天使か悪魔か
めけめけ
第1章 就職戦線異常あり
第1話 チートのない現実
ある日、僕は天使と悪魔に出会った。
彼女たちの話をする前に、まずこの物語の語り手、自分、僕ときどき俺であるところの羽佐間京次(はざまきょうじ)がどんな人物であるのか簡単に紹介させて欲しい。
共働きの中流家庭に生まれ育ち、才色兼備の姉と文武両道の妹を持つ。
姉 彩音(あやね)から見れば愚弟であり、妹 鈴音(すずね)から見ればダメ兄貴という、この手の物語には、いそうでいない両属性を標準で装備している。
さらに言えば、5歳上の姉はすでに結婚し二児の母。4つ下の妹は高校3年生である。
つまり人妻とJKの姉妹であり、僕とは血が繋がっていない……などというご都合主義的な家族構成ではない。
俯瞰で見れば、いたって普通の家族であるが、これからお話しする物語とは、今のところ一切関わりがないなので忘れてくれていい。
兎に角、僕、羽佐間京次は、どこにでもいる大学4年生の健全な男子である。
知性と教養は姉に適わず、武勇と均整では妹に適わない。
僕が生まれた時からずっと中堅企業の管理職である父と同じく専業主婦である母の5人家族。ちなみに母の趣味はPTAとママさんバレーである。
さて、本題に入ろう。
残暑厳しいとか、夜が肌寒くなったとか、秋の味覚と言えばとか、つまり、世の中は夏の終わりを宣言し、秋の到来を歓迎しているというときにでも、僕といえば、やることはいつもと何も変わらない。夏にはTシャツと短パンになるし、冬にはどてらを羽織ってこたつで丸くなる。
でもそれらは何も自分が望んでやっていることではない。
季節に”やらされていること”なのだ。
僕は近くのコンビニで働いている。そこでは毎日、季節を感じて働いている。
夏には冷房が効き、冬には暖房が効く。お客さんはサングラス、タンクトップに短パン、ビーチサンダルで来ることもあれば、カシミアのマフラーを鼻先が隠れるくらいまで巻いて、毛皮のコートを身にまとい寒さに震えながらおでんを注文するのに、どれだけ時間をかけるんだということもある。
季節は流れようとも、僕のやることは変わりがない。
なぜなら僕は季節は関係なく、僕は"それ"を所望する。
何のために学校に行き、何のためにバイトをして、何のために就職先を探しているのか。
それらは全て僕が望んだことではない――不自由な選択なのだ。
季節が変わることも、僕がコンビニでバイトをしていることも、縁故で行ける思っていた就職先が業績不振で内定取消になったという連絡も、どれも僕が望んだことではないし、それを好きだとか、嫌いだとか、うれしいとか、悲しいとか、そんなことは僕にとっては蚊帳の外のことなのだ。
僕にとっての大事――それはとても身近なところにあり、また遠い世界のことでもある。
"それなし"で生きることは、できなくはない。
数日我慢することなど、それはむしろ後に楽しみが増えるという物である。だが一週間はさすがに辛い。しかし、そうせよと言うのであれば、やぶさかではない。
時にはそういう変化によってすこぶる興奮するものである。
「おつかれっしたー」
タイムカード―を押し、店をでる。
交代で入る間宮次郎(まみやじろう)と以前、"その話"で盛り上がったことがある。
男子であれば、そういうものに興味がないという者は少ないだろう。
少なくとも僕らの半径1キロ以内という感覚においては、男子たる者、女性の裸を見る機会があるのであれば、それを逃すことは、それが雑誌の袋とじであろうと、青年誌の漫画だろうと、週刊誌のグラビアだろうと、もったいないという話である。
しかし現実は世知辛い。女性の裸とは、そういとも簡単にあがめられるものではないのであるが、その点において、僕と間宮次郎とは見解が分かれている。
簡単に、簡素に、単刀直入に言えば、奴には彼女がいる。
それを僕は羨ましいとは思わない。妬ましいとは思うが、憧れたりしない。
間宮がいつ、どんな場所で、色な時に彼女とエッチができるのだとしても、僕はそれを妬ましいとは思うが、羨ましいとは思わない。
なぜなら僕には、間宮にはない無限の可能性が残されているのである――無限に広がる大宇宙をそこのけそこのけと航海できる資格を捨ててまで、僕は彼女を欲しいとは思わないし、妬ましいとは思っても羨ましいとは、これっぽっちも思っていないのである。
大事なことだからもう一度言おう、僕はAVが好きなのだ。
聴くところによれば、世の中には彼女持ちでAV鑑賞が趣味と言うハイクラスの勇者がいるという。そういうものに、私はなりたい……いや、それが簡単にできるくらいであれば、誰もそうしているに違いないのだ。より強力な能力を身に付けるためには、それなりの経験値を積む必要がある。
人生とはそういうものだと、僕は小さいころから遊んできた様々なロールプレイングゲームで学んだ。
効率よくハイクラスになるために必要なこと。
それは最初に選択した職業を全うし、クラスチェンジに必要な技や特技を習得し、 『彼女持ちでAV鑑賞可能』という夢のスキルを身に付ける必要がある。
なーに、そんなに難いことではない。間宮のように中途半端に両立をしようとすれば、AVを見ていることを彼女に知られ、軽蔑され、最悪パートナーを失うということにもなりかねない。
レベル1からの再スタートになる危険を冒すことなど、愚行というものだ。
僕らのいる現実とはチートの効かない世界なのだから。
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