第12話 第四の選択
この時、僕が取り戻した冷静さとは――
僕の男の子としての部分は、アデールが"履いていない"のであれば、きっとデリアのあの"行き過ぎたローライズ"のぴっちりとした黒いパンツの下も、同様にパンティレスなことになっているのかとか、人間には必ずあるヘソがないことや、それはもしかしたらアデールもそうなのかとか、天使がふかふかの羽毛の羽なのに対して、悪魔はコウモリのそれと同じなのだけれど、触ったらどんな感触なのだろうとか、しっぽはあるのかとか……
そういうことを知りたいという妄執に神経の八割以上持って行かれた残りの2割未満の理性というよりは警戒心だ。
デリアのこれまでの発言をすべて嘘だとすると……
僕は最低で、元気で、それが彼女にはうれしくて、それで僕は最低で、僕が何とも思っていないと嘘をついたことを、そのまま見逃してくれ、僕はダメな奴で、彼女は僕をゴミだと思っていて、褒めると照れると言っている。
それは全て嘘だということなのだ――悪魔は、嘘をつく。
「お前……結構、良い奴だな」
僕は言ってはいけないことを、口走ってしまった。
これはもう、本当に僕が悪いのだ。
悪魔に対して"いい奴"だなんて言い方は、天使を汚すのと同じか、それ以上にルールも、マナーも、常識も弁えず、万死に値する愚行だった。彼女は僕を睨みつけ、羽を大きく開き、真っ赤な長く細い舌を小さな唇から覗かせながら、僕を押し倒した。
「お前は、本当に最低な奴だ! そんな奴にはこうしてやる!」
一生かかっても理解できないであろうことが、突然わかる瞬間がある。
これまでの僕の選択肢にはなかったその行為は、それでも立派なジャンルとして確立され、常にある一定のファンを獲得している。デビューは清純派でも、最終的にその領域にまで活躍の場を広げた女優は少なくない。
彼女は僕を押し倒し、どこから出したのだか、まぁ悪魔なのだからなんでもありなのだろうけれど、紐で両手両足を縛られ、恐ろしく先のとがったヒールで僕を踏みつけた。
「このブタ野郎、本当にゴミみたいな人間だな。そんなお前に相応しいご褒美をくれてあげるわ」
3センチ、いや5センチはめり込んだのだろうか。10センチ近くあるデリアのヒールが僕の脇腹に食い込む。
「痛い、痛い、やめろ!」
僕はやめろと言いながら、デリアの行為は、嘘が基本であり、つまり攻撃的な表現は、裏返しに僕に対する敬意や尊敬や場合によって愛情であると理解し、それを愛おしいとさえ思いつつ、激しい痛みに耐えた。
嗚呼、こういうのも、まんざらでもない――悪くない、いや、良いのかもしれない。
僕は悪魔に取り憑かれ、そして魅入られた。
僕は自分の欲動を抑える術くらいは知っているつもりだったが、新たに開発された快楽や快感に抗う術を持ち合わせていなかった。
そしてそこを突かれた。
僕の拙さは悪魔に見透かされ、利用され、弄ばれ、僕はそれを受け入れてしまっている。
まさに"悪魔の所業"である。
そんなわけで、天使に指一本触れられなかった僕は、デリアに踏みつけられることに痛みと歓びを感じてしまっているという醜態を天使アデールに観られているという失態を犯したことにしばらく気づきもしなかった。
僕の2割弱の冷静さとは、その程度のことも、対処できない視野の狭さなのである。
「今から……機密事項を指定する」
僕は恥の上塗りを承知で、卑劣にも僕はアデールに対して、機密事項を宣言し、その後のデリアとの醜態を天使に秘密――すなわち天使に嘘をつくという行動をとることで自らを貶めたのである。
僕はもう二度と、天使アデールの顔をまともに見る事は、できないだろう。
"悪魔だから仕方がない"
太古の昔から人は神の存在を崇め、悪魔の存在を恐れてきた。
人は神を崇拝することで内なる悪を制し、悪魔の誘惑に負けたときはその苦悩を神に懺悔してきた。"天使のささやき"と"悪魔の誘惑"に耳を傾けながら、人は常に"よりよき選択"を模索してきた。
天使は真実を語り、悪魔は嘘をつく――ならば人は、どうなのであろうか?
僕はそんなことに思いを馳せながら、デリアを抱いた。
アデールが僕の心を温め、安らぎを与えてくれたのに対して、デリアの肌は冷たく、しっとりとしていて、僕はどうにかして彼女を温めたいと思い、より激しく抱きしめようとする。
デリアはそんな僕の心を見透かして、じらして、はぐらかして思うようにさせてくれない。
気が狂いそうになるほど、僕はデリアが愛おしくて仕方がなくなり、学校をさぼり、バイトを風邪だと言って休み、目を開けているときはデリアを見つめ、目と閉じているときはデリアのあんなことや、こんなことを妄想し、ともすれば食事をとることも、眠ることもしないで、彼女に夢中になった。
僕は持てる限りの語彙力を駆使してデリアをなじり、貶め、貪りついた。
そのたびに僕の心の中の天秤は大きく傾き、快楽と理性の間を超スピードで往来する僕の魂は、終着駅のないジェットコースターに乗り、悲鳴を上げながら駆け巡っていた。
僕は、堕ちた。
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