あんたって、最低ね」

 何故だろう。本当に酷いことを言われているのに、ほっとしている自分がいる。

「この変態野郎が――私に罵声を浴びせられて、気持ちよくなっちゃっているわけ?」

 完全に見透かされている。

「最低ね」


 "もっと、もっと僕をなじってください"という懇願している自分を、僕は発見した。

「嗚呼、そうだとも、僕は最低な男だとも。そんな最低な男に指名された気分はどうなのさ、悪魔」

 デリアは微笑む。目の奥は笑っていない。僕を、哂っている。

「随分と元気なことで、何よりだわ。本当にあなたって、最低ね」


 アデールが決して言わないようなことを、デリアは矢継ぎ早に浴びせかける。暴言、苦言のシャワー。だけれども、これってつまり……。

「悪魔め」

 デリアがにたつく。

「ちがうわ……小悪魔よ」

 妖艶という言葉を、僕は誰かに対して使ったことがない。

 そんな素敵なお姉さんがもし、身近にいたのなら僕の人世も変わっていたのだろうか。


 はたしてこれまでの僕の人世で、そんな選択肢があったのだろうか。


 タラレバの余地もないほどに、僕の人世は平坦で安定していたということなのか。たとえば間宮みたいに彼女とイチャイチャすることと、付き合ったり別れたり、記念日だったり、そういうことを面倒に思い、自分の欲動をアダルトビデオの世界に向けることで、現実の面倒からハーレムな異世界へと逃避していただけではないだろうか。


 そんなことを、その時は考える余裕などなかった。僕はさっきまでのアデールに対する懺悔の想いを、さらに上塗りしなければならないほどに、デリアの悪魔的な魅力に心を奪われ、そして折られていた。

 つまり僕は、第四の選択をした時点で、すでに不自由さを享受し、受容し、抗うことができない精神状態にあったのであり、すっかりデリアに――あの妖艶な小悪魔にペースを握られてしまったのであった。


「どうかしら? 悪魔に魅入られた感想は?」

 自らを"小悪魔"と称したデリアは、小悪魔らしく猫のようなしなやかさで、僕の身体にまとわりついた。


「いや、別に、なんでもない。アデールの方が可愛いに決まっているじゃん。お前なんかに……俺、興味なんかないし、別に何とも思っていないし」


 嗚呼、悪魔に俺は嘘をついている。

 いったいぜんたい、これはどういうことなのだろう。

 悪魔は嘘をつくのが本分だ。

 つまり悪魔は嘘つきのプロフェッショナル。

 僕の薄っぺらい嘘など、彼女に通用するわけがない――勝負にならない。


「あら、そうなの。じゃあ、そういうことにしてあげる」

 なぜお前は、そうやっていちいち意味ありげな、何かを含むような、訳あり気な言い方をするのだ。それにもう少し落ち着いて話ができないのか。いちいち体をくねらせたり、少し屈んで上目づかいで、胸の谷間を見せつけたりしながら話すんだ。気が散ってしょうがないじゃないか。


 うれしいけど。


「あなたって、本当に駄目な人ね。まあ、私たち悪魔から見たら、人はゴミのようなものなのだけれど」

「なんだ、その人気アニメに出てくる悪玉みたいな物言いは。面白いじゃないか」

 一瞬デリアは硬直する。

「褒めないでよ。照れるじゃない」

 嘘だ。僕は褒めてないし、お前も照れてはいないだろう……そうか、嘘なんだ。


 "悪魔は嘘をつく"


 僕は少しずつ、冷静さを取り戻した。

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