第4話 第一の選択

 画面にテロップが現れる。

" Angel Adele " "Devil Delia"

 天使がアデールで、悪魔がデリアというらしい。

 人気アニメキャラクターのコスプレなのか、或いはそれらのパロディなのか。このあたりは残念ながら疎いところではあるが、パッと見た目、普通の天使と悪魔である。

 何が普通で、何が普通じゃないかということで言えば、天使っぽく、悪魔っぽいとしか答えられない。


"Today's choices ! "

どうやらどちらかを選べと言っている。

 そういえば昔、こういうビデオゲームがあったような、なかったような。もしかしてこれはヴァーチャル何とかという新しいゲームのデモか何かなのか。


 いや、それにしては、妙だ。考える間もなく更にメッセージが追加される。

"Hurry up ! Hurry up ! "


 何をそんなにせかされなければいけないのか。20からカウントダウンが始まった。更にテロップが追加される。

"If you do not choose either, the world will end"


 カウントダウンはすでに15まで来ている。

 拙い英語力でも何が書いてあるのか意味はわかるが、言っている意味は分からない。


 解せない、腑に落ちない。

 冗談はよせ、いやいや、悪い冗談だ。

 そんな冗談に付き合っている暇はないと思っているうちにいよいよ残り10カウントまで来る。

 たちの悪いいたずらだ。

 だいたいそんなことで世界を終わらせることなど、どこのだれができるというのか。

 神や悪魔じゃあるまいし……天使と悪魔ではあるが……カウントが進むにつれて天使の表情は曇り、悪魔の表情はにたにたと笑っているように見える。


 問答無用。ここは天使一択でお願いします。


 僕はリモコンを手に取り、画面の指示に従って操作をし、天使を選ぶ。

 残り時間は2秒だった。


 天使は僕に微笑み、悪魔は僕を睨みつけた。

 どちらも素敵だ。

 画面はホワイトアウトし、どこからか甘い香りがする。それだけではない。


 気配がする。

 人の気配である。


 いや、気配なんてそんなあやふやなものではない。ホワイトアウトしたのは僕の目の前に、天使が立っていただけに過ぎない。


 わかってしまえばなんてことはない。

 僕は天使を選び、そして天使が文字通り僕の目の前に現れたのである。


「はーい、こにちは、おっと、もう夜だったね。こんばんわ。私、アデール。"デ"と"ル"の間はちゃんと伸ばしてくれなきゃ嫌よ。もう、本当にどきどきしちゃった。でも最初に私を選んでくれてあ・り・が・と・う。統計学的に言うとね、最初に選んだ方を最後にも選ぶ確率が高いそうよ。だから私、最初に選ばれなかったらどうしようかと不安になっちゃった。でも、選んでくれて本当にうれしい。この気持ち、プライスレス!」


 僕の左頬に温かくて柔らかい物が触れる。それは少し湿っていて、軽く頬に吸い付いた。

「天使の……キス」


 僕の背中に電気が走る。身体全体がくすぐったい。

 そして僕の脳は一瞬にして負荷率が上昇し、体中の毛穴が開き、排熱を試みるも呼吸すら忘れてしまうくらいに自律神経が麻痺し、局部が熱くなるのを感じた。


 それは罪であった。


「何、なにがどうして、こうなった」

 僕はあろうことかキスをされた頬を左手で触り、事実関係の確認をしつつ、いたいけな少女に職務質問をした。


「だ、誰、あっ、アデルって、誰、なんでここに居るの!」

 彼女は目をパッチリとさせたまま、ほっぺたをふくらまし、抗議をするために口をとがらせる。


「だから、アデルじゃなくてアデール。名前を間違えちゃ、いやっ!」

 可愛い。

 もう何もかもが可愛いから、なんでも許してあげたいがしかし、そういうわけにはいかない。

 御免で済めば警察がいらないよいに、可愛ければ不法侵入をしても許されるということはないのである。


 誠にけしからん。


「アデール……さん?」

 彼女は僕の目の前にしゃがみこみ、そして僕の顔を覗き込む。


「さんっていうか、ちゃん? ちゃんって言うかぁ、呼び捨てを希望します!」

「アデール、君は、いったいどうやってここに、いやっ、そこじゃない。そうじゃないんだ。えーっと、えーっと、今、テレビの中にいたよね、君」

 僕は必至で冷静さを取り戻そうとしたが、しゃがんでこちらを覗き込むように僕を見ている大きな瞳がそれをまるで許さなかった。


「ふーむ、それはですね。どうしてもと言われれば説明いたしますが、物事には順序というものがあるので、まずは規則事項をお伝えして、そのあと質疑応答に応えるという流れでもよろしいでしょうか。京次さん、羽佐間京次さん」


 なんで僕の名前を知っているのか。

 そう聞こうとして、僕はそれを思い留まる。

 それくらいまでには冷静さを取り戻した。取り戻さずにはいられなかった。


 なぜなら彼女の背中越しに、とても冷たい視線を感じたからである。

 そう、テレビから出てきたのが彼女アデールならば、テレビに残されたのは悪魔、デリアなのである。

 せめて何か間違いが起きるとしても、すくなくともテレビを消すか、テレビのないところでしたい。

 僕には覗かれる趣味はないのである。


「デリアのこと、気になる?」

 アデールは僕の視線に気づいたようだ。いや、おそらく彼女は僕よりも先にデリアの視線には感じていたのだろう。前に誰かから聴いたことがある。女性は、そういう視線には敏感なのだと。


 こうして僕は彼女たちと出会った。天使と悪魔が、僕の部屋にやってきた。

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