第14話 第五の選択
天使は真実を語り、悪魔は嘘をつく――そして人はため息をつく
「男のくせに、ため息なんかついちゃって、みっともないわね」
ため息が出てしまうほどに、デリアは美しかった。
アデールが僕の心を温め、安らぎを与えてくれたのに対して、デリアの肌は冷たく、しっとりとして気持ちいい。
僕はどうにかして彼女を温めたいと思い、より激しく抱きしめようとする。
デリアはそんな僕の心を見透かして、じらして、はぐらかして思うようにさせない。
気が狂いそうになるほどに、僕はデリアが愛おしくて仕方がなくなり、学校をさぼり、バイトも間宮に連絡をとって、シフトを調整してもらった。
これで今日一日、デリアと過ごすことができる。
目を開けているときはデリアを見つめ、目と閉じているときはデリアのあんなことや、こんなことを妄想し、ともすれば食事をとることも、眠ることもしないで、彼女に夢中になった。
僕は悪魔の虜になった。
"機密事項の総発動時間は12時間を超えてはならず、連続して1時間を超えてはならない"
僕は規則事項の『第2条 情報』を再確認し、天使に隠れて悪魔を弄んだ。
そして深夜――選択の時が近づく。
「デリア、僕は君の全てが知りたい、君の全てが欲しい、君こそすべてだ」
「さあ、選択のときが迫っているわ」
「君以外には考えられない」
「そう……でも断るわ」
彼女は選択モードに入った。
アデールと同じ、無機質で機械的。そしてゼロかイチかの選択。いつも通りの受け答えが始まった。
「第五の選択です。残り選択数は今回を含めてあと三回になります。よく考えてお答えください」
いつもとは違うアラーとである。
残り三回――天使、天使、天使、悪魔と選択してきた僕は、残り二回は悪魔にしようと決めていたし、第七の選択は、すなわち、最終的な選択の予行練習になるだろうと考えていた。
それは冷静というよりは、打算であり、妥協であり、蛇足である。取ってつけたような、行き当たりばったりのなし崩しで選択をするのとなんら変わりはない。
「悪魔で、あくまでも、悪魔で……」
「本当につまらない人ね。あんたって最低」
デリアは悪魔だ。また嘘をついている。そうはわかっていても、言葉はやはり、言葉である。
嘘だとわかっていても、アデールは僕をそんなふうには観ていないとわかっていても、僕は言葉通りに、つまらない人間で、最低の奴なのだろうな。他の奴が観ていたら、きっとそう思うに違いない。
悪魔に心を奪われた人間の破滅を、僕はこれから体験しようとしているのだ。
天使に、見守られながら
ふとテレビの画面に視線が泳いだ。それまでずっと避けていたことなのだけれど、僕の魂は汚れきり、恥も外聞も捨てて、欲望のままに、想いのままに、考えなしに、僕はアデールに助けを求めた。
しかし、当たり前にそんなことはデリアに見透かされ、僕とアデールの間にわって入った。
それはもしかしたら偶然なのかもしれない。デリアは何の考ええもなしに、僕を押し倒したのかもしれない。でも、もしも、それを意図的にやったとしたのならば、大きな矛盾が生じるではないか。僕は考えずにはいられなくなった。
デリアは果たして、何がしたかったのだろう。
「ちょっと聞いていいかな。確か君たちは……悪魔であれ、天使であれ、僕の選択を誘導したり、誤認させたり、そういうことはしないんだったよね」
デリアが規則事項モードに入る。
「はい。私たちは京次様の選択に直接関与することはできません。選ぶのは京次様、あなたです」
「僕は機密事項を宣言し、それは今も守られている?」
「もちろんです」
無機質なデリアとアデールを二人並べて会話させたら、さぞかし滑稽なやり取りが展開されるのだろう。さながら検索エンジンと携帯端末の音声案内同士の会話である。
「でも、君は今、僕がアデールを見るのを故意に妨げたように見えたけど、それは僕の勘違いだろうか」
デリアは、数秒静止し、規則事項モードで話し始めた。
「悪魔は悪魔の、天使は天使の行動原理に従い行動します。京次様が勘違いしたかどうかは、回答しかねます」
「なんだ、その新手のツンデレは」
僕は笑った。デリアは無表情に僕の行動を観察している。
僕はそんなデリアが愛おしくなって、抱き寄せKISSをしようとしたが、無論そんなことは許されずはずもなく、規則事項モードは解除され、僕はデリアに張り倒された。
そして僕は機密事項指定の連続使用時間、1時間をわざと無視をして、僕の秘密をアデールに暴露した。隠すこと自体が"何か良からぬ事をしている"という証明であり、それでも天使は、"ありのままの僕を受け入れてくれる"と思った。
いや、願った。
僕は今、奈落の底目がけてバンジージャンプを敢行している。このまま快楽に身を任せれば、きっとどこまでも落ちていくだろ。それは当然の報いだ。
でも、人は、それではすまない生き物だと、今の僕なら言うことができる。
僕はおそらく、人間のそういうところが嫌いで、人間らしく強欲に二兎を追うがごとき行動を否定してきたのだ。
良くもなれないが、悪くもなれない。
僕はそれでいいのだと、ずっと思って生きてきたのだった。
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