第13話 姉貴の秘密

 汚してしまったシーツを取替えながら、僕はデリアに身の上話を始めた。

 

 内定を取り消されて、困っていること

 でも実はなんとかなるさと思っていること

 家族に心配されるのが、一番面倒だということ

 今の世の中は僕のような生き方が許されるという時点で、どこか間違いがあると思っていること

 でも、それは僕のせいではないということ

 世の中の評価というのはうわべばかりで、中身を見ようとはしていないこと


 アデールには出来なかったことが、デリアには出来てしまう。

 

 天使に対しては"ちゃんとしなきゃ"という思いが先に出て、不都合な事実にふたをしていたように思える。


 アデールには嘘をつけないが、デリアには嘘をついても無駄なのだ。


 ダメな僕を見守ってくれる天使に戸惑い、ダメな僕を見透かしている悪魔に心を許しているのだから、本当に僕は小さい。器も人間も度量も。


 尻の穴を観られたら、もう隠し事なんかする意味がない。


 だから僕は飛び切りの秘め事をデリアに話した。

 それは才色兼備の姉、アヤネェの秘密。


 二児の母である姉――アヤネェは旦那とうまく行っていない。本人がそう言っているわけではないが、僕にはそれがわかる。

 今年の正月、実家に家族が集まったとき、義理に兄とアヤネェはみんなの前では普通に振舞っていたが、二人きりのときは会話がなく、目もあわせていなかった。

 おそらく、そのことに気づいたのは僕だけだろう。

 なんでそんなことを僕が知っているかといえば、まったくの偶然でそういう場面に出くわしてしまったからである。


 親父は風呂、母は親戚と長電話、妹は姪子二人と部屋で絵本を読み聞かせていた。僕はかつての自分の部屋に探しものをして居間に戻ってきた。

 つけっぱなしのテレビには僕の知らない芸人が裸同然の格好でネタを披露していたが、姉も義理の兄もテレビを見て笑いもせず、会話をするでもなく、ただ黙りこくってスマフォを眺めていた。

 僕はうっかり声を掛けるタイミングを失い、しばらく二人の様子を眺めていた。


 それは一見、どこにでもありそうな風景ではあるが、そうではないのだ。そうでないことを僕は知っている。


 僕だけが、知っているアナネェの癖。


 姉夫婦は、あえて二人が互いを視線に入れない位置関係に姿勢をとり、平静を装っている――その場を取り繕っているようにしか見えなかった。

 義理の兄のことは良くわからないが、姉貴のことは、よくわかる。


 アヤネェは嫌いなものを視界に入れないようにする癖がある。


 食卓に納豆が上がっていることが許せない

 露出度の高い服を着て男の視線を誘導する同性が許せない

 2時間ドラマのお色気シーンが許せない

 蜘蛛は平気でも、蜘蛛の巣は許せない

 

 そうした一連の"嫌いなもの"に対して、アヤネェは攻撃的になるのでも、逃げ腰、及び腰になるのではなく、存在を無視することで対処をするのである。

 家族の前、子供たちの前ではそうした態度を見せなかったアヤネェは、父親として、家族の一員としての夫は許容しているが、夫婦として、男と女として、或いは一個人としての旦那に対して、何か思うところがあって無視をしているのは確かである。


「なぁ、どう思う?」

 デリアはつまらなそうに手遊びをしながら、気のない返事をする。

「別に、興味ないし」

 どうやら、もっと話を続けろと言っている様だ。


 アヤネェは僕に対して警戒心がまるでない。

 両親に対しては気を使い、妹に対しては猫かわいがりし、僕に対しては犬扱いだ。

 姉の命令は絶対であり、姉は常に正しい。

 僕は姉の言うとおりにしていれば、親に心配をかけることも、妹に舐められることもなかった。

 それでも僕はアヤネェの意向に時々背いた。


 そんなときは徹底的に無視をされる――だから、わかるのである。


 聡明で気立てがよく、非の打ち所がないように見える姉貴でも、異性に対する接し方は不器用そのものだ。

 おそらく一般的な女性が男性に対して理性ではなく、本能で"男とはこういうものだ"と思って接するのに対して、アヤネェは論理的、倫理的、道徳的に"あるべき論"の立場で相手を見る。

 アヤネェにとっては、男も女も関係なく、垣根なく接しているのだが、はっきり言ってそれは間違いである。


 なぜなら、男と女はちがうのである


 間違いであっても、それを正すのは僕ではない。

 なぜなら僕は正しくはないからだ。

 なぜ正しくないか――正しくあろうとしてない、同時に悪になろうともしていない。


 アヤネェとデリア

 まるで交わるところのないこの二人を、僕はどういうわけだか切り離して考えることが出来ないでいる。

 

「いつまでもオネェちゃん、オネェちゃんって、あなた、もしかしてシスコンなのかしら。それでわたしとアデールを姉妹みたいに思って、興奮しちゃっているんだ。変態さんね」


 天使は真実を語り、悪魔は嘘をつく――ならば人は、どうなのであろうか?


「お前なんか嫌いだ」

 僕はアデールを押し倒したように、デリアをベッドに押し倒した。

「やめて、この変態野郎」

 受け入れられると、できなかったことが、拒まれるとやれてしまう。

「お姉さんに、こんなところを観られたら……」

 僕は悪魔のささやきを僕の唇でふさいだ。

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