第20話 悪魔召喚
「最後に悪魔を選ぶなんて、あなたも相当な好き者ね」
デリアは不機嫌そうだ。それが僕にはうれしかった。
「君にどうしてもお礼が言いたくて、それで選んだ。それだけだ。別に最後の一日をずっと君と過ごしていたいというわけじゃない。気にしないでくれ」
僕は礼を言うと言いながら、ありがとうの一言も言わずに口をとがらせた。
「馬鹿みたい」
デリアとの会話はぞくぞくする。
今まで女性と会話をする上で、相手の言葉が嘘か本当かを考えるようなことは、ほとんど下記憶がないし、僕がこれほど言葉を選びながら話をするというのも、経験がない。
普通では成り立たないような裏返しの会話。
悪魔は嘘をつく、天邪鬼で、気分屋だ。愛情を憎しみで表現する。
そして僕もデリアに合わせて心に思ったことの逆の言葉を使う。
こういうことはごく親しい人に対して"甘え"として自然と使ってしまうことはあるだろうけれど、駆け引きのように使うのは、まるで意味が違う。
甘え――僕は姉や妹や母親に対して、僕はそれなりに甘えていたのかもしえない。
父親にはそういうことはできなかった。
"わざと嘘をつく"ということが許される人間関係と言うのは、ただ肉親であれば、親しければいいという物ではない。
人はそういうことを使い分けながら、それで失敗しながら、毎日を過ごしている。
当たり前のことだけど、僕にとって、特別なことなのだと思い知らされる。
僕はデリアに背を向け横になった。
しばらくデリアは眺めていたようだが、やがて僕の背中に抱き着いてきた。
冷たく、しっとりとした艶のある、柔らかい肌が僕の五感を刺激する。
「今は一人にしてくれないか」
デリアはますます強く僕にしがみつく。
柔らかく、多いなふくらみが僕の背中にこすれるたびに、デリアの吐息が漏れる。
二人は離れることなく、一夜を過ごした。
翌朝、僕は一本の電話で目を覚ました――間宮からだった。
「なぁ、調子はどうだ。そろそろ復帰しない? 店長がさぁ。できたら今日、いつも通りに出てくれないかって、もし具合わるそうだったら、俺に出てほしいとか……、ああ、ちょっと今日はどうしても予定がつかなくって」
「わかったよ。18時~23時、予定通り俺が出るって、店に電話しておくよ」
「わりいなぁ」
「構わないよ。こちらこそ迷惑かけてすまなかった。今日から通常通りのシフトに入るよ」
デリアは朝からご機嫌斜めである。
「というわけで、今日はバイトに復帰するから、リハビリがてらに散歩でも行こうか」
そういえばデリアと外に出たことはない。当然である。天使に見守られながら外は歩けても、悪魔に取り憑かれながら外を歩くのは、気が重いというより何かが間違っているのである。
アデールは天使らしくふわふわと浮くようにして僕についてきたが、そこはやはり悪魔である。デリアは僕にまとわりつくようにしてついて歩く。
これがもし、他人に見られたらそうとうに恥ずかしいか、或いはこれだけいい女を連れて歩いているという自慢になるのか。そういう経験のない僕には兎に角くすぐったい限りであった。
デリアは歩くときに長い尻尾を細い腰にぐるぐると巻いている。
信号待ちをしているときなどは手持ちぶさたなのか、その尾を手でつかんで振り回したりしている。
僕はそれが面白くて、その尻尾をグイッとつかんだりする。
デリアは怒り、僕を睨みつけたり、蹴っ飛ばしたりする。
嗚呼、なんだ、このバカップルは……
デリアは人通りの多い場所ではダンスを踊るようにして人をよけてはしゃいでいる。
それは雨降りに買ってもらったおろしたての傘を差して、雨を愉しんでいる子供のようだった。
デリアは時々僕を観ては、おどけて見せる。変顔をしたり、あっかんべーと舌を見せたり、まるで落ち着きがない。
僕があれこれ考え込んでしまうのをまるで邪魔をしているかのようだった。
僕は就職活動に必要な履歴書やら写真を用意したり、撮ったりと、本来やるべきことを黙々とこなして行った。
もちろんそんなことはさせまいと、デリアはずっと僕の邪魔ばかりする。
おかげでよそ見をしている証明写真と書き損じた履歴書を鞄に入れてバイトに行くことになった。
「おー、来た、来た、どうだい、体調の方はすっかり良くなったかい?」
「ええ、おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」
店長に挨拶をしたあと、間宮に詫びを入れた。
「すまない。俺の穴、ほとんどお前が埋めてくれていたんだって?」
「そんなこと気にするなって、それよりも……、どうした、女か? そうだろう。俺には分かるぜ、お前、ついに童貞を卒業……」
今のお前の方が、デリアよりもよっぽど悪魔に見えるよ。
声がデカいって!
「ち、ちがうって、そんなんじゃないって」
デリアが僕の慌てふためく様子を面白そうに見つめている。
「わかる。わかるよ。俺もさ、いやー、もうその日にやりまくっちゃったもんね。獣みたいに」
「一緒にするな」
獣と言うか、相手は悪魔だ。
「まぁ、いいってことよ。お前、女の匂いがするぞ」
間宮が耳元で囁く。
慌てふためく僕の顔を見て、間宮は満足したらしい。
なんてことだ。こんな古典的な策に引っかかるとは……情けない。
もしも間宮が、『天使と悪魔』を借りていたら、どういうことになったのだろう。
ふとそんな考えが、頭をよぎった。
うかつだった。
悪魔は、僕のことを、完全に見透かしているのだった。
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