第7話 天使アデール
天使に見守られ、悪魔に睨まれながら眠る夜。
僕はその程度のことで眠れなくなるほど、神経が細やかでもなければ、欲情で自分をコントロールできない人間ではない。
しかし、果たしてこれは夢なのだろうか、現実なのだろうかと不毛な問答をいくつか繰り返すくらいのことはしたし、借りてきた残りのAVをどうにかして天使からも悪魔からも隠れて観ることはできないものかと思考をめぐらせもした。
そうこうしているうちに、いい感じに時間が過ぎていったが、ナニすることもなく、そして何することなく、可愛い少女に見守られながら眠ってしまった。
いろんな意味で、僕は人でなしだ。
翌朝――僕は目覚ましが鳴る前に自然と目が覚めた。
「おはようございます。夕べはぐっすり眠れましたか?」
なんだ?
どうして朝起きたら可愛い女の子がベッドのわきにちょこんと座っているんだ――ああ、そうだった、そういえば僕は滅亡2秒前に天使を選ぶことて。この世界を救ったんだった。
嗚呼、夕べの出来事は、夢や幻ではなかったのか。
つまり僕は、これから一週間、世界が滅びないように気を付けながら生きなければならないことが確定した。まずはそのために必要なことを、僕の義務と責任を果たそうじゃないか。
「次の選択は夜中の12時だよね」
「はい。そうです」
僕は念のため確認した。
「デリア……さん? いや、悪魔に"さん"をつけるのはおかしいか。僕は信者でも契約者でもないわけだし。悪魔はこういうルールについて、嘘をついたりするのかな」
「いいえ、それはできません。規則事項は絶対です」
昨夜、アデールと話していて気付いたことがある。
こと規則事項に関する質問に対する回答は明確であり、通常会話と違って、かなり無個性になる。
まぁ、いずれにしても、嘘を言わない天使と一週間一緒に過ごせばそれで済むわけだから悪魔のことをあれこれ考えてもしかたがない。
正直、"怖いもの見たさ"みたいな興味はあるが、規則事項にどちらかを必ず1度選択しなければならないという項目はなかった。
「人間、何があるかわからないから、今のうちに次の選択を予約しておくよ。次も天使だ」
確か僕は今、天使の加護を受けているから死にはしないが、うっかりはするかもしれない。物事の優先順位がデタラメだ。
「選択の予約を受け付けました。天使でよろしいですね」
「はい」
僕は身支度を済ませ、僕の”本来やるべき選択”の為に学校に向かった。就職に関しては今から動いてどのくらいチャンスがあるかはわからないが、まずは大学の就職課に相談に行くことにした。
アデールは、何も言わずに僕の後についてくる。
彼女は相変わらず天使らしい身なりで質量を感じさせない軽やかな動きと、見ているだけで気持ちが癒される素敵な笑顔を振舞っている。こちらから話しかけない限り、向こうからアクションを起こすことはない。
人通りの少ない所では僕のすぐ横を歩き、人通りの多いとこでは居心地が悪いのか、彼女は空を飛ぶ。飛ぶというよりも浮く、或いは泳ぐという方がしっくりくるのか。
アデールの説明の通り、他の誰一人として彼女の存在に気付く者はいない。
その意味では普段と変わらない日常が僕には訪れている。
しかし、天使だからというわけではないが、ずっとそばで見守ってくれている人がいるというのは、うれしいものでもあり、また気が引き締まるというか、格好の悪いところは見せられないという気持ちになる。
いつもなら電車の優先席に空席があれば、意に介せず座ってしまうが、アデールが観ている前では、どうにも恰好が悪い。
それに通常のシートに座っても、お年寄りを見かけると席を譲ってあげようかと思ってしまう。
目の前にイヤフォンで耳を塞ぎ、椅子に深く腰掛け目を閉じている学生がいる。それはいつもの僕の姿だった。僕はいかに自分から世界と距離を取っていたのかを気づかされた。
不意にアデールが話しかけてきた。
「京次様、私との会話は他の人には聞こえませんし、京次様が誰もいない空間に向かってしゃべっている様子を誰も認識できません。ですから、お部屋の中と同じ感覚で話しかけて頂いて大丈夫ですよ」
そうは言われてみたものの、最初はどうしても影でこそこそということになってしまうのが、男の子である……いや、僕だ。それだけ僕は小さい人間なのだと思う。
「ねぇ、アデールには独り言と君に話しかけているのと区別が付くわけ? 或いは独り言の途中で君に話しかけたり、誰かとの会話の途中で君に話しかけたりして、それでも周りの人は、僕と君の会話を認識できないってこと?」
という質問を、人前でどうどうと、ひそひそ声でやるのが、僕の精一杯だった。
「はい、たとえば京次様の声は実際回りの方に聞こえてはいるのですが、彼らの記憶はリアルタイムで書き換えられます」
可愛い顔をして恐ろしいことを言う天使だ。
「それって記憶を改ざんするってことなの?」
アデールは首を激しく、横に振る――可愛い。
「いえ、いえ、違います。京次様。それは改ざんというよりも、優先順位を変えるということです。見出しを小さくすると言ったほうがわかりやすいかしら」
電車を降り、大学の校舎に向かうまでの間、アデールは僕の腕に捕まり、寄り添うように歩きながら話をしてくれたが、腕に当たる柔らかいもののせいで、なかなか話が頭に入らなかったのは、僕のせいでは、ないと思う。
もちろん、アデールのせいでもない。
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